第136話
――東京警察病院。
薬品の匂いが時折する廊下を歩くこと数分で、目的地の病室に到着する。
ドアを数度ノックしたところで、落ち着いた声で「はい。どちらですか?」と、言う声が聞こえてきた。
「桂木優斗です」
「あらら、どうぞ、どうぞ!」
「失礼します」
俺は、言葉を返しながら病室のドアをスライドさせて開けると、二人が俺の方へと視線を向けてきた。
「ごめんなさいね。連絡が遅れてしまって」
「いえ。都が暫く行方不明になっていたと聞いてびっくりしました。もう体の方は大丈夫なんですか?」
「ええ、お医者さんからは、大丈夫だと太鼓判を頂いたわ」
「そうですか」
「あとね。さっき目を覚ましたばかりなのよ?」
「そうなんですか」
思ったよりも目を覚ますのに時間が掛かったな。
すでに事件が解決してから一日が経過しているというのに……、俺の見立てでは昨日の夕方には目を覚ますはずだったが……。
「ええ。本当、都が行方不明になったって一昨日、警察から連絡があった時には、寿命が縮まる思いだったけど……、何の怪我もなくて本当に良かったわ」
「それで行方不明の原因とかは?」
「都が行方不明になったのは電車の中らしいわ。警察も行方不明者53人が、どうやって稲毛海岸の浜で倒れていたのかは把握できていないらしく原因不明らしいわ。いまは捜査中だって言っていたわ」
「なるほど……」
概ね、俺が提案した通りに警察は発表してくれたらしいな。
まぁ異界や、不可思議な存在が、この世界に存在していて害を及ぼしてくるのが認知されたら、治安にも関わるからな。
おかげで、俺は今回の騒動に巻き込まれた人間の記憶は――、異世界に関しての事に関しては全て消去してある。
それは都も例外ではない。
――否。彼女には――、都には怖い思いをして欲しくはない。
「それにしても、純也ではなく自分に電話してくるとは思いませんでしたが……」
「そうかしら? 都ったら、優斗君の名前を何度も呼んでいたのよ? 意識不明の時からね」
「そんなことが……」
「お母さんっ!」
「あらあら」
都の母親である神楽坂静香さんが、口元に手を当て上品そうに笑いながら立ち上がる。
「そういえば、静香さんの話だと今回の誘拐事件に関して、被害者の誰一人の記憶を所持していなかったと聞きましたけど?」
「ええ。そうね。私も、何が起きたのかは知らないから、事情を知りたいのだけれど、警察が調査してくれているみたいだから」
「そうですか……。今後は気を付けた方がいいかも知れないですね」
「ええ。それじゃ、私はそろそろ席を外すわね。都も、貴方に会いたかったと思うから」
「そ、そうですか……」
俺としては都が無事なだけで、それだけで何の問題もないんだが……。
静香さんが変に気を利かせて病室から出て行ったあと、俺は都が寝ているベッドの横の椅子に座る。
「本当に何ともないのか?」
「うん……」
俺の問いかけに短く答えてくる都。
何だか変な空気というか、居心地のいい雰囲気ではないような気がする。
「ねね、優斗」
「ん?」
パジャマ姿の都が、俺の手を握ってくる。
「――ど、どうした?」
「よく分からないけど……。わ、私ね! 夢の中で優斗に助けてもらった気がするの!」
「夢の中で?」
まさか、俺の記憶消去が失敗するなんてことは……。
「うん。――で、でもね……。よく覚えてないけど……。優斗が――」
「それは勘違いだ。都だって知っているだろ? 俺が中学の時に虐めにあっていたってことは、そんな俺が誰かを助けることが出来るように見えるか?」
「それは……」
「だから夢だよ」
「うん……」
「そもそも都たちを見つけてくれたのも警察の人だったんだろ? 俺とか、都のお母さんから電話が来るまで、都が行方不明になったなんて知らなかったんだぞ?」
「うん……」
「だから、勘違いだ」
「そうなのかな……」
「良くあるだろ? 人は願望を夢に見やすいって――、だから俺に守ってもらえたなんて、滑稽な夢を見るんだぞ?」
「本当に?」
首を傾げながら、問いかけてくる都に俺は「ああっ」と頷き返した。
――それから数時間後に、テレビでは電車内から大量の行方不明者が出たことと、行方不明者全員が無傷で発見された事が警察庁経由で流れた。
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