第49話
「本当に? 胡桃ちゃん、何も言ってなかった?」
「ああ。間違いない。俺は、そのへんは詳しいからな」
「そうなの?」
「もちろんだ。妹のことは、少しブラコンの毛がある困った感じと認識しているからな。あとは夜に布団に入ってくるほどの甘えん坊で困るところもある」
「……優斗」
「何だ?」
「優斗、たぶん何も分かってないと思う」
「……」
思わず無言になる俺。
そして、再度、妹の言動を思い出すが不自然な程におかしな部分はない。
もしかしたら、都の考える兄と妹の関係というのがズレている可能性もある。
そう考えると、余計なことを言っても食い違うだけで話し合いにはならないだろう。
ここは、引いておくのが得策だな。
「それより、早く学校にいくとしよう」
「そうね」
そういえば、どうして都が俺のことを待っていたのか? と、言う理由を聞き忘れてしまったな。
旧東金街道からバスに乗り、千葉駅に到着した俺達は、純也と合流する。
「おはよー。都に優斗」
そう手を振ってくる純也。
「純也、おはよう」
「純也。あとで詳しく話を聞かせてもらうからな」
「――って! 都は、きちんと朝の挨拶をしてきたのに、お前は朝から脅しとかどうなのよ?」
「お前の電話のせいで余計な事になったんだから責任取れよな」
「まさか……」
クワッ! と、大きな眼差しで俺を見てくる純也。
「都だけじゃなくて、俺も御所望ですか!?」
「何の話をしているんだ。お前は」
俺は溜息をつく。
「お前に聞きたい事があるって事だけだ。お前が、学校の宿題があるって吹き込んでくれたおかげで、俺は昨日、都の家に行ったんだぞ?」
「あー、その話か……。――で! 都とは、どうなったんだ?」
「こんな往来で話す事でもないだろうに」
ちなみに、どうして都は頬を赤らめながら頬に手を当てているのか……。
しかも、どうして俯いているのか。
「あー。なるほど……」
そんな都を見ていた純也は、ニヤリと笑うと満足気な表情で俺の肩を軽く叩いてくる。
「つまり男女の仲になったというわけか」
「なってないからな」
「――なら、どうして都は顔を赤くしているんだ? 耳まで真っ赤だぞ」
弁明をしない都。
よって、純也の勘違い路線は拡大していく。
「とりあえず、早く電車に乗るぞ」
もう話題を変えるしか方法はない。
俺は都の腕を掴むと引っ張り改札口を抜けたあとは8番線ホームから成東駅行きの電車に乗り込む。
電車は、すぐに走り出す。
そして、丁度良く3人分の電車の席が空いていたのでソファーに腰を下ろした。
しばらく電車に揺られていると眠くなる。
本当に日本は平和だよな。
そう考えると、睡魔が襲ってくる。
「――なあ、優斗」
そう、俺の名前を純也が呼んできたが、俺は久しぶりの電車の中での睡魔に抗うことをせず、意識を手放した。
――すぐに俺は、夢の中だとすぐに理解した。
それは、魔王軍四天王の一人である爆風の竜王ストーム・ドラゴンの空中居城で目を覚ましたからだ。
上空一万メートルに存在する居城。
そこに攻め入るには、俺がパーティを組んでいた竜王娘の力を借りて辿り着いた。
空を飛ぶためには、竜族か鳥族の力を借りるしかなかったからだ。
「やっぱり夢だな」
俺は、夢の中で、石造りの城壁に座りながら一人呟く。
理由は簡単で、風の音は聞こえるが、大気の冷たさなどをまったく感じないからだ。
剣と魔法が存在する世界アガルタは、地球とは異なるが物理法則などは、地球に近い。
ただ、不可思議な魔法や術式に歪な存在があることくらい。
そして――、そこには、人族、妖精族、魔族が存在していた。
「ユート」
ふと俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。
振り返ると、そこには金髪碧眼の20歳前半の女性が立っていた。
「エリーゼか」
夢の中だから何でもありだな。
そう呟く。
「ユート、今はどこにいるの? 声は聞こえるのに……、貴方の姿は見えないの」
「伝心術の魔法か? ――いや……そんなことが……」
思わず、夢ではないのか? と、思ってしまうが――、そんな事がある訳がない。
何故なら、俺がいる地球は、俺が召喚される前の世界だからだ。
俺が召喚される前の世界なら、エリーゼが俺を探すために、どんなに遠くに居ても話すことが出来るという『伝心術』の伝説級の魔法を使う訳が無い。
「良く出来た夢だな」
そう思ってしまう。
そんな中でも、白いローブを身に纏い必死に周囲を見渡しながら、俺の姿を探そうとする姿は――、涙を流しながら必死に声にならない声を口にする彼女を見ていて気分がいいものではない。
「酷い夢だな」
そう思ったところで、周囲が白くボヤけて――、声が聞こえてきた。
「優斗! 優斗!」
何度も体を揺さぶられる。
気が付けば、俺の横に座っていた都が俺の体を揺さぶっていた。
「ああ。おはよう」
「おはようじゃなくて、急がないと電車出ちゃうよ! って、優斗……どうしたの? どこか痛いの?」
「何を言っているんだ?」
「だって――」
都が戸惑った表情でハンカチを取り出すと俺の頬に当ててくる。
そこで、俺はようやく自分が涙を流していることに気が付く。
「本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。少し、変な夢を見ただけだ」
俺の言葉と同時に電車の扉が閉まる前のチャイム音が流れてくる。
「都!」
「う、うん」
彼女の腕を掴み、俺は慌てて電車から降りる。
そして数秒後に扉は閉まり成東へ向けて電車は走り出した。
「はぁ、何とか間に合ったな」
溜息をつく。
「もう! 優斗ったら、熟睡しているんだからっ! ――でも、本当に大丈夫なの? どこも具合は、悪くないの?」
「大丈夫だ。何ともない」
異世界の風景を夢で見て、旅の途中に助けたエリーゼの姿を見ただけだ。
あまりにも現実感があったから、思わず夢ではないのでは? と、思ってしまったがな。
俺達は無人駅を降りてから、学校へと向かった。
学校に着き午前中の授業も終わり昼時間になる。
「はぁー」
電車の中で見た夢の件もあり、少し気まずかった俺は高校の屋上へと来ていた。
屋上からは電車が走る陸橋が見える。
吹いてくる風は心地よく――、気分が落ち着く。
「ここは、何も変わらないな」
そう――、異世界に行く前から。
朧げに残った俺の学生時代の記憶。
入学式から、しばらくたった日に、偶然来た屋上のこと。
ここの場所だけは――、ここの記憶だけは、ハッキリと覚えている。
「元の世界か……」
思わず一人――、俺は感慨深く気持ちを吐露する。
召喚されて、しばらくの間は、元の世界に戻りたいと心の底から願っていたと思う。
だが、そんな気持ちも都が目の前で殺された時に吹き飛んだ。
――そう。都を目の前で殺された時、俺は――。
自嘲気味に思わず笑みが浮かぶ。
「まぁ、元々、異世界に召喚されたと言っても、俺には何の力も持たされていなかったからな」
本当の――、勇者なら、どれだけ良かったことか。
30年という歳月を掛けずとも、勇者なら魔王や俺から見れば邪神とも言える女神という存在を討伐する事も容易だったのかも知れない。
俺は、金網を右手で掴みながら思う。
守れなかったと何十年も後悔して生きてきた。
強くなろうと――、都を殺した魔王四天王を殺す為だけに行動してきた。
その結果が、今ある現実なら、それはそれで救いなのではないのか? と――。
――なぜなら都が生きているのだから。
俺は、金網から手を離す。
無意識の内に掴んでいた落下防止用の鋼鉄製の金網は、不自然なほどに曲がっている。
知らぬ間に、身体強化をしていたらしい。
「やっぱり夢が原因か」
俺は背中を金網に預け、空を見上げ、そして携帯を手にし画面を確認する。
「お昼が終わるまであと10分か。そろそろ教室に戻るか」
そう呟いた時、ふと視界の端に一人の女子生徒が校舎から出ていく姿が移った。
まるで、地に足がついていないように体をふらつかせながら歩いている。
「あと10分ほどでお昼時間が終わるよな?」
スマートフォンをズボンのポケットから取り出して時間を確認するが、間違いなくお昼休憩時間が終わる10分前だ。
そんな時間に学校の敷地から出ていくのは、些かおかしいと言わざるを得ない。
「まぁ、俺には関係の無いことか」
日本は、余程の事が無い限り異世界とは違って平和な世界だ。
そんな場所で、何か問題が起きるとは思えない。
「だが……」
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