第47話

 朝方になり、部屋に入ってくる人影。

 もちろん部屋のドアの開錠をした時点で、ある程度の音は鳴っていたので寝ていなければ、入ってきた人物を特定することは容易であった。


「ふふっ、娘は上手く出来たかしら」


 そう呟きながら、そっと此方を見てくる視線。

 それと視線が絡み合いながら、俺と都の母親は――。


「あらら、おはよう。優斗君」

「おはようございます」

「娘はどうだったのかしら?」

「それを俺に直接聞いて何をするつもりですか?」


 俺は思わず溜息を洩らしながら、都の母親に返答する。


「別に、どうもしないけど……」

「――なら、どうして……というよりも枕を持ってきているんですか?」

「別にいいじゃないの?」


 ――いや。全然、良くないんだが?


「はぁー。あの、とりあえず都は、昨日の夜に一緒にベッドに入った瞬間、即寝していたので、たぶんですが睡眠不足というのは本当だったと思います」

「――え? も、もしかして……、ずっと娘は抱き付いたまま寝ているだけだったの?」

「そうですけど、静香さんも言っていましたよね? 抱き枕をしているだけでいいって――」

「ジーザス!」


 都の母親が、唐突に横文字を使い膝から崩れ落ちる。

 どうやら、都の母親には何か他に意図があったようだな。

 然るに恐らくだが、男女の関係とか? ――いや、それはないか……。

 いくら何でも平凡な俺に金持ちで企業の令嬢を宛がってくるような親はいないだろうし。

 そう、俺の母親と都の母親が親友だったとしても。


「……ん。ゆう……と……」


 俺と静香さんが話していた所で、煩かったのかぼんやりとした眼差しで、俺を見てくる都。

 まだ寝起きなのか、その目は『とろーん』としていて俺に抱き付いたまま。

 

「ゆーと……」


 顔を近づけてくる都。

 まだ意識がハッキリしていないのだろう。

 

「お、おい。都! 起きろ!」

「あらら――」

「何を楽しんでみているんだ!?」

「だってー」


 楽しそうに、俺と都の様子を傍観してくる静香さん。

 抱き枕状態で、足を絡められていて、さらに都の両腕は俺をガッシリとホールドしている。

 力任せに振りほどけば問題なく対処できるが、それをした場合、面倒事になるのは目に見え――。


「あらあら、まぁまぁ……」


 そんな都の母親の声が聞こえてきた。

 それから、朝食時。


「はぁあああああああああああああああ」


 俺は深く――、本当に深く溜息をつきながら都の家のお手伝いさんが作ってくれた朝食というかパンを口にする。


「えへへっ!」

「まぁまぁまぁ」


 深く、本当に心底深く溜息をついている俺とは逆に、肩が触れ合うというか触れ合っている近距離で座っている都は、心底嬉しそうな表情で俺に体を押し付けてきている。


「――どうして、こうなった……」

「優斗君」

「何でしょうか? 静香さん」

「娘とのキスは、どうだったかしら?」

「お母さんっ!」

「別に私は気にしないわよ? そこまで仲がよくても――、見せつけられていてもね」

「俺は気にするんですが……」


 そもそも、抱き枕になるだけの約束が、どうして寝ぼけた都に接吻されるところまで行ってしまったのか。

 そして――、その光景を都の母親に見られるという……。


「大丈夫よ! 夫の修三さんも、優斗君なら良いって言っていたから!」

「敢えて何を良いと言う事は聞かないことにします」

「え? 結婚の話だけど?」

「どうして、そこまで飛躍を――」

「優斗は、私だと駄目なの?」


 潤んだ瞳で、美少女たる都が見上げながら俺を見てくる。


「だ、駄目だとは言わないが……」


 ハッキリとした言及は避ける。

だが――、そもそも俺には、都と男女の関係になるような、そんな資格はない。

 

「それなら、いいよね! 駄目ってことは良いってことよね?」

「俺は、何も言っていないんだが……」


 誰か、この状況を打破する奥義か何かを教えてくれ……。

 俺の気持ちは誰にも伝わることはなく朝食の時間は過ぎていく。

 朝食を食べたあとは、必死に引き止める神楽坂家の母娘を説得し自宅へと戻る。

 時刻は、既に午前10時を回っていた。


「ただいま……」

「お兄ちゃん! 遅いの!」

「どうして、そんなに怒っているんだ……」


 どうやら、本当に妹は怒っているようであった。

 妹は家の中に入ってきた俺の周囲をぐるぐると周りながら、ハッ! と、したような顔をした後、小走りで風呂場に向かってしまう。

 そしてすぐに戻ってくるなりバスタオルを俺に投げつけてきた。


「お兄ちゃん! すぐにお風呂に入ってきて!」

「お風呂?」

「そーだよ! とりあえず早く!」

「お、おう……」


 すごい剣幕の妹に、俺は頷きお風呂へと入る。

 お風呂から出てきたあと髪の毛を乾かし普段着に着替えたあとはソファーに座ると、妹が隣に座ってくる。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん」

「どうした?」

「何でもない」

「そうか……変な奴だな」


 妹は、横に座っていたと思ったら、体を倒すと俺の膝の上に頭を乗せてくる。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「――ん?」

「昨日って、神楽坂さんの家に泊まったんだよね?」

「そうだが?」

「一人で寝たんだよね?」

「……」

「どうして無言なの?」

「――い、いや。と、とくに何も問題はない。ノープロブレムだ」

「どうして、そんなに動揺しているの? もしかして都ちゃんと何か如何わしいこととかあったの?」


 何故か知らないが妹が怖い!

 声に抑揚がない!


「――な、ななな、何を言っているんだ? 何もなかったに決まっているだろ?」

「ふーん」


 意味深な様子で、俺の膝に頭を乗せたまま見上げてくる妹の胡桃。


「お兄ちゃんは、胡桃のお兄ちゃんなんだからねっ!」

「それは当たり前だろ。何を言っているんだお前は――」


 時々、意味不明なことを言うよな……我が妹ながら。




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