第44話

 仕方なく、夜道を歩く。

 

「何となく、気が重いな」

 

 一人呟きながらも、俺は足を止める。

 そして都の家の前の立派な門構えに備え付けられたチャイムを鳴らす。

 

「はい。あら? 優斗君?」


 ――この声は……、都のお母さんか。


「すいません、夜分に遅く」

「いいのよ! すぐに開けるわね」


 俺の身長よりも倍近い鉄格子の門が自動で開いていき、敷地に足を踏み入れる。


「優斗君っ! いらっしゃい!」


 艶やかな黒髪を三つ編みにした見た目は20代前半でも通じる程の若々しい姿の女性が姿を見せると共に駆け寄ってくる。


「どうも、神楽坂さん」

「静香でいいのよ? もしくは、お義母さんでも!」

「いえ。それは……」


 どうして、いつもテンションが高いのだろうか? 都の母親は……。


「それよりも、今日は娘を娶りたいって話? 夫は、許さん! とか、言いそうだけど、きっと大丈夫だから!」

「何の話をしているんですか」

「もー、優斗君。そんなに冷静に受け流していたかしら? 少し雰囲気が変わった? ワイルドになった?」


 ジロジロと好奇心に満ちた瞳で俺の目を覗き込んでくる都の母親。


「そういう訳ではないので」

「そう――、それは、ざーんねん」

「はぁ……」

「優斗くんっ! 溜息は、幸せが逃げてしまうのよ?」

「はぁ――」


 もうツッコミどころが多すぎて、どこから突っ込んでいいのか分からない。

 とりあえず要件を済まそう。


「まぁ、とりあえず! こんなところでは寒いからっね! 優斗君、お家の中へずずいっと!」


 都の母親は、俺の腕を引っ張ると胸を押し付けてくる。


「あの、神楽坂さん?」

「静香か、お義母さんって呼ばないとダーメ」


 何だ? その究極の2択は……。

 とりあえず、力任せに振りほどくことは可能だが、そんな選択肢が取れる訳がない。


「静香さん、今日は学校の宿題を都から受け取りに来ただけなので」

「あら? そうなの? まぁ――、娘を連れてくるから、お茶でもしていって」

「わかりました」


 リビングに通された俺は、都の家で働いているお手伝いさんにお茶を淹れてもらい、時間を潰す事に。

 それにしても、お手伝いさんが普通に夜でも働いているのは、異世界以外だと金持ちくらいでは……。

 まぁ、都の家には昔から何度か来た事があると思うが、その頃の記憶がほとんど曖昧だから新鮮に感じるな。

 お茶を口にしながら、都の母親が宿題用紙を持ってきてくれるのを待つ。


「ゆ、優斗……」


 緑茶を飲みながら出された御茶請けの煎餅を口にしつつ待っていると若草色のワンピースを着た都がリビングに入ってくる。

 正直、千葉ポートタワーでの一件以降、気まずいんだが……。


「悪い。純也から宿題のことを聞いたんだが……。――で宿題の用紙を都から受け取れって言われてもらいにきたんだが……」

「え? 宿題?」


 俺の言葉に、首を傾げながらきょとんとする都


「そんなの出てないよ?」

「出てない? 純也のやつが言っていたんだが……」

「あ――」


 都が、ハッ! としたような表情で呟くと――。


「う、うん! 宿題あった! 宿題あったね! 宿題あったよ!」

「何故に三段活用……。しかも微妙にあれだな」


 俺は溜息をつく。


「とりあえず、宿題用紙があるのならもらえるか?」

「うん! あっ! ――で、でも!」

「でも?」

「ほら! 優斗って、勉強とか苦手でしょ? 一緒に勉強していった方がいいんじゃないの?」

「……たしかに」


 俺の学力は中の下くらい。

 だが! 問題は! 異世界で30年以上は過ごしたことで、俺の学力はヤバい事になっているということだ。

 それは、先日に学校に行った時に判明している。

 つまり、家に宿題を持って帰っても効率よく学習が出来るとは限らないということだ。

 それに比べて都と純也は高校の入試テストでトップ近くの点数を叩きだしている。

 

「わかった」


 俺の言葉に、都が小さくガッツポーズをしていた。


「それじゃ優斗! 部屋にいこっ!」

「いや、ここでもいいだろ?」

「駄目だから!」

「どうしてだ?」

「だって! 学校からの宿題用紙は、私の部屋にあるから二度手間になるよね?」

「別にすぐに取ってこれるだろ? お前の部屋は近いんだし」

「部屋変わったから!」

「そうなのか?」


 さすが金持ち。

 たしか都の家は部屋が20部屋くらいあったな。


「仕方ない」


 俺は椅子から立ち上がり、都と一緒に彼女の私室に向かうことにする。




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