第29話
「あれって鬼ですよね?」
ヘッドライトで、俺が視線を向けている方角を照らしていた山崎がそう言葉を漏らす。
「そうだな。だが――、知恵はあるのか?」
魔物は、手に棘のついた釘バットのようなモノを手にしている。
その事からある程度の知能はあるように思えるが……。
後ろからは拳銃を構えた山崎の気配が伝わってくる。
どうやら、山崎は戦闘することを前提に物事を考えているようだ。
まぁ、俺も同じだが――。
「お前らは人間か?」
俺達の殺気を感じ取ったのか、すぐに足を止めた魔物が語り掛けてくる。
「ああ、そうだが、お前らは?」
俺と山崎は銃口を魔物に向けたまま、動かすことはしない。
「我らは冥界の女神の従僕。お前達、人間が言う所の警察にあたる」
思わず俺は首を傾げる。
コイツは何を言っているのかと。
「桂木さんっ!」
「山崎、とりあえず話をしてみるからトリガーを引くなよ?」
「ですが――」
まぁ、今までが異常だっただけに目の前の魔物が話す時点で、理解できないものだったが、俺としては異世界で良くあったことなので。
「冥界の女神の従僕? それは、伊邪那美命(いざなみのみこと)の従僕ということか?」
「ああ、そうだが……。我らを見ても、まったく動じないのだな」
「一々、動じていたら戦場では生きていかないからな」
そもそも体長100メートルを超える上位竜と比べたら、迫力や威圧感なぞ皆無に等しいからな。
「ふむ……。それよりも、何故に人間がこのような深淵の場所まで入り込んでいる? むしろ生きていられる?」
「たまたま、この世界に通じる場所を通って、この世界にきて歩き回っていたら、ここに到着したって感じだな」
俺の言葉に魔物たちは小声で何かを相談し始める。
「桂木さん。大丈夫なんですか?」
「まぁ、いざとなったらどうにでもなるからな」
目の前の魔物が、どういう思考をしているのかは分からないが、少なくとも俺が放った殺気を感知して話し合うという選択を取ったのは間違いない。
何故なら、俺達に向かってきていた時には、殺そうという殺気が感じられたからだ。
「それは、もしかして現世の世界との門を通って来たということか?」
ようやく相談が終わったのか話しかけてくる魔物。
「そんなところだ。それよりも、こちらとしては聞きたいことがある」
「我らが答えられるモノは多くない。まずは主に会っていただきたい」
「主ということは……伊邪那美命か……」
「様をつけてほしいのだが?」
鬼は、額に血管を浮かべて、命令口調に近い言葉を投げかけてくる。
「生憎だが、俺は様をつける奴は選ぶ事にしている。そして、俺が様をつけるような奴はいない」
「……人間というのは傲岸不遜で慇懃無礼だとは聞いていたが……」
「悪いが、そういう話に興味はない。お前達の主に会わせるのなら、さっさとしてもらいたい」
「分かった」
魔物たちは踵を返し歩き出す。
その際に、俺達についてこいと動作で知らせてくる。
「大丈夫なんでしょうか? 付いていっても……」
「俺達は情報がまったくない状態だからな。嘘か真か本当のことは分からないが、話を聞くだけならタダだろう?」
それに、この世界の仕組みや法則が分からないと、結果的に失敗する可能性だってあるからな。
俺の言葉に「そうですよね」と、山崎は呟き拳銃をホルスターに仕舞う。
「さて、何が出るのか楽しみだな」
「こんな状況を楽しめるとか、桂木さんは普通ではないですよね」
そう後ろで小さく呟く山崎。
俺に聞こえない声量で独り言だったと思うが、俺には聞こえているからな?
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