第23話

「ふむ……」

 

 とりあえず瞳を軽くノックしてみる。

 コンコンという音だけが反ってくるだけで、何の変化もない。


「桂木さんっ、何をして――」

「いや、何か罠なら変化があるかなと」

「さっき用心しろみたいな事を言ってましたよね?」

「まぁ、そうなんだがな……。よく出てくるモンスターの種類によってダンジョンが、どう言ったモノか考察できる事があるんだが……、ふむ……」


 いまのところ、分かった事と言えば人の恐怖心を駆り立てる魔物。

 そして血管の浮き上がったダンジョンに巨大な瞳か。


「とりあえず、この大きな瞳はどうやって立っているんだ?」


 後ろに回ってみても支えは存在していない。

 それでも、コンタクトレンズを二つ表裏合わせたような巨大な瞳は、倒れることなく畳の上で鎮座している。


「そういえば、そうですね」


 そこで、山崎も興味を引かれたのか瞳の周りだけでなく社とも言える場所をボストンバックから取り出したデジカメで撮っていくが……。

 それを見て『案外余裕があるな。こいつ』と俺は考える。


「とりあえずアレだな」

「何か分かったので?」

「ああ、分からない事が分かった。なので――」

「ちょっと! 桂木さんっ! それはマズイですって!」


 2メートルの瞳を両手で掴む。

 山崎が制止してくるが、気にせず巨大な瞳を持ち上げる。

 もちろん、その際にブチブチブチブチと何かが切れる音が聞こえてくると同時に「ギャアアアアアアア」という絶叫に近い声がダンジョンの奥底から聞こえてきた。


「なるほど……」


 畳から引き抜いた瞳を俺達が歩いてきた通路の方へと投げる。

 もちろん投げられた瞳は綺麗にパリーン! と、割れて良い音を響かせる。

 そして、瞳が鎮座していた場所には無数の血管が存在しており血を吐き出していた。


「なかなかグロい……」


 山崎の、その言葉には俺も同意する。

 

「しかし、どうやらダンジョンと大きな瞳は繋がっていたらしいな」

「まさか、それを実証する為だけに瞳を引っこ抜いて……割ったんですか?」

「割ったのは不可抗力だ。俺は何も悪くない」

「そうですか……」


 肩を落とす山崎を横目に俺は血を吐き出し続けている毛細血管からの血を舐める。


「血の成分はさっきと同じだな」

「だから、何で、こんな得体の知れない場所の物を口にするんですかね」

「まぁ、俺の場合は大丈夫だし」

「そういう意味では……、桂木さんは、ヨモツヘグイって言葉を知らないんですか?」

「ああ、黄泉の食べ物を食べたら帰れなくなるみたいな?」

「そうそう。それですよ! 少なくとも、こんな危険な場所、一般常識の埒外の物を口にするなんて正気じゃないですよ」

「あまりな言いようだな」

「これでも全然言い足りないくらいなんですが!?」

「もしかして山崎は、こういう場所にくるのは」

「初めてですが?」

「なら、俺の方が遥かにこういう場面に詳しい」

「もしかして桂木さんは、こういう事に何度も遭遇して?」

「まぁ、こういう事に関してはプロフェッショナルな自覚はある」


 ちなみに異物を体に呑み込んでも大丈夫なのは、俺は長年の研鑽で手にした力のおかげだが、それを教えるつもりはない。


「そうですか」


 そこで、ようやく山崎がホッとしたような表情を見せる。


「もしかして、桂木さんは、それなりにどこかの流派で、幽霊と戦った経験があるお坊さんとか、そんな感じの血筋だったりしますか?」

「いや、あくまでも普通の高校生だな」


 少なくとも、この世界では――。


「あくまでも教えるつもりはないというスタンスですか。まぁ、わかりますけどね。桂木さん程の実力の持ち主なら」

「そうか。それより少し走らないか?」

「え? 何でですか?」

「いや、何――。俺が放り投げて割れた瞳の中から液体というか硫酸が漏れている」

「――え?」


 山崎が見た方向。

 それは2メートルの瞳が割れた方向で、瞳からは噴水のように硫酸が噴出し天井に当たると同時に苔を溶かしている。

 しかも、それだけに限らず、手掘りの洞窟の壁や床から白い煙が噴き上げているのを見ると、相当強い濃度の物なのだろう。


「あれって……」

「たぶん硫酸だ。だから逃げるぞ」

「桂木さんの力で何とか――」

「さすがに質量の法則を無視してまで吹き出し続ける硫酸を何とかする場合、かなりの体力を削られる。まだ、何処までダンジョンが続いているのか分からないのだから温存しておきたい。だから逃げるぞ」


 俺は、洞窟の奥へ向かって走る。

 その際に、前方から白い着物を着た数百もの死者が姿を見せる。


「桂木さん!」

「どうやら、俺達の足止めをするのが目的のようだな」


 走りながら、腰から拳銃を取り出す。

 そして――、生体電流を拳銃に纏わせると共にトリガーを引く。

 撃鉄と発射音――、さらに薬莢が輩出されると共に銃弾は生体電流により発生した磁界のエネルギーにより加速し射出される。


 電磁加速された銃弾は金色の光を纏い、前方の通路を埋めるように存在していた死者を一撃で一掃する。


「レールガンか。中々、便利だな」





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