孤独

さぎりとの旅行を中断し、しばらく1人でいることになった。

これまでずっと目を逸らしてきたことが、やっぱり良くなかった。


さぎりは、元カレとの別れをしっかりと受け止めて前に進む為、少しの間1人で気持ちを整理することにした。



それ自体は別に構わない。が、1人でいるとどうしても1人で考えてしまう。






さぎりは、本当に戻って来てくれるのか?


もし、元彼への気持ちが抑えられなくなってしまったら…?





信じたい気持ちは本物だが、離れている分の不安は埋めることができない…。



それでも、我慢するしかないんだ。


自分で待つと言ったんだし、決めたんだから。




俺は、加藤さんに電話をして、夏休みの間だけもっと仕事を回してもらえるようにお願いした。


さらに、両親には夏休み中に一人暮らしをしたいと話をした。

もちろん、最初の返答は良くなかったが、俺は、生活費の半分は自分で払うからと食い下がった。

半分、と言うのは飽くまで生活費であり、小遣いは自分で稼ぐことも伝えた。


母親は、心配だからと言う理由でだめだと言っていたが、それまでほとんど黙っていた父親が最後の最後に口を開いた。

「お前の気持ちは良くわかった。どれほど覚悟しているかもな。だからと言って、今日今すぐにいいとは言えない。それは、俺がお前の親だからだ。わかるな?」



わかるようなわからんような。



「夏休みはまだあるだろう?考えておく。」



いや、そんなにはないだろう…。


まぁ、仕方ない。今噛みついても無駄どころか逆効果だ。

こう言う時は一旦は引き下がった方がいい。


俺は、自分の部屋に戻って佼成の仕事を始めた。

今日のノルマはまだまだ終わっていない。














毎日毎日朝から晩まで仕事をし、また合間を縫って歴史の勉強をする。

本を読み漁り、ノートを何冊も作った。


俺が元々興味があった幕末の時代はもちろん、それ以前の時代もひたすら勉強した。

歴史など、所詮は昔のことだが、それでも本は無数にある。

それに、本によって解釈は違うし、全く別の説を正としている場合もある。


俺は、自分の無知を思い知らされた。

学校の成績など何の関係もないこともわかった。



1日のほとんどを部屋か本屋か図書館で過ごしていたので、曜日感覚が全くなかった。

そんなある日、珍しく父親から声をかけてきた。

「話がある。今いいか?」


駄目とは言えない雰囲気だ。


『わかった。今行く』


部屋から出てリビングへ行くと、父と母が並んで座っていた。


「あれから、お前の様子を見ていたが、随分と熱中しているようだな。仕事か?例の、出版社の」


『それもある。でも、それだけじゃない。まとまった時間ができたから歴史の勉強をしてる。』


父は、少し表情を緩めて言う。


「何かあったのか?」


母は、とても心配そうな顔をしている。


『おいおい、俺が勉強してたらそんなにおかしいのか?』


俺は、わざとおどけて見せた。

そもそも親に話せるような理由ではない。


「そうじゃないのよ。でも、お母さんね、詩乃を見てたら、何だか寂しそうだなって思ったのよ。その上一人暮らしがしたいだなんて、余計に心配になるじゃない。」


母が、涙を浮かべている。


…やめろって。


『まぁ、色々あるよ。でも、悪いけど、これはあんまり話したくない。それに、そんなに心配いらないって。』


父親が困り顔で言う。


「わかった。無理に聞こうとは思わん。だけど、親が子供を心配するのは当たり前だ。わかるな?」


わかるよそのくらい。

悪いな、親父。


『わかるよ。でも、何も手につかない状態になるよりマシだろ?』


それに、親に言えない悩みがあることもわかるだろ?

親父だって、お袋だって、人の子なんだから。



「そうだな。お前の言う通りだ。母さん、詩乃の気持ちもわかってあげなさい」



母は、まだ泣いていたが、しっかりと頷いた。


「はい。」


そして、親父が俺をまっすぐに見ていう。


「詩乃の覚悟はわかった。お前のやりたいようにやってみろ。ただし、母さんの気持ちがわからんお前ではないな?ちゃんと、週に一度くらいは顔を出しなさい。」


お?と言うことは?


『いいのか?』



「うむ。だが、もうすこし細かい条件がつくぞ?」



いいさ。条件なんていくらでも飲むよ。









その後、親父の出した条件を全て飲んで一人暮らしの許しが出た。



部屋は、すぐに決まった。

と言うか、これが最初の条件だった。


親父の知り合いが管理しているアパートで、ここに住むならいいと言うのだ。


まぁ、一人暮らしができればどこでもよかったので、この条件は特に気にならなかった。


家の近くで、しかもそんなに広い部屋でもなかったので、引っ越しは親父と2人で済ませた。


8畳のワンルームだ。広くはないが、ベッドと机と本棚があれば何でもよかった。

割と大きな収納がいくつか付いていたので、その中の一つを本棚とした。



全ての荷物を運び終えると、親父と2人で座り込んだ。


『ありがとう。』


親父は、顔を背けた。

なんだ?照れてるのか?


「気にするな。手伝いくらいは、やって当然だ」



『いや、それもだけど。』



親父が振り返った。


「なんだ?」



今度は俺が目を背けた。


『いや、一人暮らし、させてくれて。ありがとう。』


恥ず…。

でも、これは、ちゃんと言っておきたかった。


「うむ。母さんにも伝えておく。」



『あぁ、頼むよ。後、心配するなって、伝えてくれ。』



「それは、自分で伝えに来い。いつでもいいから。」


それもそうか。











それからの俺は、さらに仕事と勉強にのめり込んでいった。


一人暮らしの部屋は、一瞬で仕事の書類と歴史の資料やノートで一杯になった。




ある日の夕方、ふと思った。


気づけば全く遊んでないな。


誰か、暇な奴いないかな…?


いや、いいか、無理に探さなくても。

遊びに行けば楽しいが、帰ってくるとより孤独を感じることになる。


さぎり…。やっぱりこの寂しさを埋められるのはお前しかいない。

早く、戻ってきてくれ。




今頃何してるんだろうな…?





さぎり。







しまった。

意識的に考えないようにしていたのに考えてしまった。

こうなると、しばらくは仕事も手につかないだろうな…。


仕方ない。出かけるか。



少し散歩するつもりで外に出た。

家の周りを歩く。

大学の周りは住宅街のため、小さな公園や広場が結構あった。

この時期は夕方5時でもまだまだ明るい。

公園にはまだ数名子供たちが遊んでいた。


ふらふら歩いていると、気づけば大学まで来てしまった。

学校の中に入っても仕方ないので、今度は駅まで歩いて行く。


さぎりを何度も送った道だ。


もはや懐かしいとさえ思った。


さぎりと付き合い始めてから、ずっと一緒だったせいか、友達も俺を誘いにくくなったんだろう。

休みにも関わらず連絡が来ないのは、多分そのせいだろう。


これで、さぎりまでいなくなったら本当に孤独だな…。



考えたくもないのだが、一度考え始めてしまうと止まらなかった。

駅に着いてしまったので、電車に乗ることにした。


行き先はもちろん、小山駅だ。

改札を出て、階段を降りる。

ロータリーを抜けて、並木道を歩く。

その先には思川がある。


河川敷のベンチに1人で座ってみた。

少しでもさぎりを感じたかった。

そうだ。あの日、ここで告白したんだ。

傷心の女に言い寄るのは、反感を買いやすいが、そんなことはどうでもよかった。

さぎりと付き合えれば、あとはどうにでもなると思ったから。

でも、どうにもならなかった。

結局さぎりの心を掴み取ることができなかった。

もう、戻ってこないかもしれない…


いや、待て、それは考えすぎだ。


さぎりは、必ず戻ってくる。

今は、そう信じるしかないんだ。



あぁ、そうか。

俺は、こんなにさぎりが好きなんだな…。


さぎり…






会いたい。










俺は、滲んだ自分の拳をずっとみていた。


どれくらいこうしていたかはわからないが、いつまでもこうしているわけにもいかないので帰ることにした。



幸い、今日の仕事は終わっている。


今日は、休もう。



小山駅に着いてロータリーを回り込んでいると、見覚えのあるシルエットが視界に入った。


そいつは、ロータリーに停まった車から降りて、中にいるであろう運転手に話しかけていた。

何というか、華やかな笑顔だった。

その人物には見覚えがあったが、そんな笑顔は見たことなかった。

いや、まぁ、今さらそんなのどうだっていいけど。


運転手に手を振り、車を見送ったあと、駅の中に消えていった。


なんでこんなところにいたんだ…?


俺は、このまま駅に入って電車が一緒になるのが嫌なので、駅に入っている居酒屋に入った。

未成年…?バレなきゃいいんだよ。











今日はついてないな。

せっかく1人暮らしの許しをもらって、仕事も勉強も順調だったのに。

よりによって、一人暮らしの一番のデメリットである寂しさを感じ、予想以上に時間をかけて散歩し、考え込み過ぎて勝手に悲しくなり、気を取り直して帰ろうと思ったら、あんな奴に出くわすなんて…。
















結…。何であんなところにいたんだ?


あの笑顔、昔俺と付き合ってた時にも見せたことなかっただろうに。


そうか、お前は、もう幸せになったんだな。


悪いけど、応援はしないぞ。


別に邪魔もしないけど…。


何だよ、何で今日なんだよ。










やりきれない思いを抱えながら、生まれて初めて1人で酒を飲んだ。

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