本音…

俺の腕の中でひとしきり泣いたさぎりは、つぶやくように言った。

「ごめんね…」

『気にしなくていい。少し、落ち着いたか?』

内心、不安やら嫉妬やら、後はもっと漠然とした【嫌な感じ】に心を支配されそうになっていた。

でも今は、さぎりの方が大切だ。

「うん、ありがと…私ね」

正直続きを聞くのが怖い。けど、仕方ない。

俺は、あの河原に呼び出された日のことを思い出した。

あの時とは俺の心境は全然違うけど

「元カレと別れてから、自分に自信がなくなっちゃったの。そもそもフラれたのだって、私が悪かったし。」

『そんなことはない。相性が悪かったんだ』

「相性は、悪かったのかもしれないけど、付き合ってる人がいるのに、他の人を好きになるなんて、やっぱり悪いことだよ。」

他の誰かならな。俺だったら別に関係ない。

『付き合ってるのに他の人に気が向いてしまうのは、誰にもどうしようもないだろう。感情なんて、自分でコントロールできないんだから。』

隙を見せた彼氏が悪い。

『それに、前にも言っただろ?俺はさぎりが他の男と付き合っている時から狙ってたんだ。そういう意味では俺だって悪いだろ。』

「違うよ、詩乃は、悪くな」

『だったらさぎりも悪くない。誰も悪くない。俺はさぎりが好きだったし、さぎりは元カレより俺を選んだ。で、元カレは他の女を選んだ。それだけだろ。』

「元カレは…。んん、なんでもない」

ずいぶん庇うんだな。こういう時は…

『俺と元カレ、どっちが好きだ?』

単純な質問の方がいい。

「詩乃が好き!詩乃だけが好きだよ!」

そうだろう?

『だったらそれでいいじゃないか。何度でも言うけど、俺は絶対にいなくならないよ』

今はこう言うしかない。

あまり認めたくはないけど、さぎりの中でまだ完全に元カレを忘れられてないんだろうと思う。でも、俺のことが好きなのも事実なんだ。だから、これからどんどん俺のことを好きなってくれればそれでいい。

そのためなら、何度だって不安を消してやる。

「詩乃…手握って…。」

俺は何も答えずにさぎりの手を握った。

『大丈夫だ。ほら、ここにいるだろ?』

「うん、ごめんね」

さぎりがまた啜り泣く。

『大丈夫だ。さぎりがいつか自信を持てるまで、俺が支えになってやる。自信が持てるようになったら、並んで歩こう。』

辛いのは今だけだと自分に言い聞かせた。

俺がパンクしたら終わりだ。負けないぞ。

『今日はもう寝よう。旅行は明日も明後日もあるんだから、今日のことは、もう気にしなくていい。』

「うん。ごめんね。」


そのまま2人でベッドに向かった。

さぎりはずっと俺にしがみついていた。

俺はさぎりが寝付くまで髪を撫でていた。



このまま起きていても仕方がないので、今日は寝ることにした。

さぎりはずっと俺の手を握りしめながら寝ていた。


損な役回りだけど、これは俺が選んだことだから納得はしている。

あの時、傷心のさぎりに声を掛けたのは、他の誰かに取られたくなかったからだ。

できることなら、距離を空けたりせずに解決したいものだ。





前日早く寝たせいか、早い時間にすっきりと起きた俺は、ヴィレッジ内を散歩した。

このヴィレッジにはキャンプ場が併設されていて、小川や釣り堀がある。

夏なのでキャンプ場の利用者も多いようだ。

ヴィレッジ内を流れる小川沿いに歩いていくと、やがて敷地の境界線があった。さらに先には自然の川が流れている。

とめどなく流れる川と止むことのない川の音が気持ちよかった。

キャンプ場の方でも、徐々に人が起きて出てき始めている。

そろそろさぎりも起きてるかな?


棟まで戻ってみると、既にさぎりは起きていた。

着替えを済ませ、化粧をしているようだ。特に変わった様子はない。

『ただいま』

「お帰りなさい。散歩?」

でもないな。やっぱり元気はなさそうだ。

それもそうか。昨日の今日だし。

『うん、小川があったりして、結構良かったよ。あとで一緒に行ってみるか?』

「うん、行ってみたい。そろそろ支度できるけど、朝ご飯行く?」

『だな。今日は中禅寺湖方面だったな。予定通りでいいか?』

「いいよ。…あのさ」

『ん?』

さぎりが手を止めて言う。

「昨日は、ごめんね。取り乱したりして…」

『大丈夫だ。不安になることなんて誰にでもあるだろ。』

「詩乃って、優しいよね。初めて会った時は、ちょっと怖かったけど。」

『ピアスのせいだろ。人は見かけだじゃわからないよ』

「そうだね。私がどうしようもなく落ち込んだ時、助けてくれたのは詩乃だけだったもんね。あの時は、本当にありがと」

なんだ急に。なんの話だ?

『みんな心配してたよ。俺が一番乗りだったってだけだ。あの時、実は学校でさぎりの友達にも聞いたんだ。最近見かけないけど、あいつはどうしたんだって。何か知らないかって』

「そうだったんだ…」

『うん、友達もみんな心配してたよ。メールも返ってこないって言ってたし。』

「そっか…」

『さぎりは、自分で思うよりずっと、いろんな人に大事にされてる。それだけは覚えておいた方がいい。』

「ありがと。私、詩乃に助けてもらってばっかりだね。」

少し柔らかい笑顔になった…か?

『彼氏だからな。当たり前だ。それに』

「それに?」

『俺は、さぎりが隣にいてくれるだけで十分助かっている。そこは自信を持っててくれ。だから、これからも何度だって助ける。』

「詩乃は、どうしてそんなに私のことを想ってくれるの?」

どうして?

『考えたこともないな。初めて会った時から気になってて、気づいたら好きになっていた。大切にするのも支えになりたいと思うのも、全部好きだからだ。としか答えられないよ』

「私の、何がそんなに…」

『俺の言ってることが信じられないか?』

「そうじゃないの…でも、自信がないの」

『それは同じ意味だと思うぞ。』

「そうなのかな…?」

気づかれない程度に鼻から息を吐いた。

『今すぐには何も変わらないかもしれないけど、それでも俺はずっと一緒にいる。それだけじゃだめか?』

なるべく語気が強くならないように気をつけて言った。

「んん、そうじゃない。」

自分1人で考えたいとか、そう言うのはやめてくれよ。

「私のこと、これからも好きでいてね?私も、ずっと大好きだから。私のこと、捨てないでね。恒星みたいに。」

当たり前だろう。既に何度も言っている。

『ありがとう。ずっと好きでいるし、ずっとそばに居る』

無言で頷くさぎり。

さて、どうしたものか。。

このやりとりを何度繰り返しても意味がない気がする。

俺が何を言おうと、さぎりが前の男のことを忘れない限りは前に進めないからだ。

覚悟はしていたが、ここまで根が深いとは思ってなかった。

俺とのこともそうだけど、周りにいる友達のこともちゃんと見えていないみたいだ。

俺はいくら依存されても大歓迎だが、さぎりが友達を失くすようなことにはなってほしくない…。


。。

俺も矛盾しているな。。

いや、別にいいか。

感情なんて矛盾しているもんだろう。

それに、矛盾しているところがあっても、さぎりを思う気持ちは変わらないし、一緒にいたいと思うのも変わらない。

変に離れて気持ちを確かめる必要なんてない。

2人が一緒にいたいと思っているなら、他のことはなにも関係ない。



「…乃?」

しまった。

『ん?あぁ、ごめん。』

「んん、朝ごはん、行こっか。」

そうだな。















ん?なんだ、この違和感?

急に息苦しくなって辺りが白くぼやけ始める。

右手を少し圧迫される感覚…
















目が覚めた。

俺の隣で寝た時と同じ格好のまま俺の手を握っているさぎり。よく眠っているようだ。

時刻は、朝の6時。



夢か…。

どこから夢だったんだ?

散歩からか?話始めたところか?

寝起きで働かない頭を働かせて考えた。


いや、普通に考えて散歩のところからだろう。

俺達が泊まっているヴィレッジにキャンプ場は併設されていない。


嫌な夢だ。

話し合いをしたのに解決した気がまるでしない。

それに、ひどく疲れた。


俺は、さぎりを起こさないようにそっと布団から抜け出し、部屋に付いてる露天風呂へ向かった。

朝の冷えた空気が心地よかった。

湯船に浸かると気分が少しずつ晴れてきた。

そう。あれはただの夢だ。

嫌な夢を見ると起きた瞬間は気分が悪いけど、完全に目が覚めると、そもそもなぜそんなに気分が悪かったのかわからなくなる。

俺達は別に喧嘩したわけでもないし、別れなきゃいけないわけでもない。

漠然と不安になることなんか誰にでもある。

もう気にするのはやめよう。


















所詮、夢の中の話だ。

現実じゃない。

現実の世界だったら、さぎりは元彼の名前を口に出したりはしない。

夢の中でのことにモヤモヤしてもなんの意味もない。


湯船の中で立ち上がった。

洗い場で思いっきり頭からお湯を掛けて髪を洗い、そのままの勢いで身体も洗った。


夢だ。あれは夢だ。

髪も身体も綺麗に洗って、忘れるんだ。


俺は、自分の目から流れる物が涙だと認めたくなかった。

所詮、夢の話だ。

これも、きっと悪い夢だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る