幽艶の恋心 ~天に揺蕩う恋雫~
沖町 ウタ
プロローグ ありがとう
プロローグ 1
満月が天高く昇り、満点の星空が輝く星空の中、高校の校舎の屋上は、月明りに照らされた舞台のようだった。
自分の身体は宙に浮いているような感覚で、浮遊するように、または屋上から背中から飛び降りたように、空を見上げる形で宙に浮いていた。
やけに世界がゆっくりで、空が綺麗だ……なんて思っていた。
見上げた屋上の縁には、長い髪を靡かせ、制服を着た女子生徒が立っていて、ゆっくりと地面へと落ちていく自分を見ているような気がした。
ゆっくり動く曖昧な世界で、徐に彼女へ手を伸ばす。しかし、伸ばした手が少女へと届くことはなく、自分の身体はゆっくりと地面に近づいていく。
月明りの逆光で彼女の表情は見えない。けれど……その表情は、とても悲しげに見えた。
何故悲しい顔をしているのだろう。そう思った……次の瞬間だった!
ゆっくりと動いていた世界は突然時間を取り戻したように早くなり、浮いているような感覚が突如重力に引っ張られ落下する感覚へと変わり、そのまま地面へと急速に近づいていく。
その刹那に気が付く。自分は浮いていたのではなく、落ちていたのだと。
そして、何を思う間も無く、ただただ身体は地面へと近づき、間もなく激突した。
勢いよく上体を起こし、周囲を確認すると、そこが自分の家の自室である事を確認する。
「…………ふぅ」
思わず安堵の溜息をつき、額からの冷や汗に気が付いた。
季節は春。新入生の入学式を終えて4日ほど経った時期。
身支度を済ませた橡は晴れ晴れとした晴天の中、綺麗に咲き誇る桜並木の通学路を歩いて学校へと登校していた。
朝見た夢がどんな物だったのかを思い出そうと頭上に広がる桜を呆然と眺めながら、同じく学校に向かう生徒達に交じり歩みを進める。
不思議な夢を見た。それだけは覚えている。しかし夢なんて大体は不思議に形成されるものだ。変な夢を見たところでそう気にする必要なんてない。そう思おうと何度も考える。しかし橡は今朝見た夢が妙に気掛かりで仕方がなかった。
心ここにあらずと歩いていると、不意に近くを歩いていた女子生徒達のやりとりが耳に入ってくる。
「ねぇ知ってる? 学校の幽霊の噂」
「なにそれ?」
「うちの学校に使われてないふる~い旧校舎あるでしょ? その屋上に……昔自殺した女子生徒の幽霊が出るんだって!」
「なにそれ〜。いかにもって感じじゃん。嘘くさ〜」
「ほんとだよ! 先輩がいってたもん!」
和気藹々としたそんな会話が聞こえてくる。橡はチラリと目線だけを女子達に送り、話を聞いていた。
幽霊。橡はその単語に妙な引っ掛かりを感じた。
幽霊なんて信じてもないが、否定もしてない橡は、本当にいるのだろうかとただ疑問を抱く。
「屋上……幽霊か」
横目で女子生徒に向けていた目線を再び桜に戻して小さく呟いた。
「そこら中で噂になってるね」
と、突如背後から淡々とした声で橡に話しかける女子生徒の声が聞こえた。
橡は聞き馴染みのある声に振り返ると、同じ半樹学校の制服を身に纏い、背中まである髪を頭の後ろの高い所で1つに纏めた女子生徒が立っていた。
彼女は
「花園……おはよう」
「おはよ」
花園はぶっきら棒な橡の挨拶に返すと、小走りで橡の隣に並び歩みを揃えて歩く。
「新学期早々何故か幽霊の噂が広がってるね。夏でもないのに」
唐突に噂になり始めた幽霊の話は花園も当然知っていた。橡はさして興味無さげに答える。
「昔自殺した女子生徒の霊って言ってたな。そんなの本当にあったのか?」
「一応実際にあった話みたいだね。噂自体は昔からあったみたいだけど、先週、夜暗くに忘れ物を取りに学校に来た人が、旧校舎の屋上に人影を見たって話だよ」
「そんな話みんな信じてるのか?」
「信じてる人なんて少ないよきっと。ただ面白がって話す人が多いんだよ。夏の肝試しにもなるだろうし」
「そういうことか……。誰かが驚かすために本当に立ってたんじゃないか?」
「その可能性もあるだろうけど、真相はわからないね。噂話だから」
「まぁな。花園は幽霊信じるか?」
「信じてないけど、いないとも思ってないかな? 結論をだすなら、まずは見えてからだね。橡くんは?」
「俺も似たようなもんだ」
「へぇ、意外だね」
「そうか?」
「橡くんなら、真っ先にいないって否定しそうだなって思った」
「いない方がいいとは思うけどな」
「そう?」
「内容にもよるけど。自殺した幽霊なんだろ? 辛いことがあって、この世から自ら去ったのに、色んな人の噂になって、今じゃ幽霊話で面白がられてるんだろ? 可哀想じゃないか」
「そう考えればそうだね。でも、世の中そんなもんだよ。面白ければ、人の不幸に目を向けることなく、自分の都合が良いように過去は使われるの」
「……嫌な世の中だな」
「それが人間だよ。橡くんだって、貧しい国の人が困ってる事を知ってるのに、何もしないでしょ? それと一緒だよ」
「お前……随分と嫌味な例え出してくるな」
「みんな一緒って事だよ。自分と関係ない所で起きたことなんての所詮は他人事なの」
「でもボランティアしてる人もいるだろ」
「それはやりたいからやってるでしょ? 贖罪としてする人もいるかもだけど。良い事をやりたい人がやってる。それには賞賛を贈るし、頑張って欲しいね。でも、私自身は何もしてないから。自分がやりたいように、やりたいことをやる。皆そうなの」
「……結構冷たいこというのな」
「気が向けば募金ぐらいはするし、してあげたいと思えばすると思うよ。今はそれがないだけ。考え方1つで意識は変わるよ。噂話だって、今も彼女は生きていたという証を残し、人の中で生き続けてる。もし自殺した理由が、誰かに構って欲しかったって理由なら、死んだ意味は生きてた頃よりもあるかもしれないよ?」
「……だったら、生きてた時に誰かが気付いて上げるべきだったんだ。それに、自殺するぐらいなら、全ての人が嫌いなぐらい落ち込んでたんだろ。俺にはそうは……思えない」
「それは結果論……って、やけに幽霊の肩を持つね。少しめんどくさいよ?」
少し目を細めながら、文字通り面倒な人を見る目で橡を見る花園。
「めんど……わ、悪かったよ」
その目に思わず謝り、視線を頭上に向けて呟く。
「でも……なんか妙に気になるんだよな」
そう思いながらまた桜を見上げて考えていると、橡と花園2人の前に脇道から現れた1人の男子生徒が立ちはだかる。
「だったらその噂の真相、確かめようじゃないか!」
まるで2人の話を聞いていたかのように言い放った。2人は歩みを止め、立ちはだかる男に冷めた視線を送る。
「……おはよう、雪平くん」
そっけない言い方で挨拶をする花園。
「どっから聞いてたんだ」
そして橡は挨拶もせず突っ込みだけを入れて、2人は立ちはだかる男、
「いやいや、噂話をしているだろうと予測しての提案だよ」
そんなことはお構いなしに、雪平はくるりと身を翻し、2人の間に入るように並び、橡の肩に手を置く。
「なんで真相を確かめるんだよ」
橡はそんな雪平を気にする様子もなく日常の様に会話を始める。
「何でって、面白そう以外に理由があるか?」
当然のように言い切る雪平に、呆れた溜息をつく橡。
「お前はそういう奴だよな……」
先ほどの花園との議論が虚しくなるほど、自分勝手な奴が身近にいたと肩を落とす橡。
そんな事を知る由もない雪平は首を少し傾げながら話を続ける。
「なんだよ。真相知りたくないのか? 何故そんな噂がたったのか、屋上にいたのは本当に幽霊か? 人間か? その真相を自分達だけが知ってる優越感……最高に楽しそうじゃないかねワトソンくん!?」
まるでミュージカル劇のような身振り手振りで説明する雪平。
「アニメか」
最近見たもののキーフレーズを使いたがる雪平に橡は軽い突っ込みを入れる。
「ドラマだよ。……そんな事はどうでもいいんだって! 幽霊が本当に出るか出ないかを俺たちで突き止めようって話をしてんだよ!」
拳を握りしめ、燃えるような目をしている雪平。
「って言っても、屋上立ち入り禁止だぞ」
変わらず橡は、興味無さげに雪平をあしらう。
「そもそも旧校舎が立ち入り禁止だね。普段鍵掛かってて入れないし。警備の見回りもあるだろうし」
花園も、目線を合わせる気もなく答える。
「真面目ちゃん共め……こっそり侵入すりゃバレないって。今日の夜決行だ。異論は認めない!」
そういう雪平の突然の提案。二人にとっては相変わらずな事で、驚きつつも冷静に疑問を呈する。
「今日? まだ春先だぞ」
「肝試しには早いよ?」
そんな二人の疑問を、一瞬迷うことも無く答える雪平。
「否! 鉄は熱いうちに打て!」
二人からの冷たい指摘にも、めげることなく雪平は答える。
その答えに再び橡と花園が言う。
「ならもう少し計画的にやれよ」
「潜入するなら、下見とかして入念な準備をしてからの方がいいよ」
否定したと思えば、潜入方法の計画性のなさに苦言を呈する二人。
「お前ら否定か賛成かどっちだよ…」
発言の曖昧さに疑問を抱く雪平。それに橡は答えようとする。
「どっちでもいい。やるなら突発的ではなくしっかりとした計画の元、確実にーー」
考えなしに決行しようとする雪平を橡は説得しようとするが、途中で雪平に遮られる。
「あーうるさい! いちいち考えるな! 感じたまま生きろ! ゴタゴタ言わず思い立ったが吉日なんだよ! 今日の夜結構だ! 異論は認めないってさっき言っただろ!」
「わ、わかったよ……」
わがままのを言う雪平に、正当性を諭すまもなく折れる橡。
「んじゃ、今日の夜、裏門の前に3人で集合な!」
雪平の登場に、唐突に決まった春先の肝試し。
橡はあまり乗り気ではなかったが、改めて、真相を知るためならいいか、と自分に中で納得をした。
「…………え? 私も入ってるの?」
雪平の3人と言う言葉に、随分と遅れて花園が驚いたように反応した。その言葉に、満面の笑みで雪平は花園に親指を立てた。
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