第9話 兄さんが来た



 今日も今日とて、ぷらぷらと王都で買い物をしている私。


 そうしたら、懐かしい顔に声をかけられた。



「ようやく見つけた。久しぶりだな、サンドラ」

「兄さん!」


 現れたのは、金色の髪に、紫の目をした私そっくりの青年。兄のシルヴェスターだ。


 きゃーっと声を上げながら、私は兄さんに抱きつく。


「変わってないなサンディー、甘えん坊さんだ」

「久しぶりなんだもの! どうしたの、旅の途中なの?」

「いや。エルフの側妃がいるっていうから、見にきた」


 ぎくり。


「なんかさ、容姿がお前そっくりみたいなんだよな」


 ぎくぎく。


「名前が、サンドラって……」

「分かってるなら、はっきり言ってよぉ!」


 ぽかぽか叩く私に、兄さんはけらけら笑った。


「ごめんごめん。でもさ、お前に会うまでは半信半疑だったんだよ? サンディが、まさか結婚して、一回も里帰りしないなんて」


 にっこり笑った兄さんが、私の腕をとる。破産者の腕輪がついている、私の腕を。


「それで、これはどういうことだい?」


 私は、事情を話さないことには、王宮に帰れなくなってしまった。





 事情を聞いた兄さんは、怒り狂った。

 火山の噴火かと思った。


「分かったサンドラ。この国を吹き飛ばせば、全て解決だな」

「やめてぇ! どこをどう聞いたらそういう結論になるのよ!」


 私は必死に、怪しい呪文を唱えている兄さんを止める。

 本気でやめて欲しがっている私の様子に、兄さんは不思議そうに首を傾げた。


「サンドラは悔しくないのかい? 屈辱的だろうし、解放されたいだろう?」


 言われてみて、私はキョトンとした顔で兄さんを見る。


 そういえば、最初の頃はそうだった。

 くそラッセルに捕まったばかりの頃は、逃げたかったし、解放されたかった。


 ただ、屈辱的ではあったけれども、兄さん達の結界のおかげでラッセルは電撃まみれだったし、私も酷いことはされなかったので、割と鬱憤は晴れていた。


 アリエルちゃんにちょっと毒を盛られたかもしれないけど、まあ最終的に仲良くなれたので、まあ別にいいかと思っている。


「別に、悔しいとかはないみたい。兄さん達の結界のおかげで、不埒な奴は電撃まみれで、可哀想なくらいよ」

「……サンドラの役にたったならよかった」

「あ、でもね。最近、兄さん達の結界、綻んでると思うの。ちょっとメンテしてくれない?」

「綻んでる?」


 首を傾げる兄さんに、私は頷く。

 何を隠そう、ルーファスに触られても、全然結界が発動しないのだ。


 実は、最近、ルーファスの私に対するスキンシップが過剰で困っている。

 周囲に誰もいないと分かるとすぐに抱きしめてくるし、髪の毛をふわふわ撫でてきたり、なんだか愛おしそうな顔で私を見つめてくるのだ。なんなら、たまにキスとかされる。そうすると、力が抜けてしまって、抵抗できない。困っている。本当に困っているのだ。兄さん助けて。


「別に、綻んでないけど」

「え? でも……」

「ちゃんとかけた時と同じ効果のままだぞ。お前の意に添わない不埒な奴は撃退する。お前が心から愛する男が触る分には問題ない」

「え?」


 石みたいに固まっている私に、兄さんは驚いた顔をする。


「なんだ、サンドラ。お前、こんな扱いを受けておいて、国王に惚れたのか」

「ち、違うわよ!!」

「じゃあ他に好きな男がいるのか?」

「すっ、好き!? わ、わ、私がルーファスを!!?」

「義弟はルーファスっていうのか。覚えたよ」

「兄さん!!!」


 顔を真っ赤にして、涙を浮かべて怒る私に、兄さんはけらけら笑っている。


「あー、分かったよ。好きな男がいるんじゃ、鬱憤もたまらないよなぁ。毎日楽しいことで一杯だ」

「違うの! 違うんだって!」

「ん? 素直に好きだと言えない相手なのか?」


 兄さんは優しい。そして、私のことを、良く分かっている。

 私の反応を見て、悩んでいることを察してくれたらしい。私は項垂れた。


「ルーは、私が5歳の時から育てている子で」

「わぉ。異世界から落ちてきた本の話そっくりじゃないか。なんだっけ、《ヒカルゲンジ》」

「そうなの! 私、そんなつもりじゃなかったの! なのに、なのに……」

「サンドラは《ヒカルゲンジ》好きじゃなかったもんな」

「そうなの!!! もう、恥ずかしくて恥ずかしくて……」


 そんな目で見て育てていたのかとか言われたくない。

 でも、良く考えたら、ルーファスは5歳の時からずっと、私のことを好きだと言っていた。

 そして、どんなにルーファスが私に触っても、結界が発動したことはなかった。

 それは一体、どういう意味なのだ。こ、子供だから、そういう意味での接触じゃなかっただけだよね? あっ、でも8歳の時に、キスされた! ――私って、私って!!??


「まあいいじゃないか。好きなものは仕方ない。今は大人なんだろう?」

「来月、18歳になって成人する」

「……若いな」

「でしょ!? 本当はね、せめて後100歳は年をとってる人がいいの!」

「サンドラ、それじゃあ人間は死んでるよ」

「分かってるわよおぉ」


 落ち込んでいる私を見て、兄さんは私の破産者の腕輪を手に取る。


 何か唱えたと思ったら、腕輪がぱりん、と割れたような錯覚が起きた。

 目を瞬いて何度も見直したけれども、腕輪自体は割れていない。


 そして、兄さんが、カパリと私の手から腕輪を外した。外れた!!!


「兄さん、これ」

「腕輪の効果を壊しておいた。なんだこれは。乙女の間は外せない? 変態め……」


 そういえば、そんな効果がついていたね!

 兄さんの怒りのボルテージが上がっていく。待ったまった、また変な呪文を唱え始めないで!!


「好きな奴がいると言っても、この王都から出られないのは困るんだろう?」

「うん! 兄さんありがとう、大好き!」

「サンドラには敵わないよ、もう……」


 なんだか、ルーファスも同じようなことを言っていたわね。

 ふふっと思い出し笑いをすると、兄さんが呆れたように私を見た。


「本当に、そいつのことが好きなんだな」

「え!? ち、違うわよ、そんなんじゃないもの!」

「兄さんは、素直になった方が人生楽しいと思うよ」


 そう言って兄さんは、頭を撫でてくれる。


 結局、兄さんはそれ以上何もせずに、私を見守っていてくれた。

 1ヶ月ほど王都に滞在していたので、私は買い物ついでに、毎日兄さんと会っていた。


 1ヶ月後、旅に出ると言って王都を出ていくとき、兄さんは私に言った。


「たまには村に顔を出した方がいいぞ」

「うーん、私もそう思ってるんだけど。20年くらい空けるねっていうと、皆嫌がるんだよね」

「……2年くらいなら、人間でも我慢してくれると思うぞ」

「あぁ、そうかも。でもなあ、村にいるとお母さん達に甘えちゃって、気がつくと10年単位で時が過ぎちゃうのよね」


 悩んでいる私に、兄さんは朗らかに笑う。


「そんなことで悩んでるくらいなら、お前の周りは平和だってことだな」

「うん。まあ、そうね」


 毒盛り合戦の話をしたらややこしくなりそうだから、黙っていよう。


「でもな、うちのサンダーソン村は、エルフの中でも戦闘民族だと言われているからな」

「……」

「100年単位で1回も帰らないとなると、探しにくるかもな」

「……」

「俺以外は、サンドラの現状を知ったら、この国を吹き飛ばすかもな」

「……」


 私の旧姓は、サンダーソン。

 15人しかいないあの村の住人は、私以外、全てが特級魔術師レベルの実力を持つ魔法使いだ。

 そして、それだけじゃない。

 身内に危害を加えられると、バーサーカーのように周りを破壊することを躊躇わない、世界的に有名な、戦闘民族なのだ……。

 だから助けを求められなかったんだよ!


 見つかったのが、一番穏健派の兄さんでよかったと、私はため息をつく。



 そして、兄さんは王都を去っていった。


 私は、いつでも外せるようになった破産者の腕輪を見つめていた。


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