イセカワリ!!!~無キャ男子大学生がポンコツ食いしん坊エルフ女子と体が入れ替わった!?

一滴一攪

第1話 プロローグ 退屈の終わり

た|         

たい|

たいす|

たい|

たいく|

たいくつ|


退屈|


深夜・・・いや、早朝4時15分、僕はベッドの上で寝そべったまま検索バーに「退屈」の文字を打ち込む。

そのまま検索しようとするが、右手のみでスマホを持っているので画面の右下にある検索ボタンがどうにも押しにくい。 

ここで両手で操作すればいいものの、無理に親指だけで押そうとするから、こうしてスマホは手から滑り落ちて僕の顔に向かって来る。


「いって・・・」


反射的に目を瞑った後にスマホが顔に直撃した。

まるで八つ当たりするようにスマホを乱暴にどかして、目を瞑ったまま手探りで電源を切る。


ようやく目を開き天井を見つめる。


・・・・・・


「退屈」

溜息混じりにある一つの単語を発する。

 

僕から漏れた言葉はさっきまで自分が調べようとしていた言葉である。

だからって僕は退屈の意味を知らないから検索したのではない。


むしろ自分の事のようによく知っている。


てかもう退屈は僕自身であると言っても過言ではない。

つまり、何て言うか・・・僕が退屈の意味を調べる事はただエゴサをしているだけである。


勿論、僕のミドルネーム、ファーストネームどちらも退屈なわけではなく、ましてアカウント名でも、ニックネームでもない。

ただ、退屈という言葉は僕のこれまでとこれからの人生、更には僕を表すにのピッタリな言葉なだけだ。


彼女なし、友達なし、趣味なし、夢なし、目標なし、金なし、特技なし、コミニケーション能力なし、愛嬌なし、歌唱力なし、魅力なし、要領なし、ユーモアなし、理解力なし、清潔感なし、リズム感なし、感受性なし、向上心なし、学力なし、モノマネのレパートリーなし、責任感なし、バランス能力なし、文書力なし、器用さなし、計画性なし、体力なし、忍耐力なし、ストレス耐性なし、個性なし、過去に頑張ってきた事なし、仕事なし、元気なし、勇気なし、行動力なし、やる気なし。


「無い」ものだらけで特徴のない・・・それが僕こと、百田懸太郎である。


そして世の中は人を陽キャと陰キャと区別するが、そのどちらでもなく僕のような特徴がないのが特徴なやつのことを世間は無キャと呼ぶそうだ。


今現在、無キャは人生の夏休みと呼ばれる大学生活中の夏休み、つまり夏休みの中の夏休みである。


多くの学生は遊びに行ったり、資格の勉強をしたり、バイトに勤しんだりして、充実した日々を過ごしていた事だろう。

だが、無キャな僕は案の定、退屈な夏休みを過ごしている。

大学生活初の夏休みなのに、狭いワンルームのアパートのさらに狭いベッドの上で寝転がってるだけの時間を過ごす。


何もする気にならない。

僕は何も行動しないダメ人間でもある。


ただし、僕はただの特徴のない無キャなだけで、ダメ人間とまではいかなかったはずなのだ。


こんな最悪な状態になったのは具体的には二週間前にアルバイトを辞めてからだ。

つまり、僕のなしなしレパートリーに新しく「仕事なし」が加わってからである。


因みに仕事を辞めのに一番多い理由は人間関係らしい。僕も例外ではなく、人間関係のトラブルでアルバイトを辞めた。


バイトを辞めた経緯は、僕には貴重な話のネタになる話だが嬉しいわけがない。


なんせ、それは僕の心を抉る失恋だったのだ。


僕が恋したのは、バイトの教育係についてくれた先輩で、面倒見良くて、優しくて、明るくて、可愛くて、いつも笑顔で、同僚やお客さん、みんなに好かれていて、本当に・・・お日様のような人だった。


彼女は僕にとっては高嶺の花でもあったから、付き合えるとは最初から思っていない。

僕が告白したら、振られることは目に見えてわかるほど、僕とは釣り合えない人だった。


なのに振られると分かっておきながら、自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。


バイト終わりに告白した。

すると案の定、速攻で振られた。


具体的なスピード感は「好きです。付き合ってください」と言うつもりが、実際には「好きです。つっ」の段階で、ごめんなさいと振られた感じだ。『付き合って下さい』を言えないほどの素早いリターンエースだった。


ただ逆にこの時の僕にはその速さは、失恋のダメージを減らしてくれたと思う。卓球では相手に一点も与えないラブゲームは失礼だから最低一点は敵に与えるのが卓球界のマナーらしいが、一点もらったところでもっと情けなくなるに決まっている。告白の返事も同様で、変な優しさなんて必要なく、付き合える可能性ゼロだと実感させるほどキッパリと断ってくれた方が、振られる側は立ち直りやすいのだ。


現に、振られた直後は落ち込みはしたものの、日頃打たれ弱い僕にしては比較的早く立ち直って、振られた後も何とかバイトを続けることが出来た。


無気力の人間が更に無気力になる程の辛い経験は振られた後のことだ。


同じバイトを続けていると、何回かは僕を振った先輩とシフトが一緒になることもあった。

初めのうちは気まずくて挨拶すらまともに出来なかったが、このまま気まずい関係が続いてでもしたら、先輩に罪悪感を与えてしまうと思い、なるべく気にしてないフリをして自分から挨拶をしたり声をかけた。


まぁ、あわよくば元の関係に戻れるかもとも思っていた。


だけど、これは逆効果だったようで、僕は彼女に怖がれた。


勤務中は見るからに怯えるように僕から距離をとっていて、挨拶しても直ぐに逃げられた。最終的にはシフトが被らないように調節され、それ以降に彼女と会うことは無くなった。


振った相手が何もなかったかのように普通に振る舞っていたから何か企んでいると思ったのか、それとも逆恨みでもしているように見えたのだろうか。

もしかすると単に僕がキモかっただけなのかもしれない。


何が原因かは分からないけれど、僕は告白しただけで、人を怖がらせてしまう人間だという事を知った。


そして、怖がられたことは振られたことよりも数倍も心を抉られる事も知った。


ボロボロの僕は耐えきれずにバイトを辞めた。



そして今、告白して怖がられた男は何もできないでいる。


新たなバイト先を探すこともせず、なんなら最近は家からも出れていない。

この現状はいけないとは分かっている。でも、何もする気にならないのだ。


だって自力で頑張ろうとする精神力も元々持ち合わせていないのだから。

それに、ここで励ましてくれる恋人や友人がいたらまた違うのかもしれないが、残念な事にそんな人もいない。


何も変わらないし、何も持ち得ないで生き続ける。僕はずっとそんな無キャのままだ。



物語の主人公が第一話で出くわすような、そんなドラマチックな出来事に直面すれば僕なんかでも頑張ろうって思えるかも知れないが、現実、ドラマチックな出来事になんてそう起こりやしない。


あくまでああゆうのはフィクションだ。

実在の人物・団体、名称等は実在しない。


だから僕は毛布にくるまり目を瞑って、せめてでもとドラマチックな出来事を妄想する。


もし、逃げ出した国の王女と出会い、助けを求められたら──

もし、謎のウイルスで世界中がゾンビで溢れたら──

もし、過去にタイムスリップしたら──

もし、名探偵の助手になったら──

もし、学園ラブコメが始まったら──

もし、宝の地図を見つけたら──

もし、暗殺者に命を狙われたら──

もし、知らない誰かと体が入れ替わったら──

もし、異世界に転生したら──


僕は前を向いて進んでいける気がする。


こんな叶えもしない夢みたいな妄想を繰り返すうちに、僕は睡魔に襲わてそのまま眠りについた。



●○●○●○●○●○●○



低い位置から差す日光、鳥のさえずり、作りたての朝ごはんの匂い、それと・・・騒がしい声が僕を夢の世界から少しずつ目覚めさせる。


「はいはいはーい、もう朝なんだけどぉー さっさと起きなさーい」


僕は起こされている。

だけど、最近眠りが浅くて眠り足りないし、今は夏休みだ、もう少し眠ったところで僕を含め誰にも迷惑をかけることはない。


「・・・あと10分だけ寝かせて」


というわけで、二度寝の受理を要請。


「何言ってんのよっ! さっさと起きなさいよ・・・はーやーくー」


二度寝の申し出は却下され、僕の身体は強く揺らされる。だがここで諦めるほど、二度寝への執着は弱くない。


「はーやーくーおきろー」


揺らされながらもこのまま眠ろうとする。

向こうは向こうで身体を揺らす強さが強くなってゆくが、僕も負けるわけにはいかない。傷心治癒には二度寝は必要不可欠なのだ。


暫く起きずに無視していると、身体が揺すられたのが終わった。

「・・・姉ちゃんさぁ、いい加減にしなよ」


次のフェーズに移行した。

声のトーンが下がり、次は身体を揺らされるのでなく、腹の肉を掴まれた。


だが、無駄だ。かなり痛いがこれぐらいの痛み僕は僕には通用しない。

なぜなら、こんな痛み感じないほど僕の心は傷は痛いのだからなっ!!


・・・・・・


脳内でつまらない自虐を言っている場合ではない。

今、姉ちゃんって呼ばれた気がする・・・

うーん、まぁ、気のせいか。僕を姉だと呼ぶ人なんていない・・・


「姉ちゃん、さっさと起きなさいよ、私今日、族長に呼び出されているんだけどー」


気のせいではなかった。

いくら男らしくないとは言え、僕が女に見えることはまずないだろう。てか、妹はいないし、なんなら今は一人暮らしである。


一人暮らしなのに妹に起こされる現状。

明らかにおかしい・・・

あり得ない出来事が起こっていることに今更だが気がついた。


僕は一人暮らしだし、合鍵を受け取ってくれる人もいない。元から僕を起こしてくれる人なんていないはずのだが・・・


じゃあ、僕を起こすのは誰なんだ?


・・・・・・


玄関の鍵は閉めたはずだ。いや、でも暑いから窓は網戸だけにしてある。

つまり、空き巣が僕の部屋に勝手に入るのは可能性としてある得る。

まぁでも、空き巣ならまだマシなのかもしれない。盗まられるような価値のあるものは僕の部屋にはないし、気付かないフリしていれば何もしないで出てゆくはずだ。


だが、コイツは寝ている僕をわざわざ起こしている。空き巣はこんな事はしない。

それに不法侵入者は男の僕を姉だと勘違いしている。

高確率で変な人である。空き巣よりおっかない。


違和感に気がついた途端、恐怖心に襲われ、悪寒を感じるがまま飛び跳ねるように起き上がる。

すると、僕が急に動いたからだろうか、不法侵入者はバランスを崩して、僕を覆い被さるような体勢になる。いわゆる床ドンである。


その結果、最悪なことに僕は身動きがとれずに逃げ場を失う。それに不法侵入者と目が合いまくる。


ただ、この不法侵入者は想像した人物像とはかけ離れていた。


予想外の出来事で呆然している僕に向かって、金色の長い髪を二つに分けたツインテールが垂れ下がり、僕の頬をくすぐる。声からして分かっていたが、やはり不法侵入者は女であった。

ただ、女にしても、奴は驚いたことにかなりの美少女だった。


まだ、幼さが残っているとは言え、どんな大人気アイドルグループでも不動のセンターを奪える。それほどまで華がある。


それに顔がだいぶ近くにあるのに、毛穴すら見えないほど透き通った白い肌と綺麗な緑色の瞳は神秘的だった。


不法侵入者がこんな美少女だったのが予想外で、僕は混乱が続き未だに身体が硬直したまま。


そんな僕に反して不法侵入者は取り乱すわけもなく、立ち上がり、「やっと起きたか、ポンコツ姉」と吐き捨てるように言ってどこかに行ってしまった。


身体は硬直して動かせないが、心臓は激しく鼓動している。


誰なんだ。あの子は部屋に不法侵入して・・・

しかも僕を姉だと思っているのか・・・


頭の中が疑問で満たされている中、僕は新たな違和感を見つけた。



それは現在、仰向けで見ている天井は見慣れた僕の部屋ではない事。

違和感を感じた僕は何とか身体を起こして、確かめるように周りを見渡す。

ここは僕の部屋より一回り広い部屋だった。


右を見ると木目状の壁と窓からは見覚えのない景色が広がっている。

外の景色は大木が生い茂った森のようだった。

正面の方を見ると小さな机の上に分厚い本がある。

左を見ると開きっぱなしの扉とその奥には先程の美少女の後ろ姿がギリギリ一瞬だけ見えた。


・・・・・・


なんなんだ?

目覚めると知らない部屋にいて、知らない美少女に姉ちゃんと起こされて・・・

まるで信じられない夢のような出来事の連続に本当に夢かどうか確認するべく頬を引っ張る。


「痛ぁい」


つまり、これは夢ではなく現実。

そんな不思議満載のガトリングをくらって、二度寝するほど僕は肝が据わってはいない。


情報が滅茶苦茶だ。この状況を誰かに説明して欲しい。


ただ、このどこの何なのだか分からない部屋には他に誰もいない。


つまり、ちゃんと話が通じるかは分からないけど、さっきの子しか僕には頼みがない。


慌てて少女を追いかける。

部屋を出て、左に進む。その先の階段を降り突き当たり左に彼女がいた。


追いついた場所は玄関のようで彼女はドアを開けていた。


ドアの隙間からは外の世界が見え、ここからだと生い茂った木々と木造の小さな家が数軒あるのが分かった。


だが、ドアの隙間から見える景色が少女の体で塞がる。

彼女は今にも外に出て行ってしまうところだった。


「ちょっと・・・まって!」


僕は慌てて金髪美少女を引き止めた。


「寝ぼけた姉に構ってられるほど暇じゃ無いから」

だが、彼女は怒ったまま家を家を飛び出て行ってしまった。

すぐに自分も家を出て追いかけるべきだったとは思う。

だけど一歩も動けなかった。

玄関の横にある鏡。

追いかけようと思ったが、それを見て僕の体も脳もフリーズした。

いや、今は僕の体でも脳でもないかも知れないが、少なくも僕の精神は動きを止めざるを得なかった。


つまり、鏡に写る自分。

それは僕の知っている今までの情けない姿ではない。


確かめるため、鏡に向かって立つ。

右手を上げれば、鏡に写った人物も右手を上げた。

左手を上げれば、鏡に写った人物も左手を上げた。

キス顔をしてみると、なんとキス顔が鏡に写った。

間違いない・・・鏡に写っている人物は僕だ。


だからって知っている自分の姿では無い。

僕は清潔感がなくて、自信がなさそうで、いかにも童貞って感じの情けない感じの見た目をしているはずなのだが、鏡に写った僕は凛として華があった。


雰囲気だけではなく、顔立ちも全然違う。


鏡に写る顔は小さめの鼻、透明感のある肌、切れ長でスッキリとしたエメラルドグリーンの目をしており、腰まで伸びた銀髪から長い耳が飛び出している。



そして何より性別が入れ替わっていた。

僕の体は女になっている。


「これはどうゆうことなんだ?」


訳の分からない中、自分の頬を引っ張る女の姿が鏡に写っていた。







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