第21話 東京!
一〇月二九日。昼休み。普段なら騒がしい教室だが、現在の空気は最悪だった。面倒なことに、本日の放課後には久しぶりの模試があるのだ。
高校三年になってから幾度となく模試を繰り返してはいたが、こいつは数をこなしていけば慣れることができるような代物ではない。どちらかと言えば、やればやるほど受験の日が近づき、その分、微量であった緊張が増していき、思うように点も伸びなくなっていく。元々模試やテストといった自由を奪われる時間が嫌いな俺からすると、新たな面倒ごとによる不安もプラスされ、それは最悪の権化のような存在である。
「いいな、山上。今日これで帰宅だろ」
しかし、今日の俺は、その不幸を回避できる。夏島が言うように、俺はこの昼休みでおさらばすることになっているのだ。
「おいおい、別に今日受けないだけで来週受けるんだから、別にいいことでも何でもないんだよ。それに、俺は明日受験だから帰るんだぞ。いいなぁじゃないだろ、いいなぁじゃ」
「あれ、山上入試明日なん?」
夏島に状況を伝えていると、先ほどまで自席で英単語帳を開いていた松井が割り込んでくる。こいつにも、以前話したことがあるだろうと思ったが、一応同様の説明を繰り返す。
そんな実のない話をしていると、けたたましい音を立て、担任が入ってくる。
「おい、山上さん」
手を振りながら俺を呼ぶ。松田との会話を終わらせ、担任の方へと向かうと、左手に握られた紙袋をこちらに差し出される。
「これ、今回の模試だから、家庭受験よろしく」
どうやら、この中には家で解かなければならない模試が入っているらしい。今日の放課後やる予定の英語に加え、明日やる予定の、国数社理。中々に重い。どうせAO入試直後にやるのであれば、まともな結果にはならないだろうし、これを解く必要があるのかと考えるも、とりあえず担任にお礼を言う。
さて、これからが地獄だぞ。俺は、できるだけ周囲に知られぬよう、静かに教室をあとにした。
◆ ◆ ◆
自宅から車で数分程度のところに位置する駅から、一時間ほど電車に揺られ、一度乗り換え再び東京行きの電車に一時間ほど揺られる。
二本目に乗ったあたりでもう限界も迎えていた。都心に近づいているからだろう。乗り換えてから三駅目のあたりで、乗車人数が急増。なんとか席は死守できているものの、両隣を知らない人間に固められている。
通っている学習塾で、俺の面倒を見てくれている
こういう自分が身動きを取れない環境は退屈というか、常に周りから見られているかのような気になってしまい、不安になるのだ。
こんな自分のことでいっぱい、いっぱいの状況で、立花と紫月の二人のことを気にしている余裕もない。まずは自分を落ち着かせよう。そう思い、俺はイヤホンをスマートフォンに接続し、音楽を再生する。
「皆、準備は良い? それじゃあ行くよ! ルドイア!」
陽気な挨拶とともに流れ出したのは、今ネットで有名な三人組の女性組アイドル「ニナクペンダ」の新曲『ルドイア』だ。彼女たちの楽曲は、プロデューサーがネットで有名な配信者である「アオアオ」だからなのか、東京の闇やSNS裏事情なんかを題材としたものが多い。この曲も歌詞は少し暗めだ。しかし、歌声はとても美しく、聴く者に安らぎを与えてくれる。この歌詞と歌声のギャップが人気を博している理由らしい。
俺も、アオアオ氏のネット配信で流していたのをきっかけに聴き始めただけではあるものの、彼女たちの伝えたいメッセージに共感し、すっかりファンになってしまっている。それに、試験を明日に控えた俺にとって、この『ルドイア』という新曲は、特に心に染みるものとなっている。
周りの人間は信用できるか分からない。SNSで優しくしてくれる人間も、本当に善人かなんて分からない。それでも、勇気をもって前に進まなければ、人生は楽しめない。
ありきたりのメッセージではあるもの、俺と同い年くらいにも関わらず、頑張って「アイドルになる」という自分の夢を叶えるために上京し、アイドルとしての職務を全うし続けようとする彼女たちが歌うからこそ、一つ一つの歌詞が、単なる聴き手でしかない俺にもちょっとだけ勇気を与えてくれるのだ。
曲が二番のBメロに突入しようとしたとき、SNSの通知が来る。俺は流していたものを止め、画面を確認する。すると、そこには中和からのメッセージが表示されていた。
「試験、頑張ってな」という文面。それに対し、「お前、いいやつだよなぁ」と返信すると、奴から謎のキャラのスタンプとともに、「まぁな笑」と返ってくる。
なんだかんだ俺との友人歴が一番長いのは、中和である。小学校一年のときに同じクラスになってから、かれこれもう十二年もの月日が流れている。出会った当初は戦隊ヒーローごっこに付き合わせ、小学校を卒業する頃には映画製作である中和プロダクションを立ち上げさせ、中学校の間もその延長で長々と映画製作を手伝わせた。毎回文句を言いながら、結局最後には付き合ってくれるのがこの男なのだ。
勿論、すべてを受け入れてくれたわけではない。流石にテスト期間中や受験期になっても映画製作に勤しんでいた俺を、奴は止めてくれていた。身勝手ながらも、俺は奴のことを、自分自身のブレーキと考えている。周りを見えていないときや、無意識に他人に迷惑をかけてしまっているとき、中和はいつも俺を止めてくれるのだ。
大学に進学し、中和がいなくなったら、俺はどうなってしまうのだろうか。そんな実のない考察をしていると、車内アナウンスが、目的地に到着したことを知らせた。
◆ ◆ ◆
暑い。
十月の終わりと言えど、流石は東京と言ったところだろうか。溢れんばかりの大量の人々によって、駅構内には熱気が籠っている。
東京なんてそうそう行くような場所ではない。こんな人込みにのまれるのは何年ぶりだろうか。俺の住んでいるような場所では、こんな光景めったに見られるものでもない。あるとしても県庁所在地での花火大会が開催された日くらいだ。
ちなみに、珍しいからと言って別に愉快なわけではない。どちらかというとマイナス。先ほどから不快感を覚えている。俺は道に迷いながらも何とかは東口の方を目指す。そういえば、妹が東口の目安はフクロウだと言っていた。その雀の涙程度の情報と、天井から吊り下がった看板の情報をもとに、俺は階段を駆け上がった。
池袋駅。都内の駅の中でもそれなりに大きい方だろう。中にはショッピングセンターや飲食店といった様々な商業施設が入っており、利用者もかなりの数いるのだろう。もしも日芸大に合格すれば、この駅を利用することになるのだろうか。そんなことを考えながら、辺りを見渡していく。
すると、背後から馴染みのある歌が聴こえてくる。先ほどまで車内で聴いていた「ニナクペンダ」の楽曲だ。俺は、音が鳴っている方向へ、視線を移す。
池袋駅東口に取り付けられた大きなモニター。そこに表示されているのは、彼女たちの楽曲のミュージックビデオ。
そういえば、明日からはハロウィンライブあると告知していた。それを思い出したことを皮切りに、彼女たちに関する情報を、芋づる式に溢れ出る。ライブの前日、つまり今日。今日の六時から、新メンバーオーディションの合格者が発表されるのだ。さらに、それは東京都内のモニターでも流すと言っていた。咄嗟にスマートフォンで時間を確認する。六時ちょうど。それを確認した瞬間だった。頭上のモニターが白色に光りだすとともに、爆音が池袋の街を包み込む。
「ネット配信者、アオアオ氏プロデュース! 『ニナクペンダ』新メンバー発表」のテロップが、真っ白な画面の中にでかでかと表示される。続いて、今回のオーディションを勝ち抜いた三人のメンバーが表示されていく。黄緑色、青色、ピンク色の順で同い年くらいの少女たちが映し出されていく。
三人目に登場した、ピンク色のメンバー。名前は「
そこに映っていたのは、数週間に話したばかりの少女、矢野咲舞であった。
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