夜明けの朝食
チャガマ
第1話 不誠実な恋
「また新しい彼氏できたの?」
穏やかな音楽が流れる、カジュアルな内装の喫茶店。大学が始まって以来、私にとって唯一の友人であったサチは運ばれてきたモンブランを食べながら、呆れた口調で言った。
「そう。また告白されたから」
私はどうでもいいことのように言って、ショートケーキの端をフォークで切り崩した。大学から少し離れた喫茶店。二人で会うときは、大体ここで時間を潰す。お互いの家にも行ったことがないし、休日は会うこともない。
会ってもやることがないのだ。おまけにお互いが一人でいることを苦にしないタイプだったから、単純に会いたいと思うこともない。ただ、同じ授業をとっている日は「あぁ、今日サチと会うな」と思うぐらいだ。
私とサチは大学の語学の講義で偶然隣になってからの仲で、こうしてぼちぼちの関係を続けていた。今が一回生の終わり頃、来月でちょうど知り合って一年になる。
私はサチのことが結構好きだ。サチは私と積極的に関わろうとしない。
高校の時はいろんな女子のグループが私を取り込もうとちょっかいをかけてきたものだ。私と繋がっていると都合がいいのか、男も女も私を所有したがった。中には普通に友達になろうとしてくれた子もいたかもしれないけど。どちらにせよ付きまとわれるのは嫌いだった。
そういうことをサチはあまりしない。私にほどよく無関心で、対応が適度にドライだ。それでいて、どんな話題でも放置しない。あと、あまり恋愛にも関心がない。なんなら、恋心というのも抱いたことがない、らしい。そういうところが好きだった。
「今回で何人目なの?」
「さぁ、数えてないから」
男たちは変わらず私に愛を投げかけてきた。大学に入ってからは、次から次へと寄ってくる男たちを拒んでいない。そのかわりに二か月の間、彼氏彼女として相手を見て、その男が私を満足させられるかどうかを見極めるようにしている。私が満足できなかったら、当然お別れということになる。
今のところ、別れた男の数は知れないが、どの男も性急で、おまけにそれが当たり前のような口ぶりだった。「彼氏彼女の関係だから大丈夫」と、本気でそう思っているような男ばかりだ。
何度か行為に至ったことはあったが、彼は私を求めているのか、それとも身体を求めているのか判断はつかなかった。それに、好きでもない男との夜は、単純につまらなかった。
「数えてないって……」
サチはまた呆れ顔だ。私は黒く長い髪を払って、微笑を浮かべながら肩を竦めた。
自分でいうのもあれだけれど、私は結構顔が良いほうだ。そのこともあって告白の回数も多いのだろうが、男と付きあってみれば、
「シズカはさぁ、気付いてないかもしれないけど結構人気あるんだぜ」
と言う。どの男もそうだ。私と付き合ってからは、そんなことばかり口にしていた。
彼らはどういうつもりでそんなことを言うのか考えたくもない。けれど、私からしてみれば「人気の私と付き合っている俺」という自画自賛的で、優越的な彼の感情が言葉に出てきたものだと見抜いてしまう。
すると、途端に「私はあなたの所有物じゃない」という感情が湧き上がってくる。私にとって誰かの彼女であるとはステータスでもなんでもなかったし、どうでもよかった。
だから、私の方から捨ててやるという気概が生まれてくる。そして、別れを切り出す。付き合って大体二か月で。
「どうせ別れる男の数をなんでわざわざ数えなきゃいけないのよ」
「でも、それって不誠実じゃない」
「不誠実?」
「元から好きでもないのに関係だけはもって、飽きたらポイしちゃうんでしょ? かわいそうよ」
「全然」
そんなことない。何がかわいそうなものか、と心の中でも思う。
本当に不誠実なのはむしろ彼らの方だ。私と本当に一緒にいたいわけでもなく、一緒にいると自分の評価が上がるという道具、手段として利用しようとしているのだから。
二か月という束の間の愉悦を与えてやっているだけでも感謝してほしいと思う。
「私は、かわいそうだと思うわ」
サチは私を批判するという様子ではなく、淡々と言った。次の瞬間にはモンブランに添えられた栗を美味しそうに口に放り込んでいる。
「サチは真面目ね」
恋愛なんてそんないいものでもないのに。こうも純粋に考えられるサチが少し羨ましくもあり、馬鹿らしいとも思う。サチはこれから恋愛をして、現実を知って、きっと傷ついていく。フラれて、浮気されて、未練が残ったまま恋が終わっていく。
サチの今後を思うと、私は本当に救われている。だって、別れた男が別の女の所有物になっていても、私にとってそれはただの使い捨てでしかないのだから。男への未練なんてあったもんじゃない。あの女は私の使い捨てに抱かれているのだ。どう未練を持てばいいのだろう。
それに私は「不誠実」であることがそれほど悪いことだとも思わない。恋愛とは結果的に、不誠実になってしまいがちなものだ。そういうものなのだと、思っている。
「でも、やっぱり」
モンブランにフォークで切り込んだまま、サチは呟いた。
「あなた、ちょっと変よ」
そうかもしれない、と私は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます