5-6 噛みつき姫の真実探し
「と……すみません、チェスロック嬢。少々話が弾んでしまって」
気にしないでというようにヴィヴィアが首を左右に振る。
けれど、彼女の表情にはどこか寂しげな色がはっきりと浮かんでおり、申し訳ない気持ちがより強くなってくる。
真っ直ぐにフレーデガルを見つめ、ヴィヴィアも少しだけ苦笑を浮かべて口を開く。
「いえ……クラマーズ様は婚約者候補ですから」
再び緩く首を左右に振ってから、ヴィヴィアはフレーデガルの衣服から手を離した。
するりと彼女の指先から衣服の端が離れ、ヴィヴィアの手もゆっくり降ろされる。
「あまりお邪魔してしまうのも申し訳ありませんし、私はこれで。ネッセルローデ侯爵様、また何かあればご相談ください」
「そうですね、また何かあればチェスロック嬢のお力をお借りすることになるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
フレーデガルの言葉を耳にした瞬間、ぱ、とヴィヴィアの表情がわずかに明るくなった。
その後、ちらりとイツカへ視線を向け、小さく会釈をしてから玄関の扉を開く。最後に振り返り、丁寧にお辞儀をしてから彼女もネッセルローデ邸の外へ足を踏み出した。
遠ざかっていく足音とヴィヴィアの背中。次第に見えなくなっていく彼女の姿をぼんやりと見つめながら、イツカは先ほどのフレーデガルとヴィヴィアの様子を思い浮かべた。
(やっぱり、仲が良さそうだったなぁ……お二人とも)
玄関ホールに二人並んだ状態で姿を現した瞬間がイツカの頭の中に何度も浮かぶ。
フレーデガルはどこか冷たそうな印象があるけれど綺麗な人で、ヴィヴィアも可憐さと清楚さを併せ持った人だ。二人並ぶと互いの良さを引き立て合うようで、非常に様になっていたように思う。
自分がフレーデガルの隣に並んでもそうはならないだろう――頭の片隅でぼんやりとそんなことを考え、胸にわずかな痛みが走った。
(……って、あれ?)
わずかな痛みを自覚したところで、自分自身の思考に首を傾げる。
ヴィヴィアと異なり、イツカは彼から依頼をされた身だ。調査のために一時的にフレーデガルの隣を陣取っているだけで、本当に彼の婚約者候補としてこの地へやってきたわけではない。
スムーズに調査を進められるよう、婚約者候補という立場を与えてもらっただけで、フレーデガル本人とどうこうなりたいという思いはない――はずだ。
何故あのように感じたのか、自分で自分の思考回路がよくわからず、理由を探す。けれど、はっきりとした理由を見つけることはできず、イツカ自身への疑問を深めるだけで終わった。
自分自身の心に首を傾げ続けているイツカの傍で、フレーデガルがこちらへと視線を向ける。
「イツカ様」
「ひゃい!?」
名前を呼ばれた瞬間、イツカの両肩と心臓が大きく跳ねた。
思っていた以上に思考の海へ足を踏み入れていたのか、心臓がばくばく音をたてている。物思いにふけっていた際に突然名前を呼ばれたときと同じような状態になっているし、変な声が喉から飛び出してしまった。
慌ててフレーデガルを見ると、彼はきょとんとした顔をしていたが、すぐに表情を緩ませてくすくすと小さく笑った。
「どうやら驚かせてしまったようですね。すみません」
「い、いえ、こちらこそ、ちょっとぼうっとしてしまっていたようで……!」
気にしないでくださいという思いを込め、イツカは手をぱたぱたと動かした。
仕草に込めたメッセージが無事に伝わったのか、フレーデガルはわずかにほっとしたように短く息を吐いた。
「少々空いた時間ができたので……その、イツカ様がよろしければお茶などいかがでしょうか」
そういって、フレーデガルがわずかに首を傾げる。
彼が口にした言葉を耳にし、イツカは目を見開き、ぽかんとする。心の中でフレーデガルの唇から紡がれた言葉を何度か復唱したあと、思わずくすくすと肩を揺らした。
一緒に思い出したのは、数分前に己がベデリアへお願いしたこと。
――二人揃って、似たような言葉を口にするなんて!
「……イツカ様?」
「ああ、いえ、なんでもないんです。ただ――」
不思議そうに名前を呼んでくるフレーデガルへ緩く首を振りながら返事をする。
本当に大したことではないのだが、イツカもフレーデガルも、二人揃って似たようなことを考えていたのだと気づいた瞬間、なんだか面白く感じられたのだ。
ちらりとベデリアへ視線を向ければ、彼女もどこか微笑ましそうな視線でこちらを見つめているのが見えた。
「ただ、わたしも似たようなことを考えていたものですから。なんだか面白いなって感じてしまって」
イツカはフレーデガルにお茶とお茶菓子を持っていこうとしていた。そのための用意をベデリアへ頼んだばかり。
対するフレーデガルも、空いた時間を使ってイツカとお茶をしようと考えていた。
ともに過ごした日数が少ないはずなのに、思考がぴたりと一致したかのようだ。
やや時間を置いて、フレーデガルも小さく肩を揺らし、くつくつと声のない笑い声をあげた。
「……なるほど。互いに違う時間を過ごしていたはずなのに、考えていたことはぴたりと一致した。このようなこともあるのですね」
「ええ。なので、わたしも驚いてしまって」
言葉を紡ぎながら、二人で顔を見合わせてくすくす笑う。
家族ではない、会ってまだ日が浅い人と考えていたことが一致するなんて――まるで相性がいい者同士のようだ。
ひとしきりフレーデガルと笑いあったあと、イツカは改めてベデリアへ視線を向けた。
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