3-2 噛みつき姫の協力者
思考を巡らせるイツカの様子を眺めながら、イリガミ様が口を開く。
『喰らったときの味は感染する呪詛と同じだったから、感染タイプの呪詛の一種だとは思うぜェ。あァ、でも妙な雑味もあったなァ』
「フレーデガル様から聞いた特徴から考えても感染タイプに近いですよね。イリガミ様も感染タイプのお味を楽しんだのであれば、感染タイプで確定だと思います」
一口に呪詛といっても、その性質でさまざまな種類に分けられる。
対象のみを蝕み続けるもの、対象から周囲の人間へと渡り歩いて周辺人物を蝕むもの、呪われた本人だけでなく周囲にも広がって呪いの強さをどんどん増していくもの――いろいろな呪詛が存在している。
その中のうち、感染タイプは対象となる人物が他者と接触した際、接触した人物にも呪詛が乗り移るという特徴を持ったタイプだ。
対象となる人物を呪いながら周囲にも呪詛を広げ、感染病が広がっていくかのように被害を広げていく。
家族や友人が多ければ多いほど被害が深刻化し、気づいた頃には一つ屋根の下に住む人々全員が呪われていたなんてことも起きやすい。
対象のみを延々と呪い続けるよりも厄介で、根絶するのも時間がかかる。それが感染タイプの呪詛の特徴だ。
(ただの感染タイプではなさそうだから、気をつけないといけないけれど)
通常、感染タイプの呪詛は最初に対象となる人物を蝕み、そこから周囲へ拡散していく。
ところが、フレーデガルを悩ませている呪詛は彼本人ではなく、最初に一部の使用人へ牙をむいた。少しずつ使用人たちの間に広まり、最終的にフレーデガルにもさまざまな不運を振りまくようになったと聞いている。
(対象者はフレーデガル様だと思うけど、そうだとしたら最初に不運が降りかかるのはフレーデガル様のはず)
フレーデガル本人にはすぐに牙をむかず、彼の周囲にいる人間から蝕んでいき、最後に対象者であるフレーデガルにも悪影響を与える――これまで相手にしてきたことのある感染タイプの呪詛には当てはまらない特徴だ。
(呪われているのはフレーデガル様じゃなくて、使用人のうちの誰か?)
一瞬そう考えたイツカだったが、即座にその考えを否定した。
呪いの対象者となっているのはフレーデガルのはずだ。彼の身体にへばりついている大量の呪詛や穢れがはっきりと物語っている。
(イリガミ様が『妙な雑味があった』とおっしゃっていたのも気になるし……)
純粋な感染タイプではないことは、イリガミ様が口にした味の感想からも予想ができる。
一人であれやこれやと思考を巡らせていたイツカだったが、やがて深く息を吐きだした。
「……とりあえず、感染タイプによく似た新種である可能性も考えながら、調査しないといけないかな」
情報が手元にほとんどない状態で考えても、良い答えは導き出せない。
そう判断し、呟きながら思考を一旦中断した。今は頭の片隅に置いておき、もう少し情報が手元に集まってから改めて考えるべきだろう。
イツカが一人頷きながら呟くと、静かに様子を見ていたイリガミ様がにんまりと笑みを深めた。
『ま、頑張って情報を集めるこったなァ。頑張れよ、おひいさん』
「はあい。頑張るので、イリガミ様もお腹をすかせて待っていてくださいね」
『あんまり待たせたら、お前さんを喰っちまうかもなァ? ま、のんびり待っておいてやるよォ』
脅すような言葉だが、宿主であるイツカを喰らえば困るのはイリガミ様だ。故に、本当にイツカを喰らうような真似はしないとよく知っている。
じゃれ合いには物騒な言葉を交わしつつ、イツカは片手を口元に当ててくすくす笑う。
最後にあくびをこぼし、数歩廊下を歩き――ほんの瞬きほどの短い間に、イリガミ様の姿は煙や幻だったかのように消え去った。
さて、自分も他の場所へ向かって調査を行わなくては。
そう考え、止まっていた足を動かして別の場所へ向かおうと、一歩足を踏み出した。
ちょうど、その瞬間だった。
「あの……」
自分以外の足音が空気を震わせた直後、聞き覚えのない声が空気を震わせた。
イツカの心臓が大きく跳ね、呼吸が一瞬詰まる。
(誰か来た!?)
呪詛を祓うときは十分に周囲を確認し、誰もいないと確信してから行動に移した。呪詛を祓う瞬間は誰にも見られていないはずだ。
けれど、イリガミ様と話していた瞬間は? イリガミ様と話していたときは、彼に意識を集中していた。周囲に気を配る余裕はあまりなかった。
もしや、イリガミ様と話しているところを見られてしまったのでは――頭に不安がよぎり、イツカの心臓が早鐘を打つ。
(……大丈夫、まだ見られたと決まったわけじゃない。もしかしたら見られてない可能性だってあるもの)
何度も心の中で自分に言い聞かせながら、ゆっくりと振り返る。
イツカが立っている場所から少し歩いた先。廊下の曲がり角から顔を出しているような姿勢でこちらの様子を伺っている女性と、ばちりと目が合った。
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