冷血医師の転生
ちのあきら
序章
我々が住まう地球とは異なる世界、その大陸南東にあるトラヴァリア王国。三百年の長きにわたり続く王国の中心、そこにあるのは政治の中枢たる王宮ではなく、ひとつの大きな白亜の建造物である。
この世界の住民には馴染みのない印象を与えるその建物は、むしろ地球に住む人々から見れば慣れ親しんだものに見えるだろう。
病院——正式名称トラヴァリア王立総合医療病院。
医療大国として名を馳せるトラヴァリア王国が誇る、国内最大の医療施設だ。
歴史研究者からも名君と評価の高い第二十代国王オーギュスト・ブルトガング・トラヴァリアが施政のひとつとして建設したこの病院は、当時魔法による治癒以外に病や怪我を治す手段を持たなかった各国を驚愕させ、急速に世界に医療を普及し、今もなお医学の最先端として世界中から医療従事者が集まっている。
このトラヴァリア王立総合医療病院––通称王立病院には、そのロビーと院長室それぞれにひとりの女性の異なる肖像画が掲げられている。
シャルロット・アインドルフ公爵令嬢。
彼女こそがこの世界に医学という技術を広め、かつ自身も王立病院の医師として多くの人々の治療に携わりつつも他の医師の育成にも努めた、まさに医学の母と呼ばれるべき人物である。
彼女と王立病院が存在しなければはるか多くの民が病や怪我で亡くなっていたはずだ、この医療を途絶えさせてはならないと国王オーギュストは晩年に忠臣に語っている。
しかし輝かしい功績を誇るはずの彼女の後世の評価は、必ずしも良いものばかりとは言えなかった。
まず既存の組織である治癒局からの評価は酷いものだ。
商売敵ということもあるだろうが、魔法に依存しない医療についてこき下ろす内容の文章を王宮に正式な書類として送りつけたのものが保管されている。
また彼女の治療に関する当時の資料を見ても、「悪魔の女」だの「人の皮を被った外道」だの患者側の散々な言い分が記録に残っていた。
もちろん彼女に救われた、彼女がいなければ命はなかったなどの肯定的な声も多い。が、批判の声も割合として小さくなく、歴史研究者の間でも二分された意見が現在も対立している。
二つの肖像画は彼女の二分された印象をよく表している。
ロビー側の肖像画は静かに椅子に座った図。
院長室側の肖像画は煙管を嗜んでいる図。
どちらも同じ女性の肖像画だが、ロビーのものがどこか暖かさを感じさせるのに対して、院長室のものは片眼鏡越しの鋭利な視線が強い冷たさを発している。
輝かしい黄金色の髪といい鮮やかな碧眼といい、間違いなく同じ人物であるのにこうも印象が違うものかと、病院を訪れた他国の医師がむしろ感嘆したほどである。
果たして実際のシャルロット・アインドルフとはどんな人物だったのか。
議論は尽きることがない。
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