第1章

第5話

目を覚ました。

視界に入ったのは何度か運ばれた経験のある無機質に広がる病院の白い天井。

誰かが俺がいつ目覚めてもいいようにスポーツドリンクが置いてあった。

乾き切った喉がそれを求めて手を伸ばす。

キャップを外して、喉を潤し、寝惚けた頭を起こさせる。


……夢?


心臓に右手を置くと、いつも通り心臓は動いている。

そして、服をめくり風穴が空いていたはずのお腹の傷は跡が残るものの塞がっていた。


夢じゃなかったのか……。

この腹の傷だけで今までの事が夢でない事を悟るには事足りる。

病室に備え付けられていたデジタル時計を見ても間違いない。

一秒一秒しっかりと時を刻む時計。

瞬きしても数字が日付が変わることなどなかった。

 

……昨日、俺は死んだはずだ。

でも、生きている。

あの時、他のハンターが戻ってきて俺を助けてくれたのか?


あまり、死に際の記憶がない。

誰かいたような気がするが記憶は霧がかかったように思い出せない。


ガラガラっ……


病室に扉が開く鳴り、扉の前には見慣れた二人の姿があった。


「……霜崎さん!」

「霜崎くん!」


日和さんと道門さんがそこに立っていた。

日和さんは涙を流して、道門さんは安堵の顔を浮かべている。


「二人とも上手く脱出できたんですね。

元気そうでよかったです。」


あの後、二人のことが気がかりだったが閉じ込められずにゲートの外に出れていたことに安堵した。


「元気そうでよかったなんて霜崎さんがそれを言いますか!!」


「……すいません。」


いつもは温厚なはずの日和さんが声が裏返るほどの声を出して怒った。

きっと、俺はそれだけのことをしてしようとしていたのだと思い直す。


そして、1日寝ただけなのに二人の顔が途方もなく懐かしく感じた。


「ところでお二人はなんでこの病室に?」


「ああ、先ほどまで四人のハンターを死なせてしまった事で調書の制作と取り調べを受けていてね。

その帰りに立ち寄ったんだ。」


「大丈夫でしたか?」


今回のレイドのリーダーである道門さんは特に必要な取り調べを受けたはずだ。

ゲート内部で人が死ぬ事はどれだけ万全の準備をしても珍しくはない。

しかし、その責任はリーダーであった人が少なからず負わされる。


「私は四人の若いハンターを死なせてしまった。とても不甲斐なく思う。

しかし、私はハンター資格をまだ持たされている。一ヶ月の活動停止だそうだ。」


「……そうですか。」


最後まで奮闘した人が軽度であれ、罰せられる判決。

とても、納得できるモノじゃない。


道門さんの顔色は酷く悪かった。

だが、そんなにも思い詰めた人がもっと重い罰を求めている。

納得していない。

俺が思っている逆の方向に。


「残ってしまった命。

この世のために燃やし尽くそうと思う。」


どう言ったらいいのか息が詰まる。

慰めの言葉を書ければ良いのか。

道門さんは悪くないとそう言えば…。

ハズレだと心が言う。



「すまない、空気を悪くしてしまったね。

そうだ!

霜崎君が退院したらご飯を奢らせてくれ。

君のおかげで助かったのだからこれくらいはさせてもらおう。

日和さんもどうかね?」


暗くなりかけた空気を無くすように道門さんは明るく振る舞う。

でも、一番打ちひしがれているの道門さんなのは顔色と震える声音からなんとなく伝わる。

俺達に心配をかけないようにそう振る舞っているのだけだ。


「はい、是非!」


それを察してか日和さんも明るく返答する。


「俺もお願いします。」


「よし!」


その時の道門さんの笑顔は無理して作った笑顔だとわかった。

でも、顔色が少し良くなったのを見てホッとした。


「おじさんに任せて沢山食べろよ!

お酒も倒れるまで飲んでいいぞ!」


ガハハッと笑い冗談を言い、この場を和ませる。

日和さんもいつもの笑顔で笑っていた。

それだけに道門さんのハンター資格の剥奪が辛くのしかかる。


「それで、体調はどうだ?」


「はい、今のところ何も。」


「そうか、それは良かった。

君がゲートが消える瞬間に出てきて、意識を失った時は何事かと思ったよ。

あの怪我で一人で出てくるんだから、ハンターに覚醒しただけはあるな。」


「……え?」


道門さんは信じられない言葉を発した。


一人で出てきた?

そんなはずはない。

俺はあの時、完全に意識を失っていたのだから。


「なんだ、覚えてないのか。

一人で歩いて出てきたんだぞ?

それにあの腹の傷をほとんど治してな。

君が自己治癒能力が少し良い事は知っていたがそれほどまでとはな。

たいしたもんだ。」


……傷を?

あの怪我を?


信じられない言葉の連発に戸惑った。


俺の自己治癒能力なんて常人よりかは良い程度だ。

アレほどの怪我なら間違いなく俺は死ぬ。

治るわけがない。


「どうした?

まだ、傷が痛むのか?」


頭の整理が追いつかなかった。

そして、あの時の傷を思い出して吐き気がした。


「はい……少し寝ます。」


「そうか、君の1日も早い退院を祈っているよ。それではまた…。」


「では、私も失礼します。

早く元気になってくださいね。」


「……はい。」


二人が病室を出た。


体がブルッと震えた。

心の奥底からくる不安と恐怖。


「……大丈夫だ。」


傷は癒え、俺は助かった。

それで、終わり。

何もなかった。

そう思い込む事にした。


だが、どこか胸がざわつく。

何かが違う、そんな違和感があった。

身体には特に異常はない。

それどころか好調そのものだ。


「あ……そう言えばもうすぐランクの再検査日だったか。」


ランクの再検査は毎年一度、健康診断を含めたハンターに設けられる定期検診。


何か異常があればそこでわかるだろう。


***


特に怪我もなかったから翌日に退院でき、その足でランクの再検査を受ける為にハンター協会へと足を運んだ。

そこには同じように再検査を行う人がずらりと列をなしている。


再検査はハンターの中ではある種のお祭りだ。

そこでランクが上がり、上位ランク…Bランク以上にでもなれれば高給取りの仲間入りできる可能性が飛躍的に増す。

なぜなら、多くの大手企業のハンター事業からラブコールが来るからだ。

そして、大手企業への就職した時には万全のサポートにより安全に高ランクのゲートに挑む事ができる。

大手企業がそれだけハンター事業に投資しているわけだがそれには理由がある。


モンスターから取れる素材は食用、服、家具の材料に加え工業の材料など使用用途が多岐にわたり、上位ゲートのモンスターの素材、鉱物や草木になるまで高額で取引されている。


しかし、Bランクになるのは簡単な事ではない。

下位のゲートのモンスターをいくら倒してもおそらくその領域には踏み込めない。

それほどまでにCとBランクの間には大きな壁があり、鬼門と呼ばれている。


「俺には関係ないけど……。」


指の数で足りてしまう程度しかモンスターを倒せていない俺には縁遠い話だ。


「はい、再検査ですね。

こちらに必要事項を書き、番号札を持ってお待ちください。」


受付で必要事項を記入し終え、遠くでCランクに昇華できたと騒いでいるハンターを羨ましいと思いながらも、横目に通り過ぎ椅子に座り順番を待った。


約1時間が経過した。


「お次の霜崎晶さん。こちらへどうぞ。」


呼び出され、最初に行われるのは健康診断だ。

ハンターだからと特別何かするでもなく普通の人と同じようにこれは行われる。

特に異常はなかったらしく、淡々と事は進んでいった。


ただ、ハンターのみあるランクの再検査。

目の前には大きな青白く光る石。

少し広い部屋に案内された。


「その魔石に触れてしばらくお待ちください。」


俺はその魔石に手を触れた。

青白く光る石がわずかに光る強さを増す。

まあ、どうせ変動はないだろうと思った。


そして、一度光が無くなり再度魔石の光が増した。


……2回?

去年の再審査では一度しか光らなかった。


なぜと思っているとその答えが耳に届いた。


「おめでとうございます!」


予想外の言葉だった。

その場で再発行される、ハンター証明書を手渡された。

ハンター証明書は車の免許みたいなカードでそこに俺の顔と名前、住所そして、ランクが表示されている。


「Dランクへの昇華おめでとうございます。」


「……!?」


喜びよりも先に来た感情は何故という疑問だった。

俺はほとんどモンスターを倒していないはず。

にもかかわらず2つもランクが上がっている。


審査の間違いという事も考えられる。

だが、2度も魔石が発光したことを確認ているからこの職員も2つもランクが上がったことに疑問を持ったのだろう。

2度検査してこれなら間違いという事も考えにくい。


「俺がランクアップ……。」


カードに刻まれているのは間違いなくDの文字。


時間差で喜びが込み上げてくるのを感じた。




 

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