第1話チャプター2 「それは誰かの願いを引き受けること」

第1話チャプター2 「それは誰かの願いを引き受けること」1

「わざわざありがとうね」

「いえいえ。私もミランダさんが育てているお花を見てみたかったので」

 レスリーは午前中の早い時間から、依頼主のミランダの家に来ていた。レスリーが家を訪れると、彼女は喜んで迎え入れてくれて、庭に通してくれた。

 綺麗な庭の一角には、小さな花壇があった。

 そこには色とりどりの花が綺麗に咲いていた。

 ミランダは今年で60歳を迎える。三人いる子供たちもそれぞれ自立しているらしい。たまに孫を連れてミシュルに帰ってきてくれるらしいが、普段はミランダと御主人の二人暮らし。持て余した時間を何かに費やすのに、思いついたの花の育成だったらしい。

「素敵なお花ですね」

「本当は花壇も広げたいのだけど、夫がそれがなかなか許してくれなくてね」

「でも……花を早く成長させるアーティファクトなんて、どうしてですか? 育てる楽しみもあると思うんですけど」

 ミランダの家に来て話を聞いていて、レスリーが感じたのは、ミランダは花を育てること自体も楽しんでいることだった。それを考えたら、アルスハイム工房に依頼してきた植物の成長促進というのはミランダの考えと合っていないように思えた。

「レスリーさんが言うように、花を育てるのも楽しいのよ。ただ、娘が急に次の週末帰ってくるなんていうから、せっかくだからいい色の花をみせてあげようと思ってね。だから少しだけ、成長を早めて娘が帰ってくる頃に花が咲くようにしたいと思ったの」

「そうなんですね。娘さん、喜ぶと思いますよ。私が作った私が作った“ぐんぐん成長させるくん2号”の使い方なんですが、このカプセルを種と一緒に植えてください」

 “ぐんぐん成長させるくん1号”の失敗を元に、魔法理論や図面の見直しをおこなった。またフィルからのアドバイスを受けて、“ぐんぐん成長させるくん1号”のときは両手で持つほどのジョウロだったが、“ぐんぐん成長させるくん2号”はカプセル型の形状に変更した。カプセルと言っても医薬品でもよくある大きさなので持ち運びも簡単になっている。効果もカプセルの使用数によって調整出来るように変更してある。

「それだけでいいの?」

「はい。今回の場合ですと、カプセルを5個一緒に植えてあげれば、丁度いいと思います」

「簡単ね、助かるわ」

 レスリーの説明を、ミランダはふんふんと頷きながら聞いてくれた。本当は、“君の感情を教えてくん”も一緒にあげたかったが、依頼人の依頼以上のことをするなと釘を刺されたため、ミランダにあげるのはやめておいた。

 レスリーとしてはせっかくの自信作なのに、と不満があるが、それは飲み込むことにした


「説明は以上ですけど、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫よ。えっと……じゃあ、今回の依頼の報酬ね」

 ミランダは財布から1万J札を2枚取り出して、レスリーの手に載せた。

「ありがとうございます!」

「せっかくなら、この後お茶でもどう? ケーキもあるわよ」

「うっ……すみません、まだ仕事があるので……お気持ちだけで」

 ミランダの提案はとても魅力的で、二つ返事でお付き合いしたいところだ。特にケーキはぜひとも食べたい。しかし、それらをグッと堪える。

 まだこのあとは、フィルから頼まれているアーティファクトの納品に、竜の大鍋にいかなければならない。

 どうにかレスリーを引き止めようとするミランダの誘いをどうにか断って、どうにか玄関前まできた。玄関前に置かせてもらっていたリュックを背負って大きな袋を手にした。

「お茶ぐらい飲んでいけばいいのに、残念ね。また何かあったらお願いするわ」

「お願いします。今回納品させていただいたアーティファクトに何かあれば、お気軽にアルスハイム工房まで!」

「ええ、レスリーさん、ありがとう」

 ミランダの家を出て、レスリーは次の仕事をこなすために、竜の大鍋を目指す。

 太陽が頭上で自己主張を始める昼直前の時間だ。

 この時間はミシュルの人出が少ない時間の一つだが、あと数十分もすれば、昼食を求めて多くの人がまた大通りに溢れることになる。

 レスリーは笑顔が止まらないでいた。

 表情を戻そうと努力するが、口角が上がってしまう。加えて、ミランダからのお礼の言葉を何度も反芻する自分がいた。それがまた口角を上げてしまう。

 ミランダの依頼は、自分にとって魔導技士としての仕事を初めてのものだ。それが上手くいって、報酬とお礼をもらえた。

 それがすごく嬉しかった。

 アーティファクトを作るのは簡単じゃなかったけど、その苦労がミランダの笑顔で報われた。

「これからもがんばろう」

 湧き上がる高揚感を胸に大通りを歩く。

「もっとたくさんアーティファクト作りたいな-」

 アーティファクト作りではいろいろと挑戦してみたいことがある。ただ、お試しで作成するにも先立つものがない。もちろん、工房で費用は持ってもらえるが、アルスハイム工房は大手工房とは違って、そこまで資金繰りに余裕がないと思う。

 一度、フィルに相談するのもありかな。と思うけど、渋い顔をされるのが容易に想像できる。

 しばらくすると竜の大鍋の店先を掃除する従業員の姿が見えてきた。

 軽く挨拶して店内に入って、シアンの姿を探す。

 慌ただしく準備を進めている店員達の中に姿を見つけた。

 シアンは従業員と話しているようだった。

 割り込んでは悪いと少し様子を見ていると、こちらに気が付いたのか話を切り上げて、

「レスリーちゃん、どうした?」

「フィルさんに頼まれて、酔い止めと酔い覚ましのアーティファクトの納品です」

 リュックと大きな袋を慎重に降ろして、口を広げて見せる。

「助かるよ。えっと、ちょっと確認させてもらうよ」

 シアンはしゃがみ込んで、リュックに詰まっている箱を取り出して、いくつかビンを手にしては確認していく。

 レスリーはその様子を緊張した面持ちで見ていた。

 シアンの手が止まると、「何か問題が……?」と不安になった。

「大丈夫だね。えっとこれがアーティファクト代金の10万Jね」

「はい、ありがとうございます! あっ……」

 と、レスリーが元気に答えると、彼女のお腹が空腹を訴えた。それが恥ずかしくて、耳まで赤く染まったのがわかった。

「あはは、お昼時だし仕方ないね! ちょっと待ってな!」

 シアンが一度店の奥に引っ込むと、大きな紙包みを三つを手に戻ってきた。

「ほら、サンドウィッチ持っていきな。アストルムちゃんとフィルの分もあるから」

「いいんですか!!」

「レスリーちゃんみたいにカワイイ子がお腹空かせてるのは放っておけないよ。気にすることないよ!」

「ありがとうございます!」

「あ、そうだ。そういえば、この話知ってるかい?」

 シアンはテーブルの上に置いてあった新聞の広告欄を指差した。

 最初は理解できなかったが、徐々にそこにか書いてあることを理解し始めた。

「シアンさん、この新聞いただいてもいいですか!?」

「構わないけど……?」

「ありがとうございます! 急いで工房に帰らなきゃ!」

 もらったサンドウィッチをリュックに詰め込んで、急いで竜の大鍋を後にした。



◇◇◇



「フィルさん!」

 レスリーの大声と共に、工房のドアが勢いよく開いた。

 フィルは顔をしかめながら、作業の手を止めて、レスリーの方を向いた。

「おまえなー、工房に入るときは静かにしろ。手元が狂ったらどうする。頼んでたシアンさんのところへの納品は無事終わったのか?」

「それはもちろん!はい、これシアンさんからいただいたサンドウィッチ! それよりもコレ見てください。アストルムさんも、ちょっと来て下さい」

 レスリーは肩で息をしながら、工房の机にリュックを置いて、中から紙包みを取り出して差し出した。

 その紙包みからは食欲を刺激する匂いがする。

 包装を解いて、サンドウィッチにかぶりつきたいが、今はレスリーの話を聞くことを優先しよう。

 しばらくすると、レスリーに呼ばれたアストルムが顔を出した。

「なんですか?」

 レスリーはアストルムを中央の作業机に手招きして呼んだ。

「これです!」

 左手に持っていた新聞紙を机の上に広げた。

「新聞なんて珍しいな。気になる記事でもあったか?」

「そうなんです! シアンさんに教えてもらって、急いで帰ってきたんです。ここ見てください」

 フィルとアストルムは、レスリーが指差した広告を見た。

 それは意外な人物からの広告だった。


『亡き主人の想いを教えてください。ライラ・プレストン』


「ライラ・プレストン夫人の広告?」

「そうなんです。詳細はこれと明日ライラさんのお屋敷に来て欲しいしか書いてないんですけど、報酬はなんと300万J!」

「さ、300万J!?」

 もう一度、広告をよく見てみると、確かに報酬に300万J枚と書いてある。

「これを受けましょう!」

 レスリーから感じる意気込みも、この依頼をこなして報酬を得られたら、少しは自分の懐事情が改善されるという思惑もあるのだろう。

 一つの依頼をこなすだけで、300万Jも得ることが出来れば、かなり工房の資金が助かる。

 そもそもアルスハイム工房自体、それほど儲かっているわけではない。

 必要な素材の仕入れに、その他必要経費の支払い、当然、アストルムとレスリーへの給料の支払いなども考えると、月の収入はトントンかギリギリというラインだ。そうなると工房の設備などへの投資ができない。

 フィルとしても新しい機材や普段は手を出せない素材も触ってみたいという欲求があるが、即答はできない。

 判断するには情報が少なすぎる。

 ライラは一体何を求めているのか。

 新聞に広告を出すということは多くの同業者を始めとした人間が参加する可能性がある。そうなると恐らくコンペ形式になることが想像付く。大手工房が出てきたら、品質や予算の面でアルスハイム工房が戦うのは厳しい。

「フィルさんはこの前新しい魔法理論の論文集や試したい素材があって言ってたじゃないですか」

「うっ……それはそうだけど」

 レスリーのこちらの胸の内を見透かしたかのような言葉に心が揺れる。

「私だってそうですよ。新しい素材に触ってみたいです。それにちょっとでいいからお給料も弾んでくれると助かるんですよ。ね、アストルムさん」

 話を振られたアストルムは、こちらを静かに見つめながら、自分がやりたいことを口にした。

「……そうですね。使っていいお金が増えると、最近出来ていなかったアクセサリー作りもできそうですし、読みたい本も買えます」

「ほら、アストルムさんもこう言ってますよ」

 アストルムの援護を得たレスリーは強気だ。

 二人の目を交互にみて、フィルが折れた。

「……ま、まあ……ライラ夫人の話を聞くだけ聞いてみてもいいか」

「そうですよ、聞くだけならタダですよ! 依頼成功したら何買おうかな!」

「言っておくが、受けるかどうかは別問題だからな」

 まだ依頼が成功するとも、受けるとも決まっていないのに、浮かれるレスリーに釘を刺すが、フィルの声は届いていないようだった。

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