第1話チャプター1 「魔導技士とアーティファクト」5
「フィル。そろそろ時間じゃないですか?」
「……うぁ?」
事務所でうとうとしてたフィルは、アストルムに声を掛けられて、間抜けな声を上げて、意識を覚醒させた。
目の前にはアストルムの端正の顔があった。三年も同じ屋根の下で生活しているのだから、彼女の顔は見慣れているが、目を醒まして、人形のように整った顔が目の前にあるとさすがにドキリとするものがある。
顔の紅潮を自覚しながら、
「アストルム……近い」
「すみません」
アストルムは、小さく謝罪して、スッと距離を取った。
「えっと……」
頭を軽く振り、眠気を飛ばしつつ、自分の記憶がどこまであるのかを、ゆっくりと記憶を辿る。アストルムに昼ご飯を用意してもらって、そこから事務作業をしたところまでは憶えている。書類の山にうんざりしながら、一枚ずつ確認してサインをしていって……そのあとソファに腰掛けて……そこで記憶が途切れている。
「どのぐらい、うとうとしてた?」
アストルムに訪ねると、彼女は事務所に置いてある時計を確認してから答えた。
「推定で90分と言ったところでしょうか」
「ダメだな。疲れてるのかな……。レスリーは?」
自分が事務作業していた時間を含めて、レスリーが宣言した三時間を一時間ほどは過ぎている。もういい加減作業を終えて、事務所に顔を出してもいい頃だ。
しかし、アストルムは首を左右に振って、レスリーの進捗を否定した。
「特になにも。店舗でも事務所でも見かけていないので、工房で作業しているのではないですか。時折、奇妙な声が聞こえましたし」
アストルムの言葉に満足そうに何度か頷いた。
奇声を上げるほどに追い詰められている証拠だ。
魔導技士にはそういうタイミングがよくあるので、レスリーがそういう状況になっているのは満足だ。
「順調かな。できあがりを見にいくか。アストルムも行くか?」
「私はまだお店が……」
「いいよ。今日はもう切り上げよう。店を閉めたら、庭に来てくれ。あとついでに適当に植木鉢と花の種を持ってきてくれると助かる」
「わかりました」
アストルムは頷いて、閉店処理をしに事務所から出ていった。フィルは立ちが上がって、工房に足を向け、ゆっくりとドアを開く。わずかにできたすき間から、中の様子を伺うと、レスリーが椅子の背もたれにもたれ掛かり、力尽きていた。
溜息一つ。
工房の中に入って、彼女の背後に立った。背中越しに作業机を確認すると、レスリーが一生懸命作成したジョウロの形をしたアーティストがそこにあった。
形にはなっているので、あとは確認するだけか。
寝息を立てている彼女に声を掛けた。
「おい、レスリー」
「はい!!!!」
返事と共に飛び上がったレスリーに、もう一度溜息を吐いた。
「で、アーティファクトはできたのか?」
「え、ええ……ついさっき」
レスリーは寝ぼけた頭でどうにか状況を整理しているのか、どこか戸惑いながら答えた。
「なら、早速試してみるか。庭に行くぞ」
「は、はい! じゃあ、準備をしたら行きますから、先に行っててください」
準備を始めたレスリーを残して、工房を後にした。廊下を抜け、裏口のドアを開ける。手入れがされた芝生の緑の上に、黄昏色が落ちていた。
予定よりもだいぶ遅くなっていることもあって、夜が近くなってきていた。
西日に目を細めていると、アストルムとレスリーがやってきた。
「植木鉢と花の種持ってきました」
「悪いな。そこにおいて、植木鉢に種を植えてくれ」
「わかりました」
アストルムは両手で抱えていた植木鉢を芝生の上に置いて、ポケットから花の種を取り出して、土に植えた。
レスリーがアストルムと入れ替わる形で植木鉢の正面に立った。
「じゃあ、レスリー・プリムローズ作成長促進剤、“ぐんぐん成長させるくん”試作品の実験と行きましょうか! 通常は魔法が水に浸透するまで五分ほど掛かりますが、既に準備済みのものがこちらになります」
彼女はジョウロ型のアーティファクト――“ぐんぐん成長させるくん”を掲げてみせる。
スタスタと植木鉢に近づいて、水を注ぐ。
その水はただの水ではない、青白い輝きを纏っている。それは水属性の魔法が効果を発揮している証拠だ。
「これで数分待てば、芽が出て、花が咲くはずです」
「じゃあ待つか」
と、様子を見ようと、フィルとレスリーが植木鉢から視線を外すと、
「あのフィル、レスリー……これは?」
アストルムが困惑気味に二人に声を掛けた。
「え?」
「なにどうしたの?」
フィルは視線を植木鉢に向けた。目を凝らしてみると、種に被せた土がもぞもぞと動いている。
「あれ?」
最初に声をあげたのは、レスリーだった。
レスリーの驚きとほぼ同時、芽が土を破って伸び、そのまま一気に成長させ、鮮やかな花を咲かせたかと思えば、すぐに枯れた。
フィルはガックリと首を落とし、ゆっくりとレスリーの方に目を向けた。
「……さて、これはどういうことかな?」
「いや、成長促進はしましたよ?」
「枯れたけどな」
「うっ……」
「反省点は後でまとめて提出。というか、水の魔石の出力値調整ミスってるのに最後まで気が付かなかったのか」
フィルの指摘に、レスリーが目を大きく見開いて驚きの声をあげた。
「ええええ、気が付いてたんですか!?」
「図面見たときからずっと」
「なんでいってくれないんですか……!」
「全部俺が指摘したら、成長しないだろ? あんな数値ミスなんて、魔法論理式と最終出力値の妥当性をみれば、簡単に気が付ける」
「うぐ……」
「というわけで、図面の見直し、各種パラメータの見直し。さっき言った反省点もまとめもよろしく」
「えー」
「えー。じゃない。あのなー、これはミランダさんへの納品物。ちゃんとしたものを作れ。それが依頼を請けた者の義務だろ」
「はい……」
フィルがひとしきり注意すると、レスリーは目に見えてしょんぼりとした。
「まあ、なんだ……これから少しずつ憶えればいいわけだからさ」
キツく叱りすぎたかと、フィルは頭を掻きながら、慰めの言葉を探す。
たどたどしく言葉を紡ぐ。
その間、フィルは視線を落として、その言葉に耳を傾けている。
「失敗から学ぶことも多いわけだし――」
「フィル、じゃあ、これはどうですか!?」
「は?」
「さっきの“ぐんぐん成長させるくん”は確かに失敗でした。そっちは反省するとして、もう一つアーティファクトを作ったんですよ。ミランダさんって、花が好きじゃないですか? じゃあ、植物の喜怒哀楽がわかったら、もっと楽しいと思うんですよ」
そういって、レスリーが取り出したのは棒状のアーティファクトだ。長さはおよそ30センチほどある。持ち手は10センチほど、残りは筒状のガラスになっており、中には一本の棒が見える。
「これは対象が放つ魔力波形を読み取って、感情に応じてこの棒の色が変化するんです。名付けて、“君の感情を教えてくん”です」
「相変わらずのネーミングセンスはさておき、感情による魔力波形の揺らぎ理論か」
「はい。魔力は発するモノの感情に感応して、魔力波形が揺らぎます。普段はそんなことは気にならないものです。それを可視化してあげたら、喜んだ、怒ったぐらいでも分かったら面白いかなと」
「まあ、魔力や感情は動植物も持ってると言われているからな」
「そうなんですよ。アストルムさん、ちょっと失礼しますね」
レスリーは近場にいたアストルムに“君の感情を教えてくん”をかざしてみる。
アストルムの身体を上から下へ、左から右へと、に“君の感情を教えてくん”が動く。
「あれ?」
しかし、なにも起きない。
「上手くいってないんじゃないか?」
「そんなハズは……テストは上手くいってるし……。感情に反応して、“君の感情を教えてくん”が発光するはずなんですけど……」
「レス、お気になさらずに。私は感情が希薄ですから、反応しないのではないですか?」「うーん。理屈の上では、それでもなんらか、反応するんだけどなー」
唇を尖らせたレスリーは、フィルの方を向いて、アストルムにしたのと同じように“君の感情を教えてくん”をかざす。
それをフィルは無言で見つめていた。
「あっ、出ました」
「ほう……それで、俺の感情は?」
レスリーは真っ赤に光っている“君の感情を教えてくん”をみつめて、元気よく答えた。
「怒りですね! ほら、やっぱり、ちゃんと動くんですよ! それでフィルさん、正解ですか?」
「正解だ!」
フィルが怒りを込めて、レスリーの額を突っついた。
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