第1話チャプター1 「魔導技士とアーティファクト」4
「えっと……ここの黄金蚕の糸をこっちに通してっと……」
フィルは一人、作業を続けていた。アーティファクトを作るという作業はそれほど派手なものではない。簡単に言えば、土台となる魔力板の上に、用意した素材や魔石を図面通りに繋げていくだけだが、これが精密さを求められる作業であるため、集中力が求められる。
フィルは全神経を集中させて、黄金蚕の糸を魔石に繋げようと――
「ただいま、戻りましたー!!」
工房にレスリーの元気な声が響いた。
その声に、フィルの手元が狂った。糸は虚しく空へと向かった。
フィルは錆び付いた歯車のように、ギギギとレスリーの方を見る。
目が合った。
レスリーは、状況を察したのか、浮かべていた笑顔が徐々に焦りに変わっていく。
「あの……もしかして……」
「はぁ…………」
大きく息を吐くことで、自分の心のざわつきを抑え込む。
冷静さはいつでも大事なことだ。
「これは事故で……」
レスリーが言い訳を続けようとするのを、止めるように手のひらを向ける。
「そう。事故だ。たかだか大声で精神を見だした自分が悪い」
そうだ。と納得して、フィルはもう一度大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出して、気持ちを落ち着ける。
糸が通らなかっただけで、作っていたアーティファクトが台無しになったわけではない。
「一度、休憩にするか」
集中力が切れたこともあり、作業を切り上げることにした。
「そうしてくださいよ」
フィルは作業椅子の背もたれに身体を預けながら、腕を天井へと伸して背中をグッと反る。その間にレスリーが、買ってきた素材と魔石を棚に収納していく。
「あ、そういえば、マリスさんから伝言です」
「ん?」
「たまには店に顔出せって」
「あー、確かにここのところ行ってないな」
前回、マリスの店に行ったのは、レスリーを雇う前だったから、一ヶ月以上は顔出してないなと思い至る。
さすがにそれはまずいか。
「なにかのタイミングで行ってくるよ。魔法使いと話すと、新しい発想にも繋がりそうだし」
「今日は何作ってたんですか?」
「酔い止め」
フィルは作業机の脇の籠に積み上がった小さなビンの山を指差した。
「うわ……お疲れさまです」
「レスリーもこのぐらい作れるようになってくれ。シアンさんのところに納品する酔い止めのお金だってうちみたいな工房には大事な収入なんだよ」
魔導技士たちが収入を得るのは、当然アーティファクトを作ることである。ただ、アルスハイム工房のような小さな工房に依頼を持ってくる者はかなり少ない。大抵は大きく知名度もある工房に足を運ぶ。そうなると雑貨屋やマリスが営む素材屋、竜の大鍋のような食堂などにアーティファクトを売り込んだり、何か必要なものがないかといった営業活動が大事になってくる。
「私は……ほら……ミランダさんの依頼がありますから」
ハハハと乾いた笑いを浮かべるレスリーの目は泳いでいる。
彼女の言葉に、フィルはレスリーが依頼の対応をどうするかを確認していなかったことを思い出した。
「そうだ。ソレはどうやって解決するつもりだ? 考えあるんなら聞かせてくれよ」
フィルの言葉にレスリーが頷くと、彼女は買ってきた残りの素材を急いで棚にしまうと、図面とメモ帳を手に、中央の大きめの机へとフィルを誘った。
フィルの目の前で、レスリーが図面を広げてみせた。彼女の図面をこっそりと見ているからやりたいことは理解しているが、それを敢えて自分自身の口で説明させることは大事だ。
「えっと。まず、ミランダさんの依頼は『植物の成長促進』です。これは花の成長を目的にされています」
「基礎魔法理論や特性を考えたら、今回の依頼には水属性か地属性による活性化だと思うけど、レスリーはどう考えた?」
「私は媒体を用意しやすい水にしました。土を媒介にした場合、効力の持続を維持するのに毎回土を入れ替えるのは大変ですし。水であれば、普段の水やりのついでにできますし。なのでそれを元に考えたのがこれです。発想は医療用の治癒力向上アーティファクトに近いものですね。ミランダさんは小さな花壇をお持ちですので、ベースはジョウロにしました」
図面に描かれているのはジョウロだ。それをベースに水魔法の魔石、魔石から引き出した魔法の効果調整素材とジョウロ内の水に魔法を浸透させる仕組みが描かれている。
「これだと魔法が水に行き渡るまで時間が掛かるんじゃないか? その時間は?」
「今の計算だと五分ぐらいですね。これより短縮すると、取っ手から注入してもらう魔力を増やしてもらうか、その魔力自体を増幅させるかなんですけどね」
「五分ぐらいは許容してもらうかという話か」
はい。と頷くレスリーはフィルの目を真っ直ぐに見つめている。
彼女は自分の考えをフィルに聞いてもらって、それが正しいか不安なのだ。
「時間の問題は、依頼者が気にするポイントだ。どこかで一度、話をしておいた方がいい。許容されるなら今のままでいいけど、それで難色を示されたら、ここの経路に増幅用に水晶木の枝を入れられるようにな。ミランダさんは高齢だからご自身が使用する魔力量を増やすと負担になるかもしれない」
「はい。でも、そうすると、こっちの方で問題出ませんか?」
レスリーが指差した箇所は、魔力を魔石に流し込む経路だ。自分で設計した魔力量で経路設計しているのだから、そこを流れる魔力量が変わるのであれば、不具合が出ないかという懸念は当たり前だ。
「そこに使ってるのは、銀月貝のカケラだろ? それなら多少入力値が増えても許容されるから問題ないよ」
そこから一時間弱、フィルとレスリーは図面を見ながら、意見を交わし合った。フィルは、基本的な考え方はレスリーが提案したもので問題無いと考えている。自分がレスリーにしてあげるのは、考慮の洩れと考え方の確認だ。同時に彼女が自分のミスに気が付くかどうかも見ている。
「じゃあ、あらかた気になる点は終わりか?」
フィルが確認すると、レスリーはもう一度図面を眺め、自分との議論したときのメモを見直し始めた。
「うーん。そうですね。これで大丈夫かと……一度、試作品を作ってみます」
「どのぐらいで出来る?」
「三時間ぐらいですかね」
フィルが時計を見ると、午後二時過ぎ。
今から三時間なら夕方ぐらい。
一度、できあがりを見ることはできるか。
「じゃあ、今日、試作品作って、試しに使ってみるか。――俺はアストルムに昼ご飯を用意してもらって休憩してくるよ」
「はい、がんばります!」
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