始まりは予想の範囲内

 二〇二一年の現在、配達といえば、ネット通販の配達や近年大いに増えたデリバリーのみを請け負う配達を想像される方が多いだろう。実際、今はそうだと私も思う。

 私がバイク便のバイトをしていたのはもう随分以前のことなので、基本的には物を運んでいた。しかも、緊急性が高く、『当日中の出来るだけ早くに』という依頼ばかりである。給料形態としては、運んだ運賃の何%が取り分───という形だったが、これが安いかというと、そうでもない。

 何しろ、インターネットもPCも一般に普及してはいたが、現在とは比較にならないほど通信速度が遅く、送れるデータ量も少なかった。仕事でPCを使っている人でさえ、私が自宅で受けた仕事のデータ受け渡しに、「文字データだけなので、添付ファイルで送れますよ。圧縮するほどの量ではありませんが、その方がよろしければ利用されている圧縮ソフトを教えてください」と言うと、「何を言われているのか判らないので、紙焼きで」と答える始末。仕方なく、紙焼きした物とテキストファイルにわざわざ変換したデータをフロッピー・ディスクに記録して、封書で送っていたものである。付け加えておくならば、相手は大卒のほぼ同世代だったりもした(自分は高卒だ)。

 そんなわけで、配送するデータ絡みの荷物は記録媒体そのものか、紙焼きしたものだった。参考までにいうと、当時の記録媒体とは、フロッピー・ディスクかMOがほとんど、時折CD—Rだった時代である。

 地方の政令指定都市である私の生息域内で発注される、『当日中の出来るだけ早くに』という依頼のほとんどは、何らかの印刷物のラフ原稿や版下、製図の青焼き、急ぎの決済が必要な書類などだった。多分、そんな物を運ぶのだろうと予測していた私には、意外な物ではない物ばかりである。

 忙しい時間帯&時期は、一件を受け取っているうちに次の集配の依頼が入り、二件目を道すがら受け取りながら一件目を届け、三件目を受け取りながら二件目を届けるという、なかなかハードなスケジュールが組まれた。加えて、会社支給のPHSを首から下げる形で持たされ、多少もたもたして時間が掛かると「まだか? あと何分で着く?」と会社からせっつかれたものである。

 これは、私がノロマなわけでも、会社がせっかちなわけでもなく、単に依頼者がそれだけ急いでいるということなのだ。締め切り&納期のある仕事の経験がある私としては、『ぎりぎりになっちゃったのねぇ』と思っただけだったが。


 それでも、確かに要領というものはあった。

 当時は、スマホもGPSもナビもなく、地図を読む能力と最速のコースを選ぶセンスが問われていたような気がする。

 私とて、実年齢マイナス十年の年数はこの都市に住んでいて、チャリで、原チャで、中型二輪でウロウロしまくっていたのだから、どちらかといえば土地勘がある方だ、加えて、ロングツーリングに出る方なのだから、地図を読むのも苦手ではない。それでも、一日の仕事が終わったあとの売り上げを比較すると、先輩方の方が数多くの仕事を熟しているのだから、年季と要領というのは全く以って侮れない。


 そんなこんなで数を熟せば、一日の売り上げは低くて一万五千円ほど。多ければ二万以上。MYバイクを持ち込んでいた私は、その約半分が取り分になるのだから、ハードでも決して悪くない仕事だと思った───最初のうちは……。

 入社したての私が請け持っていたのは、市内を巡るいわば一番新人がする仕事だった。その後、慣れて来るにつれて回って来る仕事や、MYバイクを使用しているが故に起こる何だかんだがあるのだが、初めての業界に飛び込んだ私に想像することなど、この時点では出来よう筈もなかったのである。

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