流星群の降る夜
口羽龍
流星群の降る夜
香苗(かなえ)は流星群を見ていた。ニュースによると、今日はふたご座流星群が見られるそうだ。多くの人々が深夜にもかかわらず外に出ていた。寒い夜、彼らは厚着をして流星群を見ている。
その頃、息子の達夫(たつお)は勉強をしていた。もうすぐ中学受験だ。遊んでいる暇なんてない。中学受験の事で頭がいっぱいだ。ニュースなんて興味がない。流星群にも興味がない。
「達夫、見て! ふたご座流星群よ!」
香苗は達夫を誘った。達夫は机を離れ、香苗のいる窓にやって来た。香苗は嬉しそうだ。流星群なんてめったに見られるもんじゃない。
達夫は外を見た。すると、たくさんの流れ星が見えた。流れ星はまるで雨のように降り注ぎ、そして消えていく。とても幻想的な風景だ。
「きれいだね」
「うん」
達夫は見とれていた。とても美しい。突然の事だが、いい気分転換になった。
だが、ダイニングの机で父の光男(みつお)は下を向いている。ダイニングは電気がついていなくて、とても暗い。よく見ると、光男は涙を流している。そして、両手である写真を握っている。
「お父さん、どうしたの?」
達夫もそれに気づき、光男の所にやって来た。
「泣いてるじゃないの」
2人は驚いた。どうして涙を流しているんだろう。光男が握っているのは、達夫にそっくりの男の子だ。一見すると、達夫のようだが、少しすすけている。明らかに達夫ではない。
「お父さん、この男の子、誰?」
「俺の双子の兄、光也(みつや)だよ」
父には双子の兄、光也がいた。とても弟想いの優しい兄だった。
「かわいいね」
達夫は少し笑顔を見せた。だが、父の表情は変わらない。
「流星群が降るたびに、兄貴を思い出すんだ」
光男は立ち上がり、流れ星を見た。悲しそうな表情で、涙を流している。どうして流れ星を見て泣いているんだろう。2人は首をかしげた。
「どうして?」
「悲しい出来事があってね」
光男はじっと流れ星を見ている。誰かの事を思っているような表情だ。
「ふーん」
「どんな出来事?」
「わかった。話すよ。あれは23年前、俺が12歳の頃の事だ」
光男は流星群の降る夜に起こった悲しい出来事を話し始めた。光男はその日の夜の事を忘れたことがない。いや、忘れようとしても忘れることができない。
23年前、寒い冬の日の事だ。光男と光也は共に私立中学校の受験で勉強漬けになっていた。夜遅くには雪が降るとの予報だった。
光男は流星群を見ていた。今日はふたご座流星群が見ごろだ。光男は受験勉強を忘れて、しばらく見とれていた。
「流星群、きれいだね」
「ええ」
その隣には光男と光也の母がいる。母も流星群に見とれていた。とても美しい。こんなに滅多に見れるもんじゃない。貴重な出来事だ。はっきりと目に焼き付けておかないと。
そのとき突然、電話が鳴った。それに気づき、光男は受話器を取った。
「もしもし」
「もしもし、光男?」
電話の主は光也だ。光也は塾に行っていて、今日は遅くなると連絡があった。
「うん」
「流星群きれいだね」
光也も外で流星群を見ていた。光也もその流星群に見とれていたようだ。
光男は、受話器を耳に寄せた。もっと光男と話したかった。
「お兄ちゃんも見てるの?」
「うん」
光也は嬉しそうに答えた。光男の声を聞くだけで、笑顔があふれる。塾の疲れが一気に取れるよ、と。
「塾が終わったの?」
「ああ、今から帰るからね」
光也は家に帰って家族と過ごすのを楽しみにしていた。愛情をもって育ててくれる母のために、受験を頑張らなければと思っていた。
「そう。暖かいシチューが待ってるよ」
母はシチューを作っていて、すでに3人は食べていた。光也の分はまだ残っていて、帰る連絡を聞いてから温める予定だ。寒い冬だから、暖かいシチューを食べてほしいと母は思っていた。
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
それを聞いて光男は笑みを浮かべた。もうすぐ光也が帰ってくる。
「じゃあね」
「じゃあね」
そう言うと光也は電話を切った。
両親と光男は流れ星を見ていた。とても美しい。相変わらず見とれてしまう。
「いよいよ来年は中学受験か」
「そうだね」
中学受験が迫ってきた。2人とも合格して、幸せな中学校生活を送るんだ。そして、偉い人になるんだ。
「将来が楽しみだ。えらい大人になるんだろうな」
父は光男や光也の将来に期待していた。きっと自分のように幸せな家庭を作るだろうと。
「自分もそうなりたいな」
「ああ」
3人は流れ星をじっと見ていた。流れ星は次々と流れては消えていく。とても幻想的な光景だ。
「流れ星に願いをかけようよ」
「ああ」
3人は目を閉じ、流れ星に願いを込めた。
「お兄ちゃんと僕が中学受験に受かりますように」
光男の願いは決まっていた。来年、光也と共に受験に合格する。そして、素晴らしい未来を切り開く。
「叶うといいね」
「ああ」
突然、電話が鳴った。こんな夜遅くに、一体誰からだろう。母は首をかしげて受話器を取った。
「もしもし」
受話器を取ると、2人が母の様子を見始めた。みるみるうちに母の様子が変わっていく。声が暗くなっていき、驚いた表情になる。何か重大な事だろうか? 徐々に2人の表情も変わっていく。
「はい、今すぐまいります」
母は受話器を置いた。母の様子がおかしい。何か重大な事が起きたようだ。
「び、病院に行くわよ!」
2人は呆然となった。どうして病院に行かなければならないんだろう。光男は首をかしげた。
「な、何があったんだ?」
父は目を大きくした。一体何だろう。親族に何があったんだろう。
「光也が交通事故に遭ったのよ!」
2人は開いた口はふさがらなかった。今さっき元気に電話をかけていた光也が交通事故に遭ったなんて。まるで悪夢を見ているようだ。だが、それは現実だ。
「何だって!」
光男も開いた口がふさがらなかった。どうして光也がこんな事になったんだろう。現実が信じられない。今日の夕方、あんなに元気だった光也が病院にいるなんて。
「命が危ないって」
母は真冬なのに汗を流していた。あまりにも焦っていた。光也の命が危ない。早く病院に行かなければ。
「そんな・・・」
光男はまだ現実が信じられなかった。どうしてこんな事にならなければならないんだろう。
「早く行こう!」
「うん」
3人は大急ぎで光也が担ぎ込まれた病院に向かった。駆けつけた救急隊員によると、命が危ないという。どうにか生きてほしい。こんな事で死んでほしくない。立派な大人になってほしい。だが、もう叶わなくなってしまうかもしれない。光也がどうして事故に遭わなければならなかったんだろう。神様はどうしてこんなむごい事をするんだろう。
車は父が運転し、後部座席には光男と母が座った。いつもは母が助手席に、光男と光也が後部座席に乗るのに、この日は違う。光也がいない。あまりそんな事はなかったのに、もうすぐこんな事がいつもになってしまうんだろうか? いや、そうであってはならない。
「どうして・・・、どうして・・・、今さっき元気に話していたのに・・・」
「お父さんも信じられん。どうして光也がそんな目に遭わなければならないんだ」
3人は病院に着いた。病院はしんとしている。病室の人はみんな寝ているんだろうか?受付は電気が消えている。ふたご座流星群はもう見えない。
「あっ、林さん!」
車がやって来るのを見つけて、看護婦がやって来た。3人を待っていたようだ。看護婦は冴えない表情だ。
「どうもこんばんは」
看護婦は声が小さい。元気がないようだが、他の理由があるようだ。
「光也は? 光也は大丈夫なの?」
母は必死な表情だ。光也が無事なのか知りたい。そして元気であってほしい。来年、2人そろって私立中学に進学する予定なのに。
「誠に残念ですが・・・」
看護婦は下を向いた。どうやら交通事故で死んだようだ。救急車で病院に向かう途中のようだ。信じたくない。でもそれは現実だ。
「そんな・・・、そんなの信じられない!」
父は泣き出した。光也を失った現実が信じられなかった。まるで悪夢のようだ。早く悪夢から覚めろと思った。だが、現実だ。
「お兄ちゃーん! こんな事、信じられないよ!」
光男は泣き崩れた。光男も現実が信じられなかった。こんな事で光也と永遠の別れをしなければならないなんて。どうしてこんなに早く逝ってしまったんだ。
「どうして・・・、どうして・・・、光也がこんな目に・・・」
母も泣き崩れた。どうしてこんなに早く逝かなければならないんだ。まだ夢を叶えてない。まだ12年余りしか生きていない。
「光也はどこ?」
「案内します」
看護婦は光也の遺体が安置されている部屋に案内した。3人はなかなか進めない。光也の死に顔なんて見たくない。こんなの信じられない。でも確かめないと。ひょっとしたら生き返るかもしれない。
4人は光也の遺体が安置されている部屋にやって来た。部屋の真ん中には、ベッドに仰向けになっている少年がいる。顔には白い布がかけられている。
少年を見て、父は肩を落とした。間違いなく光也だ。服でわかった。この服で塾に向かった。まさかこんな姿になって再会するとは。
「こちらでございます・・・」
それと共に、母は光也の手を握った。だが、動かない。そして、手が冷たい。死んだ事を表していた。死んでいてほしくないと願ったが、それは叶わなかった。もう笑顔を見ることができない。おはようとも、行ってきますとも、ただいまとも、そしておやすみなさいと言わない。
「光也・・・、光也ー!」
母は泣き崩れた。こんなの嘘だ。嘘だと言ってくれ。光也、生き返ってくれ。だが、生き返らない。あれだけ愛情をもって育ててきたのに、こんな形で永遠の別れをするなんて。両親も、光男も最期を看取る事ができなかった。
「こんな事、あっていいの?」
父は肩を叩いた。だが、母は泣き止まない。そんな父も泣いている。
「信じられん・・・、信じられん・・・」
父も泣き崩れた。交通事故で光也が死ぬなんて。あれだけ愛情をもって育ててきた光也がこんな事で死ぬなんて。
「どうして・・・、どうして・・・」
光男も泣いてしまった。もっと一緒に行きたかったのに。一緒に中学校に合格し、楽しい中学校生活を送ろうと約束していたのに。どうしてこんな事になったんだろう。
ふと、光男は外を見た。すると、流星群が見える。素敵な光景だけど、素直に喜べない。なぜならば、光也が交通事故で死んだからだ。こんな時に、喜んでなんかいられない。
「流れ星・・・」
それを聞いて、両親もやって来た。両親も流れ星を見始めた。だが、笑顔を見せることができない。
「光也は流れ星のようにあっという間に消えてしまったのかな?」
「そうかもしれない。でも、信じたくない・・・」
3人はいまだに光也の死を受け入れることができなかった。光也は流れ星のようにあっという間に人生を終えてしまったんだろうか? そう思うと、涙がより一層あふれてきた。
光男は流れ星を見て、その中に光也がいるんじゃないのかと思っていた。光也は星になって、僕らを見ているんだろうか? それとも天国から見ているんだろうか?
「だからな、お父さん、お兄ちゃんを失った悲しみを忘れるためにお兄ちゃん以上に勉強して頑張ったんだ。その結果、今の自分があるんだ」
その後、光男は死んだ光也の分も頑張った。その結果、東京の名門大学に進学し、今では多くの部下を持つサラリーマンになった。今の自分がいるのは光也の分も頑張ろうとしたからだ。
「ふーん」
達夫はその話を真剣に聞いていた。そして、聞いていると、自然と涙が出てきた。こんな悲しい話があったのか。
「でも、お兄ちゃんを失った悲しみを忘れる事ができないんだよ」
光男はうつむいた。そして、涙を流した。目を閉じると、光也と過ごした短い12年が走馬灯のようによみがえる。
「そうなんだ」
「あの流れ星の中に、お父さんのお兄ちゃんがいるのかな?」
達夫は流星群を見ながら、その中に光也がいるんだろうかと思った。流星群が流れていき、そして消えていく。それははかない光也の命のようにも見えた。
「そうだといいね。いつでも見守っているから」
母もその話を聞いていた。母はその話を聞いたことがない。その話を聞いて、涙を流さなかったものの、心に染みた。光也の分も頑張ったから、今の光男があるんだと思った。
「お兄ちゃん、僕らの家族をいつまでも見守っていてね」
光男はそのと流星群をじっと見た。その中に光也がいるんだろうか? そして、その言葉は光也に届いたんだろうか? 今は星になった光也へ。こんなに頑張る事ができたのは、お兄ちゃんのおかげだよ。でも、もっとお兄ちゃんと過ごしたかったな。そして、我が息子、達夫を見せたかったな。光也、遠い空からいつまでも俺たちを見守っていてね。
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