ダークエルフ、ルーン(7) 月のうみ

22、月の海


 月へやってきた鬼神。

 月の女神の案内のままに地下洞窟を抜けた、その先にて。

「なんとまあ!」おどろく。「これが、月の海か!」

 青く波打つ海。

 白くなめらかな岩。向こう岸は見渡せぬぐらい遠く、かすんでおる。

 広々とした景色である。ところどころ白い岩の柱が立っておるので、ああ、ここは洞窟だったなと思い出すぐらいである。

 見回すと、なんか、竹林のようなものがわしゃわしゃと生えておったりする。地下なのに。

 不思議なことだなあと、鬼神が天井を見上げると・・・

「透き通っておるのか」

「うむ。昼は眩しいほどに明るうなるのえ」

 高いところにある天井が、ぼんやりと白く輝いておるんである。

 その輝きは、どうやら、お日さんのある方向から来ておるようである。

 鬼神。

 足元から白い石ころを拾い上げ、光に透かしてみた。

 なるほど、この白い石は、微妙に透き通っておる。向こうが見えるほどではないが、光が透けてくるのだ。

「ははあ・・・これなら、お日さんが見れんでも、日光浴ができるわけだ」

「月に居ると、太陽はきらいになるえ」月の女神は冷淡な笑みを浮かべた。「眩しうて、きびしすぎて」

「たしかに、上はものすごかったものな」

 地下世界に広がる、広い広い海。

 その青い輝きは、見るうちにも群青色へ、そして深い紺色へと陰ってゆく。

「夜が来るのか」

「そえ。海遊びは明日にして、今夜は神殿にゆこう」


 月の女神は、入ってきたのとはちがう洞窟を昇り始めた。

 鬼神とガンメタ鬼神台、ついてゆく。

 オクトラは女神に抱かれておる。そのオクトラが、しゃべりだした。

<・・・・・・・・・妙雅より雑談。

 女神さま、とても興味深い光景でした。

 地面がほとんど一種類の石でできているのですね>

「うむ。奥の方はゴチャゴチャしておるが、表はこの白いのがほとんどやえ」

「地球とだいぶちがうのう」

「そえ。大きさも、だいぶちがうしの」

 月の海から、すこーしばかり、洞窟を昇ったところ。

 小さな円形の部屋に出た。部屋の中央に、白くてまあるいベットみたいなもんがある。

「あ。これは見たぞ。きのこ」

「そえ。きのこ。座る用」

「あの部屋とそっくりだのう。あの、湖の神殿の部屋と」

「私はこういう、こぢんまりした部屋が好きになったのえ。ダークエルフと知り合うてから」

 月の女神はぽーんと跳んで、きのこのベットにお尻から飛び乗った。

 ふわ~~~ん。ぽふり。

 まるで『浮遊』の魔術がかかったごとくして、ほっそりした身体がきのこに着地する。

 鬼神もまねしてみた。ふわ~~~ん。大っきな身体が、軽々と宙を舞う。ベットを飛び越し、天井にぶつかりそうになる。

「おわあ」

「力込めすぎえ」

 月の女神は笑って、手をかざし、鬼神を引き寄せた。

 空中の鬼神、どうしようもなく月の女神の腕に飛び込む。

「またその気色悪いわざか」

「女のすることに気色悪いなどという形容をすな」

 いちゃいちゃしたあと、月の女神は鈴を手にとって、ちりんちりんと鳴らした。

「はーい。女神さま、お戻りでしたか」

 奥の通路から、ダークエルフの巫女が出てきた。

 白い肌もあらわに透ける、白銀の薄絹一枚の姿である。

 出てきてから鬼神に気付き、びっくりして硬直した。ぷるんぷるん。

「あ・・・こ、これは失礼いたしました。お客さま」

「ああ、いやいや、こちらこそじゃ」

 あいさつなどをしたあと、女神が巫女に言いつけた。

「お夜食を。もどる前に食うたゆえ、軽いものでよし。それと、部屋ふたつ」

「かしこまりました!」

 巫女、薄絹の中の乳をぷるんぷるんさせながら引っ込んだ。

 アルフェロン湖の巫女にくらべて、落ち着きがないようである。

「ここの巫女は経験が浅いゆえ、しくじったりするかもしれぬ。大目に見てたもう」

「あん? ああ、私はそういう、失礼だとかなんとかはようわからんし、気にせんでええぞ」

「ふふふ。あほう」

「うるさいわ」

「ここの子らは『月の娘』と言うて、みな孤児なのえ」

「孤児だと? ・・・もしかして、あれか。ルーン嬢みたいに、地震で」

「それもあるが、たいていは病のせいやに。

 ダークエルフは見た目は立派やが、とにかく病に弱い。若いうちはともかく、大人はすぐ死ぬ」

「はかない種族だのう・・・」

 月の女神は自分で暖炉に火を入れた。

 部屋が少し冷え始めたんである。夜が来たのであろう。

 ぱちぱちぱち。火が踊る。

 部屋が明るく、温かくなってくる。

「鬼神台殿には、部屋が用意できるまで、いましばらくお待ちあれ」

 ぶわっさ。

 静かに控えておった、ガンメタリック・かぶとがにの勇者。器用にちょっと浮いて、おじぎ。

「相棒は上手に飛ぶのう。私はまだ、ここの、ふわ~んとするのに慣れれんわい」

 ぶわっさ。ぶわっさ・・・ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台。ふわんふわん左右に揺れて見せる。『さよう。どうも・・・勝手がちがいますな』といったところである。

「わっはっは。妙雅もそう思うだろう?」

<・・・・・・・・・はい。こちら妙雅。そうですね>

 オクトラが応答する。

<兄者は我が一族で一番の飛び手ですからね。

 オクトラはだめですね。万が一壊れたら直せませんし、おとなしくしときます>

「すまぬ。不自由な思いをさせてしもうた」と月の女神。「見晴らしのええ座を用意させるゆえ、許してたもう」

<・・・・・・・・・もったいないお言葉。オクトラは我が目のひとつにすぎませんので、どうぞ、お気遣いなく>

「よしよし。ときどきは、私も持ち運んでやろうわい」

<・・・・・・・・・おじちゃんは触るな>

「なんでじゃ!」

 ぶわっさ。・・・ぶわっさ、ぶわっさ?

 ガンメタ鬼神台、海のほうを鼻面で指す。

「うん? 海で遊んでくるというのか?」

 ぶわっさ。ぶわっさ?

「むろん、かまわぬえ。鬼神台殿なら、しくじりもせぬやろ」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、おじぎ。

 で、月の女神のほうへ鼻面を出してくる。

「オクトラかに?」女神さま、ぶわっさ会話スキル成功である。「はい」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、鼻面に乗せられたオクトラを、『力』のルーン使うてビシーッと保持。出てった。

「気をつかわせたかに?」

「あれは、あれだ。奴らは飯を食わんのでな。

 私らが気をつかわんように、席を外してくれたりするのだ」

「なるほど」


 月の海は、楽しいところであった。

 なんせ月にあっては、誰も彼も体重がとても軽くなる。

 ぽーんと飛ぶと、地球の何倍も高く飛べるんである。もとより怪力の鬼神であるが、軽々と身体が動くのはじつに楽しかった。

 鬼神はガンメタ鬼神台と一緒に、月世界を飛び回った。

 地下空間の中を飛んだ。

 地上に出て、太陽と地球を眺めながら、月の女神が造った空気の泡の中を飛んだ。

「せせこましいけれども、良いところだな。この世とも思えぬほどじゃ」

 ぶわっさ。

「あ、せせこましいっちゅうのは、お月さんには内緒な」

 ぶわっさぶわっさ・・・。


 鬼神と、月の女神。

 青い静かな神殿で、流れてゆく『時』というものを忘れてすごした。

 月の女神の音楽を楽しみ、巫女どもの舞いを眺め、食事をし、遊び、2人で抱き合って眠る。

 従者たちはと言えば、ガンメタ鬼神台は一度地上にもどり、巨人の国で整備を受けた。しばらく派手に活躍しとったので、ボディにだいぶキズが入っとったんである。ちなみに「ルーン嬢には会うたのか?」と訊くと、『・・・。』と首を振っておった。

 妙雅のオクトラは神殿のテーブルの上だとか、月の海の見晴らしのいい岩棚だとかに安置され、巫女と話をするようになった。巫女たちは初め恐がっておったが、妙雅は赤の他人と話すときは丁寧なので、打ち解けた。どうも鬼神の失敗談をばらしたようで、巫女どもが気やすく話しかけてくるようになった。


 月は温かくなった。

 それで、いままでは白く干からびておった月の大地にも、青い海が広がったという。

 地下世界ではありませんよ。地上にだ。

 地球から見えるぐらい、青くて大きな、月の海ができたというのだ。

 ハイエルフの学者などは「そんなことは絶対にない!」とおっしゃるのですがね。

 鬼神は、月の大地に輝かしく広がる青い海で、地球を見ながら泳いだのだ。


 ひと月がすぎたころ。

 月の女神が、こう宣言をした。

「私は、子を造ることにする」

「うむ? 子作りならば、何度もしたではないか」

「尋常の子作りのことではない」月の女神は、ほほえんだ。「月の生みの話やえ」


23、月のうみ


「こよ、こよ」

 月の女神は、両手を花びらのようにして、そう唱えた。

「鬼どもの神と月の子よ、この世に来よ。

 そなたらの幸せの待つこの常世(とこよ)、御出で(おいで)。

 こよ、こよ」


 そうしたところ、女神の手のひらの上に、3人の娘が現れたのである。


「なんと!」鬼神たまげる。「なんと小さな子じゃ。そして、光り輝いておる!」

 娘どもは、みな、とても小さかった。

 長女ですら、鬼神のこぶしぐらいしかない。そして光り輝いておる。

 次女は長女よりひと回り小さい。これまた光り輝いておる。

 末の三女は、鬼神の親指ぐらいしかなかった。この子だけは、輝いておらなんだ。

「すぐ大きうなるえ」

 月の女神はそう言うて、月の海の岸辺に生えておる、竹林のところへ行った。

 白い竹の林である。

 女神は、いちばん太い白竹を撫でた。

 すると、なんとしたことか!

 白い竹の真ん中にぽっかり穴が開いたではないか。

 女神はその綺麗な白い穴に長女を寝かせた。

 次に中くらいの太さの竹に穴を開け、次女を寝かせた。

 次に細い竹に穴を開け、三女を寝かせた。

「私たちの娘よ。すくすく育ちやれ。竹のごとく」

「なんとまあ!」

 鬼神はあきれた。

「私の知っとる子育てと、全然ちがうわ!」

「・・・私は月やに、ふつうの方法では子は埋めぬ」月の女神は鬼神を見上げた。「御不満か?」

「あ、いや。そうではないのだ。

 これで大丈夫なのか? と、心配をしておるだけだ。小さいしのう」

 鬼神は長女、次女、三女に順に顔を近付け、見守った。

 長女はぐっすり眠っておる。次女は鬼神が近付くと泣き出した。三女は鬼神をじーっと見つめ、きゃっきゃと笑い出した。

「よしよし。おまえも、泣かんでよいのだぞ。おまえのお父ちゃんなのだ。よしよし。おやすみ」


 3人の娘ども。日に日に大きくなる。

 ベットにされた竹の育つのと同じぐらい早く大きくなる。

 ひと月経って、まずは長女が竹から出てきた。

 見事に美しい娘である。母である月の女神と同じく、白く輝く、もやのようなものを身に纏っておる。

「もう歩けるのか」鬼神はおどろいた。「ひと月しか経っておらんのに」

「はい。父上」長女ははにかんで笑った。「私はずっと眠っておりましたので」

「ははあ。しかし大きくなったのう。もうふつうの、ハイエルフの娘っ子ぐらいあるぞ。すぐに母上に追いつきそうじゃ」

「そなたの娘やからに」

 月の女神はそう言うて、長女の淡い金色の髪を撫でた。

 鬼神も長女の髪を撫でた。まったく美しい娘である。つるんとした額をしておる。

「ツノはないのだな。息子どもには、ツノがあるのに」

「女やからに。ツノは隠しておくものえ」

 月の女神は長女を抱き締めた。

 鬼神も六腕を広げ、「さあおいで」と長女を呼ぶ。長女が飛びついてきたので、抱き上げた。

「きゃー」

「高い高ーい」

「きゃっきゃっ」

「やはり、母上の娘だな。笑い方がそっくりじゃ」

「ほほほ」


 ふた月めには、次女が竹から出てきた。

 これも見事に美しい娘である。そしてもやもやと輝いておる。

 ただ、なにがそんなに恐いのか、鬼神を見るとびびって逃げてしまいおった。

「・・・。」月の女神の背中に隠れ、じーっと鬼神を見つめてくる。「・・・。」

「なんでそんな恐がる」鬼神ちょっと傷つく。「お父ちゃんだぞ。ほら、なんも恐くないぞ」

 鬼神はじゃれついてきた長女を抱き上げ、高い高いした。

 ちなみに鬼神の高い高いは本当に高い。見上げるほどである。

 そしてここは月世界であるから、さらに高くなる。もはや空を遊泳するがごとしである。

 長女は自分の身長の3倍も4倍も高く放り上げられて、きゃっきゃ言いながら、ふわ~~~んと舞い降りてくる。

「ひっ」次女はそれにもびびって、母の背中に縮こまった。「お母ちゃん」

「ありゃ。かえって恐がらせてしもうたようだのう」

 鬼神は長女を抱き止め、『力』のルーンのわざ、『向きを変える』でするっとなめらかに着地させてやりながら、次女を見た。

「まあよい。なんも恐がることはないのだぞ」

「・・・はい。父上」

 次女は、長女が鬼神の肩に腰掛けるとき、膝に腰掛けるぐらいにはなついた。しかし高い高いは絶対にやろうとせなんだ。


 三女はなかなか出て来なんだ。

 この娘は初めから特別に小さかったが、成長も遅かったんである。

 ひと月でやっと鬼神のこぶしぐらいとなり、ふた月で鬼神の頭ぐらいまでは育った。

「・・・なんか、この子は上の2人とちがうのう」鬼神は心配してみつめた。「顔もなんか、不細工だぞ」

「あなや。なにを言うか。この阿呆。娘に不細工などと」

「いやなんか、上の2人みたいに光ったりもせんし、この子はちょっとちがうようだと思うたのだ」

 三女はぶすーとふくれた。

「ほれ見なえ。娘が傷ついてしもうた。なあ? お父ちゃん、阿呆やの?」

「あほう」

 三女が文句言うた。

 とても小っちゃい三女だから、声もとても小っちゃい。耳のいい鬼神でなければ、聞こえんほどであった。

「わっはっは! あいすまぬ。私が悪かった。可愛い娘よ。あやまる。このとおり」

 鬼神は三女のゆりかごとなっておる白い竹の前に正座して、頭を下げた。

「おまえも可愛い娘じゃ。元気に育ってくれよ」

「うん」


 三女は、み月経ってもさほど大きくならず、よ月、いつ月、む月と過ぎてようやく大きくなり始め、と月(10カ月)も経ってから、ようやく竹から這い出してきた。

 したところが、なんと、その姿!

 肌は赤みを帯びて、背は長女よりも次女よりも高く、肩や腰はがっしりとして、力強い。

 子供のころはなんかしわくちゃの猿みたいだった顔は、いまや年頃の娘らしい生き生きとした明るい表情。

 くりっと鬼神を見上げてくる目は、鬼神と同じ、黄色い小さな目である。

「おまえ、私にそっくりだのう!」鬼神はびっくりした。「それに、ずいぶん可愛くなったのう」

「ほんまか?」三女は疑わしそうにした。「お父ちゃん私のこと不細工言うたに? そっくりちゅうのは、不細工いう意味か?」

「ちがうわ! ・・・いや、あいすまぬ」

 鬼神はまた正座して、三女に頭を下げた。

「もはやそんなことはちっともない。可愛い娘じゃ。

 そっくりというのは、あれだ。ほら。そなたは、とても鬼の娘らしい見た目だなという意味じゃ」

「・・・。」

 三女は鬼神をじーっと見たあと、抱きついてきた。

「高い高いして」

「おう。ええぞ。ほーれ、高い高ーい」

「きゃーーー! ほんまに高いえーーー!」


24、鬼の娘


 鬼神の娘たち。

 元気に月の海を走り回るようになった。

 長女と三女、素っ裸になって月の海に飛び込みおる。

 次女だけは海も恐がり、絶対に近付こうとせぬ。あるとき三女に無理やり引きずり込まれ(三女は力が強いんである)、次女は溺れそうになってしまい、以来岸辺にも近付かぬようになってしもうた。

「あの子はちょっと、どうにかしたほうがええんじゃないか」

 鬼神は隅っこのほうで小さくなる次女を見て言うた。

「暴れろとは言わんが、あんなに恐がっとるのは、きっと本人がつらいにちがいない」

「なにを恐がっておるかによる」

 月の女神は答えた。そして竪琴を抱え、立ち上がる。

「そなたはあっちの2人と遊んでおやり」

「おう」

 鬼神も素っ裸になり、月の海に飛び込む。長女と三女は高い高いをせがむ。鬼神、2人をブン投げる。

 素っ裸の娘2人、遥か彼方までぶっ飛んで、ふわ~~~んと海に落ちる。

 ガンメタ鬼神台が『おいおい』っちゅう感じで心配して見に行った。

 2人はきゃっきゃ言いながら泳いで帰ってきて、途中からガンメタ鬼神台によじ登り、空飛んで帰ってきた。

 そしてまた途中で飛び降りて月の海に潜る。まるで人魚である。

「ちちうえー!」長女が叫んでくる。「お外、行こ」

「おそとー!」三女も叫んでくる。

 お外というのは、地上のことである。

「いまは昼じゃ。外は、暑いぞ?」と鬼神は指摘したが、

「暑いの好きー!」「暑いからええのえ!」娘どもは気にしておらぬ。

 外に行く。外の海で泳ぐ。「暑い!」「暑い暑い暑い、死ぬるう!」地下にもどる。

「元気なやつらじゃ」

 ぶわっさ。

 月の女神は、次女のところに居った。次女の髪を編んで、手鏡で見せてやり、次女がじーっと見ておるあいだ、竪琴を弾く。

 次女が満足すると髪をほどき、また別なやり方で編み上げる。手鏡で見せてやり、竪琴を弾く。

 月の女神の歌、その調べには、傷ついた心を癒やす力もあるという。次女の顔は見る見る明るくなっていったので、きっと本当なのであろう。

 やがて次女は竪琴をいじるようになり、本格的に練習するようになった。


 3人の娘どもはすぐに大人になり、それぞれ才能を発揮し始めた。


 長女は、わざの使い手である。

「父上ー!」

「おう。どうした」

 ぴょんと飛びついてくる長女。あわてて受け止める鬼神。

 ぱっ! 長女、粉々に散って、消える。

「ひっ!?」鬼神びびる。

「あはははは」

 長女、ゆらゆらと揺れながら、もとにもどる。

「む! おまえもしかして、『水鏡の術』が使えるようになったのか?」

「そうですえ」幻の長女がにこにこ笑った。「いかが? 見破れますかに?」

「表へ出ろ!」

 鬼神は表へ出ると「相棒!」ガンメタ鬼神台を呼び、指先に止まらせた。

 指先をゆらゆらする。ガンメタ鬼神台、葦にとまったとんぼのごとく、ゆらゆらと揺れる。

 長女、不思議そうに見つめる。

「・・・なにをしておられるのです?」

「『水鏡の術』、破れたり!」

 鬼神は長女を捕まえた。

「ええー!?」長女ふくれる。「なんでわかったのえ?」

「それはな。こういうことなのだ」

 鬼神は、かつて月の女神にしてやったのと同じ説明をした。

「あなや」長女は天を仰いだ。「母上と同じわなに引っ掛かってしもうた」


 次女は、音楽家である。

<二の姫君、竪琴がお上手になられましたね>

 ある日、食事の席にて、テーブルの上に安置されておるオクトラが次女に言った。

「そえ? ありがとう。妙雅」

「ほう! そうなのか」鬼神が身を乗り出す。

<・・・・・・・・・はい。今日は次女様に持ち運んでもらう日でしたので、朝から一緒に居りましてね。

 お部屋で竪琴を聞かせて頂いたわけです。いい曲でしたよ。やくとくですね!>

 近ごろは、3人の娘が日替わりでオクトラ係となっておる。

 これはオクトラをあっち持ってったりこっち持ってったりしてやる係である。今日は次女の番なのであった。

 次女はオクトラを撫でて、にっこり笑った。鬼神もにっこりした。すると次女はちょっとびびった。

「なあ。娘よ。私の顔、そんなに恐いか?」鬼神しょんぼりする。

「いえ、そんな」

<・・・・・・・・・訊くまでもないことじゃ。鏡を見ろっちゅうことじゃ>

「鬼神から妙雅へ。いまのはちょっと腹が立ったぞ。じゃから、おまえを逆さまにする。以上じゃ」

 言うと、鬼神はオクトラをひっくり返した。

<・・・・・・・・・いらんことをするな! もどして。もどせ!>

 オクトラがじたばたする。次女が笑って元に戻した。


 そして三女であるが、これはどうも、鬼の血をもっともよく継いでおるようであった。

 けんかをすると(次女は嫌がるが、長女は結構やった)いちばん強いし、負けず嫌いでもある。

 教えてもないのに『夜目』もできるようになるわ、笑い方も豪快だわで、鬼神によう似ておった。

 ただ、何が得意のわざか? っちゅうことになると、これがいまいちわからなんだ。

「・・・。」

 ある日、三女が黙って考え込んでおるので、鬼神は訊いてみることにした。

「どうしたのだ。娘よ。何を悩んでおる」

「父上。私はいったい、なにえ?」

「なにとはなんだ。おまえは、私とお月さんの娘ではないか」

「それは生まれやに。私がなにかという答えにはならぬ」

「なんと!」鬼神は喜んだ。「おまえは本当に、若いころの私そっくりじゃ」

「父上も、こんなことで悩んだのかに?」

「そうだぞ」

 鬼神は自分の若いころの話をしてやった。

 自分が何者かわからず、いらいらしておったこと。名すらなかったころの思い出を。

 三女は黙って聞いておったが、ふと、鬼神を試すような目つきをした。

「──そんな父上が、なんで神さまになったのえ?」

「む」

「なにえ? なにか悪いことを訊いたかに?」

「い、いやいや。そ・・・それはだな・・・」

 鬼神言いづらい。

 自分が神になったのは、巨人に認められたからである。

 しかしそれを話すと、放っぽり出してきた妻のことも話す羽目になり、娘に「おまえは浮気の結果じゃ」と言う羽目になる。

「ううむ・・・私の口からは、少々言いづらいのう」

「なんでそんな、後ろめたいことになるのえ? 神さまやに」

「ぬぬう・・・」

<三の姫君。それは私がご説明いたしましょう!>

 長女に抱かれたオクトラが颯爽とやってきた。

「やめろ」鬼神、あわてた。「ええいわかった。話す。話すから、二の姉者も、あと母上も、呼んでくるがよい」

 そうして鬼神は自分の昔話をした。

 したところ。

 3人の娘。意外とケロッとしておる。

「というわけだが・・・?」

「父上」と長女。

「なんじゃ」

「父上はまこと、正直者やに」長女はニヤリとした。

「は?」

「うむ。聞いておった話と、ほとんど変わらぬ」三女もニヤニヤする。

「なんだと? おまえら、知っておったのか」

「うん」と長女。「知っておったえ」と三女。

「だましたな!」

 鬼神ちょっとキレた。

 しかし「そう言えば、こやつらの母は、ひとを騙すの大好きな女だったわい」と思い出し、あきらめた。

 実際、長女も三女も月の女神も、ニヤニヤとじつに楽しそうにこちらを見ておる。

「くそう。まあええわ。いったい、誰に聞いたのじゃ?」

 長女三女はそっぽ向いた。

 鬼神、次女を見る。

 次女、どもりながら答える。「あ、あの・・・巫女と、母上に」

「あーあ!」三女は次女の背中を叩いた。「姉者も正直者やに!」


 さて、こうして娘どもが大人になってくると、問題が発生する。

 それは、『世の中』という問題である。


「そなたらを、一人前と認める」

 ある日、月の女神がそう認めた。

「長女や。そなたは十分なる術の使い手え。魔術を学べばさらによくなろう。

 次女や。そなたも、流しで金を取るぐらいはできよう。師匠となるにはまだまだやが。

 三女や。そなたはたくましく、知恵もよくはたらく。世の中に出ればきっと頭角を表わそう」

 すると。

 子供のころはいちばん恐がりだった次女が、すっと手を挙げた。

「母上。それでは、私は地球に降りてみたいですえ」

「おお」鬼神感動する。「立派になったのう」

「私はずうっと、正体のないものを恐れておりましたに」

 次女は言った。

「この世には、私と同じように、正体のないものを恐れる娘も居るはず。

 そのような娘に、竪琴がなにかの助けになればと思いますのえ」

「ふむ。立派な心がけえ」月の女神、喜ぶが、すぐ渋い顔になる。「ううむ・・・そやに・・・」

「なにか問題があるのか?」と鬼神。

「あると言えばある。いまだないと言えばない」

「ならば、この鬼神がお伴をしよう。それなら安全だろう」

「いや、そのような、単純な力による危険ではないに」

 しばらく待つも、月の女神は答えを出せぬ様子。

 鬼神。

 次女の味方をした。

 なんでといって、鬼神は母に旅立ちを強烈に妨害された経験があるからである。

「3人とも、もう大人なのだ。いつまでも家の中に留めておくことはできぬ」

「それはそえ。そやに・・・」

「少々の危険は、人生にはつきものじゃ。母上。この私に任せよ」

「しかし・・・」

「私も同行いたしますえ」長女が言い出した。「母上。私は、ダークエルフの術を学びとうございまする」

「うう・・・たしかに、神殿からも、そなたらに会いたいと頼まれておるが・・・」

 月の女神は悩んだ。

「みな、行ってしまうのか? 私はまた、ひとりになるのか?」

「私はもうしばらく、ここに残りたいと思うております」

 三女が月の女神の肩を撫でた。

「そやに、一・二の姉者、行ってらっしゃい」

「これ。勝手に・・・」

「母上。姉者だけではありませぬ。鬼神台殿も、だいぶ長いこと里帰りしておられませんに。

 月の道を出せるのは母上のみですえ」

「それはそうやが」

「まさか、皆さまを閉じ込めるようなことはなさいますまい?」

「この月の女神、そのような邪悪なこと、断じてせぬ!」

 月の女神は立ち上がった。

「ええい! わかったえ!

 ・・・次の新月がすぎるまで待ちなえ。

 さすれば、月の道を繋げ、そなたらを送り出すと、約束しよう」


 鬼の娘ども。

 こうして、地球へ降りることになるのであった。

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