鬼の神と空飛ぶ生きもの

1、鬼神、かんがえる


「2人とも、治ってよかったな」

 と、鬼神。

「うむ」と長男。

 先日の戦いで負傷した、長男次男。

 ベットから起きれるようになり、鬼神と会話中である。

「死んだかと思うたわ!」と次男。「なんだ、あの、バチンとくるやつは」

<雷(いかづち)らしいですよ>

 妙雅が答えた。

 いつものように、建築ユニットでの会話である。6本足1つ目の虫形からくり。相変わらず、見た目がこわい。

 なんでか鬼神にピターッとくっついてうずくまっとるため、鬼神動きづらい。ちょっとイラつく。

<きしにぃが言ってました。結構強い電撃でびっくりしたと>

「誰だ。きしにいとは」と次男。

<鬼神台兄ちゃん>

「そう言えば、鬼神台は無事か?」と長男。「えらい状態で運び込まれておったが」

<はい。あぶないとこでしたけどね。いまは、三男殿が博士に改造の相談をしてます>

「改造?」

<三男殿が、鬼神台を強化すべきじゃと言うてがんばっておるのです。博士は反対の御立場>

「強くなって、何が悪いのだ」

<鬼のみなさんの腕を引っこ抜いて巨人の腕に差し替えてもいいのか? という問題らしいです>

「不気味なたとえだな」

<博士はそういう心配をしておられるのです。つまり、気が狂うんじゃないかという心配です。

 三男殿は、私が──妙雅が自分を平気で拡張してるんだから、鬼神台だって大丈夫だと主張してます>

「わからんわ!」次男が言うた。「人間と、ちがいすぎて!」

「うむ。専門家に任せよう」と長男。

「そうだな。私も任せとるのだ」と鬼神。

<おじちゃんは話自体わかってないじゃないですか>

「わかっとるわ! こう見えて、私も後から腕が4本増えた男だ。そういう話は、わかるのだ」

<ほんとかなあ>

 建築ユニット、ギョロリと鬼神を睨む。まるで激怒しとるがごとき睨みっぷり。だが、これで平常。デザインが悪いんである。

「おまえこそ、相談に加わらんのか? いちばんの経験者ではないか。自分を改造するという点では」

<まあそうなんですけどね。私は三男殿に賛成なんですけどね。まあ、私は兄者たちの製作者ではないので>

「おまえ、博士に口答えしたくないだけだろうが」と次男。「色気出しおって」

<んなこたないですよ!>

 みな、お茶を呑む。

「あ、そうだ」と鬼神。「一の兄者よ。聞いておきたいことがあったのだ」

「何ぞ? 父上」と長男。

「おまえあのとき、なんか迷ったじゃないか」

「うん?」

「私が『大将やってくれ』と言うたときだ。なんかためらったろう? あれはなんでじゃ」

「監獄行く前のことだろう」次男も言うた。「兄者、なんか言いたそうにしとったではないか」

「・・・ああ、あのときか」


 飛び出した妙雅を止めて、みんなで妙雅の甲板に座って話をしたときのこと。

 鬼神が「兄者よ、また、大将をたのむ」と言うたら、

 長男は「・・・」となったんであった。

 前にも大将やったことがあるのに、なんでためらうのか? 鬼神は気になっとったんである。


「いや、本当に大したことではないのだ」長男は笑った。「たまには譲ってくれと思うただけだ」

「ゆずる?」

「前衛をな。俺だって、ずっと後ろで見とるのはつらいのだ」

「兄者も手柄が欲しいのだろう?」と次男。「わかるぞ!」

「おう。そうよ」

<自分が戦えないとイライラしますからね>

「まさによ。わかるか、妙雅」

<そりゃあもう、手が出せないということについては、私ほどわかる者は居らんのじゃないですかね>

 兄弟と妙雅はきゃっきゃいうて楽しそうにしゃべりだした。

「なるほどな。ゆずる・・・ゆずる、か」

 鬼神は1人、真面目な顔になって考え込む。

 そして、立ち上がる。

「では、私は母上のところへもどる。またな」

「おう」

 鬼神、くっついて邪魔な建築ユニットを押しのけ、兄弟の部屋から出る。

 廊下を歩きつつ、考える。

「・・・そうだのう。そろそろ、本格的に考えてもいいころだ。ゆずるということをな」


「ゆずる?」目がひとつしかない妻。首をひねる。「なにをゆずるのです?」

「王さまじゃ」と鬼神。

 目がひとつしかない妻、ちくちくやっている編み物を一瞬停止。

 鬼神を見た。

「・・・譲位(じょうい)ということですか?」

「うむ」

「それはまた、突然な」編み物再開。ちくちく。「なにか、不満でもあるのですか?」

「いや、特にないが」

「ではなんでです?」

「なんでといって、私は歳を取らんだろう?」

「はい。そのようですね。私たち巨人と一緒で」

「しかし、息子どもはどうやら、歳を取るようだ。長男なんか、ええおっさんになってしもうとる」

「どうやらそのようですね。先のことを考えたくはないところです」

「そうなのだ。私もちょっとつらいのだが、そういう定めならば仕方がない。

 だから、ここらへんでポーンと放り出して、ゆずってだな。

 自分で飛べと、そうしてやるのがいいんじゃないか」

「なるほど・・・」

 目がひとつしかない妻は、ここでちくちくやっていた編み物を置いた。

「しかし、いきなり王をやらせては、内からも外からもばかにされ、スキを突かれてしまいます」

「いきなりにはせぬ」鬼神は微笑んだ。「そのために、おまえだけに相談をしとるわけだ」

 目がひとつしかない妻。

 なにかを噛みしめるようにし、ひとつしかない目を閉じ・・・そして、うなずいた。

「そうですね。少し先の話ですが、譲位のこと、考えましょう」

「うむ。そうしようではないか」

 話がまとまる。

 鬼神は「ちょっとさんぽに行ってくる」と告げて、工房のお山を出た。


 鬼どもの神、さんぽをする。

 スタスタ歩いていくうちに。

 なんとも言えん、ぱあーっと周囲が明るくなるような心持ちとなる。


「なんだ、この明るい気持ちは」

 鬼神、不思議がる。

「おかしいな? 巨人の国の王であることを、嫌だと思ったことはないのに。

 ゆずると決めたとたん、世界が明るく晴れ渡ったような気分だ」

 不思議がるが、答えはわからぬ。

 わからぬままに、明るい気持ちで、さんぽした。

 よい気分となって、工房へもどる。

 すると、たこが飛んできた。<あ、見つけた>

「なんじゃ。妙雅か。どうした。またどろぼうコボルドか」

<ちがいますよ。そんな何回もやられはしませんよ>

「ではなんじゃ。また飛び出すのか」

<うるさいなあ! その話はもう終わり!>

 妙雅、先日のことで、巨人の王にめっちゃ叱られたらしい。

 あのことを言うと、すごく嫌がるんである。

<三男殿が探してますよ。鬼神台のことで、決着が付いたようです>


「来たか父上!」

 三男がでーんと立って、鬼神を迎えた。

 工房にある、空飛ぶ台の製作・修理場である。

 隣には、エスロ博士。礼儀正しく、鬼神におじぎ。

「来たぞ。決着したそうだな。どうするのじゃ?」

「鬼神台を、改造する!」

 三男はうれしそうに答えた。

「鬼神台本人には、当然了承を取ってある。エスロ博士にも、許可をもろうた。あとは、父上じゃ」

「本人がええと言うのなら、ええんじゃないか?」

「・・・なんじゃ」三男がっくりした。「気のない返事をしおってからに」

「いや、私にはわからん分野のことだしな。

 それに、これはたぶん、あれだ。

 本人の勇気が、いちばん重要なんではないか?」

「勇気か・・・」三男うなずく。「そうじゃな」

「そうだ。だから、本人が勇気をふるって決意したんなら、応援するのみだ。

 相棒はいま、どこに居るんじゃ?」

「自分の部屋に居るぞ」

「では励ましてくる」

「触るなよ! 絶対安静じゃから、触るなよ!」

「わかったわかった!」


「まったく、毎回毎回、うるさいわ!」

 鬼神、ブツブツ言いつつ、鬼神台の私室へ。

 ノック。

 むわっさ。中から鬼神台の声がした。なんか変に声がくぐもっておる。

「私だ。入るぞ、相棒」

 むわっさ。

 ぎい。

 ドアを開けて入ると、白い布のかたまりが居った。

「ぬう!」

 鬼神、止まる。

 むわっさ。白いかたまりから、くぐもった声がした。

「ああ、おまえか。包帯巻いとるのか」


 白い布でグルグル巻きにされた鬼神台。

 なんかもう巻きすぎて繭(まゆ)みたいになってしまっておる。

 だが、このぐらいする必要があるんであろう。

 なんせ鬼神台、いまは飛ぶことも走ることもできん。身動き取れんのだからして。

 誰かが(誰とは言いませんがね)イライラして地震なんぞ起こしてみなさい。いまの鬼神台だとひっくり返ってしまいかねん。

 あるいは、ちょっと物が落ちてきて、呪文版にぶち当たったりしたら。それで生命が失われてしまいかねんのだから。


 むわっさ。むわっさ。鬼神台、なんか訴えてきおる。

「三の兄者から聞いたぞ。改造を決意したそうだな」

 むわっさ。

「どうした。恐いのか?」

 ・・・むわっさ。

 鬼神、グルグル巻きの隣に座る。ついぽんぽんと叩こうとしてしまい、慌てて自分の頭を撫でて誤魔化す。

 ・・・むわっさ?

「いや叩かん。叩かんぞ。大丈夫じゃ。触るなとしつこく言われたからのう」

 ・・・。鬼神台、じとーっと見てくるようである。

「おまえなら大丈夫じゃ。私だって、ほれ、見ろ」

 鬼神は六腕をがばあと広げて見せた。

「この真ん中の腕と、下の腕はな。もともとはなかった腕なのだ。

 腕が4本も生えてきたのに、こうして元気に神なんぞやっておる。

 すこぶる、調子もよいのだ」

 むわっさ。

「おまえも知っとるかもしれんが、私はこの六腕になって、初めて義父上に勝ったのだ。

 六腕にならなんだら、義父上には勝てんかったろうし、国王にもなれんかったろう。

 そしたら結婚もしとらんし、息子も居らんかったし、おまえとだって、会うことはなかったのだ」

 鬼神。

 グルグル巻きの相棒を見て、にっこりした。

「生まれ変わったおかげで、そんな風に、いろんなことが起こったわけだ。

 そうしたことは、きっとおまえにも起こるはずだ」

 むわっさ。鬼神台、うなずいたようである。

「うむ。ではな。生まれ変わって、また会おう!」

 むわっさ!


 それからしばらく経った、ある日のこと。

 三男が、作業着姿で鬼神のところへやってきた。

「父上。頼みがあるんじゃ」

「なんじゃ」

「わしが造った甲冑力士と、ちょっとすもうをしてみてくれんか」


2、甲冑力士、すもうをとる


「は?」鬼神、困惑する。「おまえ、鬼神台の改造をやっとったんじゃないのか?」

「やっとった」三男うなずく。「じゃが、その過程においてじゃ。試験が必要となったわけじゃ」

「しけんか」

 三男、一瞬ニヤリとするが、咳払いして真顔にもどる。

「うむ。試験じゃ。甲冑力士の、すもう能力の試験が必要なんじゃ」

「何がどうつながるのかさっぱりだが。いまはヒマだし、一刻(2時間)ぐらいなら、かまわんぞ」


 鬼神、三男に案内され、外に出る。

 玄関を出たところで、見たことのない空飛ぶ物体がやってきた。

 9本の黒い筒が縦になった状態で繋がり、そのまんま宙に浮いとるという、不可思議な飛行物体である。

 中央に太めの筒。その周囲に8本の小さめの筒である。

 なにかにとてもよく似ておる。

 たこにもちょっと似とるが、もっとそっくりなもんがある。

「小っちゃい妙雅みたいなやつ!」鬼神はうなった。「甲冑力士か?」

<なんでじゃ>謎の飛行物体から、妙雅の声がした。

「ちがうわい」三男も否定する。

<妙雅です。いかがです? オクトラは>

「おくとら?」

<これです。私の造った、新世代たこです。

 オクトラと命名しました。羽根なしで浮遊するところがチャームポイントです>

「おまえが造ったのか。すごいのう」

 鬼神、ひょいと手を伸ばした。

 オクトラ、さっと逃げた。

<おっと、そうはいかない>

「なんでも手を出すくせはやめんか」三男が苦々しく言うた。「ぶっ壊れるで、ホンマにやめよ」

「壊さんわ。たこだって、壊さずに掴んどるだろうが」

 言い返しつつ、鬼神、ひょいと手を伸ばした。

 オクトラ、さっと逃げた。

「・・・素早いな」

<ふっふっふ。おじちゃんの手掴み速度は把握済みです。ちゃんと回避速度を確保してあるのです>

「なんと。かしこいのう」鬼神は褒めた。「いやはやまったく、おまえの知恵には敵わんわい」

<そうでしょうそうでしょう>

 妙雅が鼻高々に言ったところで、鬼神ふっと手を伸ばす。

<あっ!?>回避間に合わない。オクトラ掴まれる。<ぎゃあ! ぎゃあ!>

「さ、行くか」


 三男に案内された先。

 地面の上に、黒いパネルが敷きつめられておる。

 パネルは正八角形になっており、その中央に、うずくまる物体あり。

 甲冑らしき、でっかい物体が。

「なんじゃ、あれは」

<土俵です。放して。放せ。放さんか>

「甲冑力士じゃ」と三男。

「人間には見えんが・・・」


 甲冑力士。

 とても人間とは思えんかたちなんである。

 全体に平べったい。横にやたらと広く、前後に長い。そして背は全然低くて、三男より低いぐらい。

 そしてなんか、頭がどこにあるかわからん。しっぽみたいなもんが突き出しとるところを見ると、おそらくそっちが尻なんであろうが、頭がどこにあるかわからぬ。腕もなく足もなく、なんか、胴体だけみたいな感じである。

 おたまじゃくしを平たくしたような、なんともいえん、不細工なかたちをしとるんである。


「薄気味悪いやつだな・・・」

 鬼神つぶやく。

 すると甲冑力士、ぎくっとしたみたいに動いた。

「ひどいことを言うんじゃない。甲冑力士が傷ついとるじゃないか」

「あいすまぬ。いや、私も人並み外れたかたちをしとるけれどもだ。こやつ、どう見ても、力士じゃないだろう」

「甲冑力士じゃ」

「はあ」

「ほれでじゃ。早速すもうを取ってもらいたいんじゃが」

「このパネルの上でか? 割れたりせんのか?」

<さあ?>

 鬼神が掴んだままのオクトラが素っ気ない感じで言う。

「おい。割れたらけがするだろうが」

<パネルの強度試験もついでにやりたいのです。ちょっとあぶないですが、おじちゃんなら大丈夫かなと思って>

「おまえな。この前、空から私を落っことしたのもおまえの指示だそうだがな、私を舐めるのも、たいがいにせよ」

<はーい>

 この会話を聞いた甲冑力士。なぜかたじろぐ。

「なんだ。力士どの。あんたに言うたんではないぞ」

 鬼神は小っちゃい妙雅みたいな飛行物体(オクトラです!)を手放した。

 オクトラ、ヨレヨレと空に舞い上がり、鬼神の手の届かんとこまで逃げてゆく。

 鬼神はもうそっちにはかまわず、黒いパネルの『土俵』の上に乗った。

「力士どの。お初にお目にかかる。私とすもうを取りたいとのことだが?」

 がちゃこん。

 甲冑力士、甲冑を鳴らしてがくんと前後に揺れる。うなずいたのか? いまいちわかりづらい動作である。

「・・・ええと。口は利けんのか?」

 がっちゃらこん。甲冑、左右に首(?)を振る。

「そうか。まあ、ええぞ。私の相棒もぶわっさしか言わんが、私は仲良くやっとるつもりだ。

 あんたとも、仲良くしたいもんだのう?」

 がちゃこん。

「・・・もうええか?」と三男。

「うむ」と鬼神。「たぶん、なんか、あいさつはできたということでええんじゃないか?」

「ほじゃ、やるか。三本先取っちゅうことでやるぞ」

<行司(ぎょうじ)は私が務めますね>

「うむ」


 鬼神、上着を脱ぐ。

 国王の服はズタボロにされてしもうたので、いまは間に合わせの巨人の服である。人間だと埋もれてしまうぐらいの巨大服であるが、鬼神なら調整すれば着れんこともない。しかしダブついて邪魔なので脱いだ。

<きゃあー>妙雅がのぺーっとした声で悲鳴を上げた。

「ええから、とっとと行司をやれ」

<はーい>

「壊すなよ」三男が言うてきた。「絶対壊すな。ええな?」

「ええぞ。かかってこい」

「甲冑は壊れたり取れたりしてもかまわん。じゃが、中身をぺちゃんこにしたり、貫いたりは絶対にするなよ」

「そんなことせんわ! 尋常にすもうをするわい。かかってこい」

「カチ割るのもだめじゃぞ。転がすにしても、優しくせよ」

「うるさいわ! 優しくすもうて、なんじゃ!」

 鬼神キレる。

「おまえな! なんかもう、そんな大切なんなら、しまっとけ! なんで、すもうをさせる」

「そりゃあ、試験をせにゃならんからじゃ」

 三男、憮然とする。

「こやつはパワーがごっついんで、わしらじゃ試験にならんのじゃ」

「ほう? 力があるのか」

「そうじゃ。加えてじゃ。こやつが父上に相手をして欲しがっとるんじゃ」

「そうなのか? しゃべれんのに、よくわかったのう」

「うむ。ぜひ陛下にお相手願いたいと言うとるんじゃ。ほじゃけ、師匠になったつもりで、ひとつたのむ」

「ほほう? 私が師匠? ほうほう! よしよし! よかろう!」

 鬼神、機嫌を直す。

「胸を貸してやる。さあ、かかって来るがよい!」

 ぶわっさ! 甲冑力士が位置についた。

「・・・おい待て」鬼神、力士を指差す。「いまこいつ、ぶわっさっちゅうたぞ」

「気のせいじゃ! 妙雅、とっとと始めよ!」

<よいはっけよーい!>

「いや、ちょっと待てと言うに。いまその甲冑力士の中から、鬼神d──」

「がんばれ! 謎の甲冑力士ぃ!」三男突然叫ぶ。

<のこったのこったぁぁぁ!>妙雅も急にあおり出す。

 甲冑力士、前進。

 どす。頭(?)を鬼神につけてきた。

 そして。


 どおん! 『力』のルーン発動!


「は?」

 鬼神、空の彼方に吹っ飛ばされる!

 青い空へくるくると舞い上がる。六腕の巨体が見る見る小さくなる。

 空には目にも眩い太陽が輝いておったが、そのすぐそばをぶっ飛んで、赤い鬼どもの神は、空の彼方に消え去った。


<吹き飛ばしー。吹き飛ばしで、きしのそらの勝ちぃー!>


 三男、妙雅。そして謎の甲冑力士、きしのそら。

 待つ。

<・・・戻ってきませんね>

「うむ」

<迷ってるんでしょうか?>

「さあ? わし、腹減った。スープ呑んでくる」

<はーい>


 半刻(1時間ほど)して。

 泥まみれになった鬼神が、スッタラスッタラ走って戻ってきた。

「おまえ! おい!」顔真っ赤にして怒鳴る。「おまえ、相棒だろう! どう見ても! その『力』のルーn」

「もどってきたか!」三男さえぎる。「ほじゃ2本目じゃ! 3本先取じゃからな!」

「いやおまえ、中身を見せr」

<はっけよーい! のこったぁー!>

 甲冑力士前進!

「甘いわ!」鬼神怒った! 「2回も喰らうか! それ!」

 ぶっ壊さんように六腕で甲冑抱いて、ポイッと投げ飛ばす。

 さすがは鬼神。

 相手を壊さんように配慮しながら、見事なポイ投げである!

 謎の力士、子供にいじめられた、かぶとむしのごとし! ひっくり返って土俵の外へ。

「ふん。まだまだじゃ。力士としてはのう!」

 鬼神ぱんぱんと手をはたき、背中を向ける。

「おい、行司。軍配を上げよ。私の勝ちじゃ。ポイ投げで、鬼の神の勝ちだぞ」

 と、そのとき。

 鬼神の背後にて。

 甲冑力士が・・・。

 空中に静止しておった、甲冑力士が・・・!

 ふわ~~ん。

 浮かび上がって。

 ぐるり。空中で、元の姿勢にもどって。

 そして、甲冑の頭・・・いや背中? を、パカッと開けて。

 そっから大砲のごときものを突き出して・・・


 なんか撃った。


 ぼっふぁーーーん!!!


「うおっほ!」鬼神むせる。「ぶおっほ、むおっほ、むうっほ! この煙は!」

 白い煙、大爆発。鬼神、煙に巻かれ、右も左もわからぬありさま。

 どす。背中になんかぶつかってきた。

「ぬう!?」

 訳もわからんまま、グイグイ押されて歩かされる鬼神。

<きしのーーーそらー!>

 軍配上がる。

<けむりだまで、きしのそらの勝ちー!>

「は?」

 煙が晴れる。

 鬼神、足元を見る。地面である。

 鬼神、後ろを見る。黒いパネルのギリギリんとこに、甲冑力士がふわ~~~んと浮かんでおる。

 大砲のごときもんは突き出したままで、かすかに煙を立てておる。

 鬼神が睨むと、ちょっと横向いた。『仲間に砲口向けてはいかん』という常識はあるようである。

「・・・おまえ、煙玉撃てるようになったのか」

 ぶわっさ。

「ほら言うた! いまぶわっさ言うたぞ! いま間違いなくぶわっさ言うたぞ!

 もう誤魔化されんぞおまえ! おい! その甲冑脱げ!」

 ぶぶぶぶわっさ!

「ちょっとちがう感じに声出してもむだじゃ! この! 騙しおって!

 それにだ、行司よ! いまのは私の勝ちだろうが。ズルをするな」

<ズルなんかしてませんが?>

「さっきこいつ、ひっくり返って土俵の外に落ちたじゃないか! アウトじゃ!」

<セーフ。地面に着いてないのでセーフです>

「は?」

 鬼神きょとんとする。

「・・・地面に着いてない?」

 ぶわっさ。

 甲冑力士、空中に浮かび上がり、土俵の外へ。

 ぐるり。子供にいじめられた、かぶとむしのごとし! ひっくり返って地面スレスレへ。

 だが地面には接しておらん。

 ぐるり。元にもどる。

 ぶわっさ? ──『どうかね? これでも私の負けと言うのかね?』との、実演であった。

「・・・くそっ!」鬼神、自分の太腿を叩いて、悔しがる。「そうだわ! おまえ、飛べるんだったわ!」

 ぶわっさっさっさ!

「笑うな!」


<はっけよーい・・・・・・・・・のこったのこった! のこったのこった!>

 3本目。

 やっとこさ、まともに噛み合った試合になる。

 頭をつけた鬼神d──謎の甲冑力士、きしのそら!

 グイグイと前に出て、鬼神を土俵際まで追い詰める。

 対する鬼神!

 六腕で相手の甲冑を抱き、右に左に、巧みにいなす。

 きしのそら、背中をカパッと開く。

 鬼神、バシンと叩いてフタを閉じる。

 ・・・。

 きしのそら、カパッと開く。鬼神、バシンと閉じる。

 ・・・。きしのそら、困惑する。

「甘いわ」鬼神、ニヤリとする。

 きしのそら、グイグイ前に出る。

 鬼神、巧みにいなして回り込む。

 熱戦である。

 しかし、やはり、鬼神に一日の長あり(いちじつのちょうあり)である。

 とにかく、いなすのがうまい。

 ふだんは馬鹿力の大破壊ばかりが目立つ鬼神であるが、すもう取る姿は、じつに柔らかく、巧みであった。

 謎の甲冑力士。技術の差を思い知らされ、焦ったか。

 『力』のルーンで、一気に鬼神を押し出そうとする。

 鬼神。無表情。焦りもせず、ゆるみもせず、無感情な顔で、すっ・・・と手をずらす。

 いままで背中の大砲を封じておった手を相手の脇腹(?)に回し、くるんと裏返した!

 見事! 『力』の突撃を、わざだけで、いなした!

 そのまま、甲冑力士を地面に押さえつけんとする。

 だが鬼神d──いや謎の甲冑力士、きしのそら! なおも『力』のルーンで、悪あがき!

 7割がたひっくり返った状態で、ルーンを使って鬼神を吹っ飛ばそうとする。

 だが、鬼神はビクともせぬ。

 いかな巨大物、いかな重量物であっても持ち上げ、空の彼方に吹っ飛ばせるはずの『力』のルーン。

 それが、鬼神の押さえ込みによって、拮抗(きっこう)。

 持ち上げることはおろか、左右にそらすことすらできぬ。

 きしのそら、困惑! そのボディに焦りと恐れの雰囲気ただよう。

「ふっふっふ。どうにもできまい?」

 鬼神は得意満面である。

「これはな、相棒よ。私が義父上にやられたことなのだ。

 おまえが『力』のルーンを使ったのとまったく同じ強さで、私もルーンを使っておる。

 つまり、打ち消しだ。おまえの『力』のルーンを、私がぴったり相殺しておるのだ」

 ぶ・・・わっ・・・さ・・・!

 甲冑力士、言い返すも、もう指一本動かせず、汗はだらだら、膝はがくがくというありさまである(もののたとえです。甲冑力士には指も膝もないし、汗もかかんのですがね)。

「さあ、1本もらうとするかのう」

 鬼神は笑った。

 甲冑の端っこに引っ掛けた手に、むんと力を入れて、


 ──ばきっ。甲冑が割れた。


「は?」

 鬼神。

 つんのめって、こける。ばたり。

<きしのーーーそらぁーーー!>

 軍配上がる。

<脱皮すかしで、きしのそらの勝ちーーー!>

 鬼神、黒いパネルの上に、うつ伏せ大の字。

「だっぴすかし」

<はい。脱皮して、すかすわざです>

「こんなすもう、あってたまるか」鬼神ブツブツ言う。「なんじゃまったく」


 すもう終え、鬼神、水浴びして、戻ってくる。

「ほじゃ、種明かしするぞ!」三男がうれしそうに言い出した。

「ふん・・・」

 鬼神、不満たらたらである。

 これでもごっつい我慢しとるのだ。鬼神は負けず嫌いなのだ。相手が病み上がりの相棒でなかったら、キレとるところだ。

「相棒なのはわかっとるのだ」

「ふふん。あなどるんじゃないぞ」三男ニヤニヤ。「わしと妙雅の渾身の改造じゃぞ」

「ふむ?」

「謎の甲冑力士よ! 甲冑パージせよ!」


 どぉん!


 爆音がした。

 謎の力士が白い煙を放つ。甲冑が、ぼん! と、四方八方に飛び散った。

「むお! 甲冑が!」

 煙が晴れてゆく。

 中から、白い煙をうっすらかぶった、黒い巨体が現れた。

「・・・うむ? 色が」

 黒 い 巨体である。赤ではなく。

「黒? ・・・いや、それよりも、おまえ・・・なんか、形がちがうぞ?」

 ぶわっさ!

 薄れゆく煙の中から、謎の力士、跳び上がった!

 ぶわあ。白い煙の名残を吹き散らし、鬼神の眼前に現れた、そのすがた!


 ガンメタリック・かぶとがに!


3、鬼の神と空飛ぶ生きもの


「ぬう!」鬼神、びっくり。「色がしぶい! 大砲ついとる! アーマー脱いでも、かぶとがに!」

 ぶわっさ・・・。

 ガンメタリックの、巨大かぶとがに。

 大砲が鬼神に向かんよう斜め向いて、すっ・・・と、鬼神の前に降りてきた。

「ふっふっふ。どうじゃ!」三男自慢げである。「どうじゃ! 生まれ変わった鬼神台は!」

「なんと!」

 そう。

 謎の甲冑力士の正体は、以前と同じ鬼神台ではなかった!

 生まれ変わった鬼神台!


 ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台であった!


 フロントは丸く、たっぷりと横に広く、三日月のような形をした、頑強なかぶと。

 その上部に、小型の大砲。かぶとのフチにはトゲもある。

 なめらかでつややかなフロントの後ろに、鬼神が乗るための台。ここは以前と同じサイズ。これを、フロントがすっぽりとカバーしとるんである。そんだけフロントがデカいっちゅうことである。

 リアはしゅっと伸びた、剣のごとき、鋭いしっぽ。

 まさに、かぶとがにである!

「おお・・・!」

 鬼神、生まれ変わった鬼神台をじーっと眺めた。

 黒ずんだ色合いが、じつに大人っぽい。

 だが太陽に透かして見たらば、うっすら赤い反射光もにじみ出してきおる。

 この男(?)が鬼の相棒であること、ちゃんと表現しておるわけである。

「綺麗な色じゃろ? この取り合わせは母上のアイディアで、塗料は妙雅が造ったんじゃ」

「見事!」鬼神、拍手。「見事じゃ!」

 ぶわっさ!

「調子は? 調子はどうじゃ、相棒」

 ぶわっさ。

「さっきは、ひっくり返したりしてしもうたが。気分は悪くなっとらんか?」

 ぶわっさ!

 ガンメタリック鬼神台、ビシーッと真っ直ぐに伸びたしっぽを上下にビタンビタンと振ってみせる。

「わっはっは! しっぽも動かせるんか! そうかそうか」

「ひと通りは試験したし、問題はないはずじゃ。

 ただし! 父上を乗せての『力』のダッシュは、まだ禁止じゃぞ。もうちょっと待ってくれ」

「ふつうに飛ぶのはええのか?」

「ええぞ」

「私が乗ってもええのか?」

「ええぞ。っちゅうよりか、むしろ乗ってみてくれ。試験を兼ねてのう」

「うむ」

 鬼神、感慨深く相棒のガンメタなボディを眺めつつ、台に回る。

「こんなに綺麗だと、撫でるのもちょっとためらうようだな・・・」

 言いつつ、相棒のかぶとを撫でる。

「乗るぞ?」

 ぶわっさ。

 鬼神乗った。

 でっかいフロントのかぶとが、鬼神の腹のあたりまでカバーしてくれておる。

「これは・・・速くなるんじゃないか?」鬼神はわくわくした。「ほれ、風の、あれだ。風がこう、上手い具合にだな」

「ふっふっふ。まあ、飛んでみよ」

「おう」

 鬼神、台の上にひざをついた。片膝ついて姿勢をぐっと前に傾ける。

 すると、頭以外は全部すっぽりとフロントのかぶとに収まった感じとなる。

 手すりも以前みたいな荷台風のんではなく、左右にがっしりしたもんがついておる。鬼神の手に合うた、太い手すりである。

「・・・よし。ええぞ。相棒。出してくれ」

 ぶわっさ。

 ぐうん・・・。重々しい動作感と共に、鬼神台が浮かび上がる。

 なんともいえん、絶妙な重量感。重々しく安定しておるのに、羽根のごとくふわりと浮かびよる。

「む! 硬くなったな?」

 鬼神、気付いた。

「一本、芯が通ったような感じじゃ。がっしりとし、とても安定しておる」

「ふふふ。気付いたか」

 三男が笑った。

「元のボディを包み込む形で、篭(かご)をこさえた(造った)ったんじゃ。竜骨構造じゃ」

「りゅうこつこうぞう」

「背骨と肋骨みたいなもんで、鬼神台を守る骨を、上からかぶせたんじゃ。

 剛性はごっつい上がった。それでいて、適度にしなったりねじれたりもする。

 直進も、カーブも、打撃への耐性も、前とは比較にならんぞ!」

「おおお・・・!」

「まあ楽しんでくれ。『力』のダッシュだけは、今日はダメじゃぞ」

「わかった。行ってくる。息子よ、妙雅よ、おつかれさんじゃ。相棒のぶんも礼を言うぞ。ありがとう!」

「うむ」

<どういたしまして。行ってらっしゃい!>


 鬼神台はしなやかに浮かび上がり、巨大な魚が水を得たがごとく、音もなく前方へ飛び始めた。

 まるで、書道の達人が一本線を引くがごとく、ぐぐぐっ・・・と、加速する。


「うおお!」鬼神、はしゃいだ。「風がない! この速度でも、風がないぞ!」

 ぶわっさ。

 鬼神台の声がクリアに聞こえた。

 かぶとが見事にカウル(風を整流する部品)となって、風切り音もほとんどせんのである。

「これなら怒鳴らんでもしゃべれるのう?」

 ぶわっさ。

「これなら何時間でも飛んでおれるぞ。おまえはどうじゃ?」

 ぶわっさ。

「これはええぞ・・・じつに、おまえ、生まれ変わったもんだのう!」

 ぶわっさ!


 2人は楽しく会話しながらスピードを上げ、高度を上げ、青い空へと舞い上がっていった。

 夜になっても、綺麗なお月さんの見下ろす空を、ずーっと飛んだのであった。

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