第20話 三人目の相談者『花城乃亜』4

 試しに花城先輩が、実際に言ってみる。心底恥ずかしそうに。


「……葉川君、だぁぁぁぁーいちゅきっ! ……こんなんで、いいの?」

「「いいです!」」


 不安げに確認してきた花城先輩に、俺と鷺ノ宮は大きく何度も頷く。


 普通、高校生が言ってもふざけているようにしか思えないセリフだが、花城先輩が言うと、全くわざとらしさが感じられない。

 

 必死に愛を伝えようとしている一生懸命さが、彼女の幼さにマッチしているのだ。


 鷺ノ宮の解説は続く。


「あと、表情を変えましょう。真剣さをそのまま、健気さと幼さに変えます」

「うん。でも、幼さって必要なの?」 

「もちろんです。むしろそれが一番大事です!」


 素直な疑問に対し、鷺ノ宮は力強く言い切る。

 しかし、まだ花城先輩は納得しない。


「そ、そうなんだ。でも、私、何もしなくてもこんな見た目だから……」


 そうか。花城先輩がお姉さんっぽい口調だったのは、見た目をカバーするためだったのか。結果、余計アンバランスになってしまっていた気もするが。


 鷺ノ宮は自信をもって言う。


「花城先輩は、もっと自分の魅力に気づくべきです! 見た目が幼いことが悪いことなんて一切ありません。むしろそれを武器に変えるべきです」

「本当?」


 花城先輩が不安げに上目遣いで聞いてくる。


「本当です!」

「ありがと〜、なんか悩みが一つ消えた!」


 頗るほっとしている。悩みが消えて何よりだ。今回一番何よりなのは、葉川がロリコンであるということのような気がするが。


「と言うわけで、もちろん言い方も幼くしてくださいね!」

「うん!」


 さらっと鷺ノ宮が言ったことに、あっさり従う花城先輩。


 ここからどんどん。鷺ノ宮に洗脳されて行くんだろうなぁ……


 ***


 次の日の放課後。水曜日。


 今日は部活がない花城先輩は、最初からこの部室へやってきて、鷺ノ宮に色々と教え込まれていた。


 そのお陰で、思考回路がどこまで狂ったのかは知らないが、現時点ですでに口調が完全に幼くなっている。


「告白の言葉はさっき言った通りです。質問とかは?」

「ないよ」

「葉川君は自分のモノと言う認識に関しては……」

「大丈夫、分かってる。今度はパンツ見せなくていいの?」

「はい。それは大丈夫です」


 どう考えても、鷺ノ宮が年上に感じる……。


「では、ちょっとこれに着替えてみてもらえますか?」


 そう言って、鷺ノ宮が白のブラウスとデニムのショートパンツを取り出した。


 完全に、女子小学生の私服だ。それも現実的ではなく、いわば「誰もが想像するであろう女子小学生」の私服。


 花城先輩は、渡された服を受け取ると、俺がいることを忘れて着替え始めた。


「ちょっ、何してるっ……!」


 俺が声をかけると同時に、なぜか目の前が真っ暗になった。


 シャボンの香りがする。そして、すごくデカくて柔らかいものに顔を突っ込んでいるような感覚がある。


「先輩は見ちゃダメです!」


 上から、鷺ノ宮の声が聞こえてきた。どうやら俺は、鷺ノ宮の巨乳に顔を無理やり突っ込まされているようだ。彼女が両手で、俺の頭を抱えている。


 ブレザー越しでこれだけ胸の感触が伝わってくるとは、やっぱり鷺ノ宮、相当デカいな……。


 そして彼女の体温に加え、どく、どく……と心音が聞こえてくる。


 普通に考えて、これは天国のような状況と言うのだろう。


 だが……素直に、息苦しくなってきたんですが。どうしたらいいでしょうか?


 まじで窒息しそうになってきたので、強引に口を動かして伝えることにする。


「……鷺ノ宮、い、息が……、ぐるしいです……」

「はぁっん! 先輩、動かないで……」


 何故か喘ぎ声を出された。でも、死にたくないので動きますよ。


「……いや、ほんとにキツいから……、別に花城先輩の着替えを見たりしないから……」

「はぅっ、動かないでって言ってるのに……、なんで先輩動くんですか……」


 死ぬからだよ。死ぬから動いてんだよ……。


 俺の意識が遠のいていくのを感じるのと、花城先輩が声を出すのは同時だった。


「着替え終わったよー!」

「先輩、もういいですよ〜」


 やっと鷺ノ宮が解放してくれた。


 何故か彼女の顔が朱に染まっているが、無視しよう。あー、死ぬかと思った。ってか、なんで花城先輩は俺と鷺ノ宮の変態プレイについて何も言わねぇんだよ。


 そんな花城先輩を見てみると、見た目は完全に近所の女子小学生だった。


 一つ気になることを、鷺ノ宮に聞いてみる。


「この服、どっから持ってきたんだ?」

「あー、私、妹がいるんですよ。小学五年の」

「ふ〜ん。初めて聞いたな」


 五年生ぐらいだと、花城先輩と見た目は変わらないだろう。それはさておき、妹さんはヤンデレサイドなのでしょうか。それとも、普通にまともなのでしょうか。どうでもいいですけど。


 ちなみに我が妹、紗南は超まともだ。何なら俺より精神年齢が高いまである。


「実は俺にも妹がい……」

「知ってますよ?」


 鷺ノ宮が、俺の言葉を遮って真顔で言ってきた。なぜか目から光が消えかけており、すごい圧を感じる。


 だから、俺は逃げるように問う。


「なんで……、知ってるんだ?」


 一度も妹に関しては、話した覚えがない。


「……え、あ、いやなんでもないです!」


 慌てた鷺ノ宮が、無理やりいつもの調子に戻った。それは良かったけど……、なんで知ってるんだろ?


 怖いので、話を進めることにする。


「で、花城先輩はこの後、どうするんだ?」

「そうでした。一応持ってきたんですけど、これを背負ってみてもらえますか?」


 はっと思い出したように言って鷺ノ宮が大きな袋から取り出したのは、もちろんランドセルだ。その袋、ずっと気になってたんだよな……


「それも、妹さんのか?」

「いえ、これは私のです。押し入れにありました。大体、妹も今日は学校なんですから、借りたくても借りられませんよ」

「確かにそうだな」


 そのランドセルは、ハートの模様が入ったピンクのランドセルだった。そういうの、小学生の時から好きだったのか。


 ランドセルを受け取った花城先輩が、実際に背負ってみる。


「どう?」

「小学生にしか見えないです」


 本音を言ってみた。だが、あんまり反応がよくないので、付け足しておく。


「……もちろん、いい意味で」

「良かった〜!」


 普通に喜ぶ花城先輩。なんか、何が良くて悪いのかが分からなくなってきた。


 顎に手をやりながら、鷺ノ宮がう〜んと考えている。


「どうした?」

「いや、何かが足りないと思いまして」

「何か、ねぇ……」


 確かに花城先輩の見た目は完全に小学生だ。この格好で鷺ノ宮が言う通りの告白の仕方をすれば、上手くいくはずなのだが……


 と、ここで俺は思い至った。


 今の花城先輩は、「ただのロリ」になってしまっているのだ。それだと、鷺ノ宮の力がフルで発揮できないということではないだろうか。


 つまり、病んでる感が一ミリもないのだ。


「ちょっと、家庭科室行ってくるわ」

「なんでですか?」


 突然俺が立ち上がると、鷺ノ宮が聞いてきた。


「どうしても今の花城先輩に必要なものがあるんだ」


 そう答えて、俺は部室を出る。


 あれは以前、妹にヤンデレについてどう思うか聞いた時のこと。


 ――紗南のイメージでは、刃物とかスタンガンとか持ってるイメージかな


 さすが我が妹。参考にさせて頂く。

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