彼女が悪役になって、僕が悪役にならなかった理由

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 おばあちゃんが言ってたんだ。


 子供の頃、それは月の石なんだよって。


 泣き虫な僕を泣き止ませるための嘘だったんだけど、僕はすっかり信じ込んでしまっていたから。


 当時仲良くなった、女の子にも教えたんだ。


 だって、彼女は僕と同じだったから。


 宝物をあげたかったんだ。


 だからその女の子に、その石は月の石なんだよって教えてあげて、プレゼントした。


 本当は、割れたガラスがただ、角がとれてまるくなっただけなんだけどな。


 でも、彼女はすごいねと言って、その石を月の光にかざして笑っていた。


 あの頃の僕達には、不思議なものが必要だったんだ。


 閉塞した環境に、少しでも可能性をみたくて。


 だって、「こんな世界とは、別の世界に生きたかった」から







 彼女は、この世界の「誰もが使える魔法」を使う事ができない。


 僕も、そんな「誰もが使えて当たり前の魔法」を使う事ができなかった。


 だから、二人ともがこの世界で仲間外れにされていた。


 一人だったら、どうなっていたのか分からない。


 けれど、二人だったからどうにかやってこれた。


 魔法が使えなくても、仲間外れにされても、生きてこれたんだ。


「僕だけは君の味方だよ」

「私もあなたの味方よ」


 そういって、傷をなめあいながら。

 互いが互いに縋り付きながら。


 それでも、だからこそ、ギリギリの所できっと僕らは人を愛せていたのだろう。


 それだけは、普通の人と同じように。


 幼い頃の僕達は月の石を手にしながら、「空を飛ぶための魔法が欲しいね」と笑いながら、毎日一緒に過ごした。


 こんな世界にさよならしたかった。


 それは、たとえ魔法が使えるようになっても、だ。


 魔法が使えない人間を仲間はずれにする、冷たい世界にはいたくないと思っていたから。






 同じ境遇で、同じ気持ちで育った二人。


 けれど、僕達は同じにはならなかった。


 僕は、魔法が使えない人間にも、魔法が使えるようにしたかった。


 だから、研究者の道を歩む事にしたんだ。


 彼女は、魔法が使える人間を憎んだ。魔法が使えない人の気持ちを分からせようと思ったのだろう。


 だから、呪術の道を歩んでいった。


 僕達は互いに連絡をとらなくなって、何年も互いの顔を見ることなく生活していた。


 研究に忙しかったから、そんな暇もなかったけれど。


 嫌がらせの様に無駄な研究にお金を使うなって、毎日大量の文句の紙をとびらにはりつけられて、邪魔をされて、資金をへらされていたから。


 暇なんて、なかったんだ。







 そんな僕に前世の記憶が戻ったのは、やっと研究が軌道にのりはじめた、という時。


 僕はどうやら攻略される対象だったらしい。


 攻略対象っていわれる存在。


 そう言われると、なんだか記号で呼ばれてるって思って嫌だけど。


 きっと乙女ゲームをやっている人にはこれ以上なくわかりやすい説明だと思う。


 女性がやる恋愛ゲームって言えばいいのかな。


 そのゲーム、乙女ゲームの中のヒロインの恋の相手らしいんだ。僕が。


 それを知って、僕はどうしたか。


 それはどうもしない。


 僕にはやるべき事もあったから。


 主人公に恋をするのは、特に興味なかったし。


 だから、ずっと研究を続けていたよ。


 それは乙女ゲームのシナリオが始まってからも。


 唯一気がかりだったのが、そのゲームの悪役の存在。


 僕と同じ境遇だった女の子のことだ。


 彼女は悪役令嬢というものだったらしい。


 ゲームの通りになると、彼女は悪役として断罪され、破滅してしまうという。


 僕は、なんとか彼女と連絡をとろうとしたけれど、どうにもできなかった。


 何もできないまま月日がすぎて、ある日突然黒幕として現れた彼女は、断罪され命を落としてしまった。


 そして、物言わぬ骸となって冷たい土の中に埋葬されてしまう。


 僕は、研究を完成させ、多くの人から祝福されているというのに。


 魔法が使えない存在は、僕達だけだったけど、その研究の成果は様々な魔法の質を向上させたのだから。






 ヒロインや他の攻略対象達から、一目置かれる存在になった。


 世界中の多くの人達が、僕をすごいと言ってくる。


 物語の中の特別な存在だけじゃない。


 ただの一般人達ですら、驚く偉業を成し遂げた。


 その実感は、後から湧いてきたけれども。


 でも、だから。


 なんだというのだろう。


 この胸はぽっかりと穴があいたまま。


 むなしい気持ちがずっと続いているよ。









 どうして、この世界だったのかな?


 前の世界で、生きてるうちに、特別な世界に行きたいと子供の様に無邪気に願っていたからなのかな。


 それとも神の気まぐれで、ただ偶然この世界に来てしまっただけ?


 理由なんてないの?


 本当に?


 僕はやっぱり何かを成さなくちゃいけなくて、それをできなかったからこうなったんじゃないの?


 僕には、彼女が救えたんじゃないの? 


 一体何が明暗を分けたのだろう。


 僕達は同じような境遇を経て、同じ意思を抱いていた、同じ人間だったと言うのに。


「あれ?室長、この手紙。前に嫌がらせされた時の貼り紙と同じ紙じゃないですか。棚の隙間に落ちてましたよ。捨てておきましょうか」

「ああ、そうしてくれ」



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彼女が悪役になって、僕が悪役にならなかった理由 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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