永遠の花

凪乃 優一

永遠の花


「君は本当に花が好きなんだね」


 そう言って、騎士、そして、婚約者のアベルは花壇を手入れする少女、メリナの横に片膝をついた。


「おかえりなさい、アベル」


 アベルに気づくとメリナは隣にしゃがんだ彼の方に振り返った。

 今日は非番だったのだろう、鍛錬を積んだ身体からほんのり汗の匂いがする。

 それすらもメリナにとっては愛おしかった。


 「今日は何を育てていたんだい?」


「デイジー、それからスノードロップの花を愛でていたの」


アベルの問いにメリナが答えた。

見ると、メリナの育んだ花壇には早春に咲く花が彩っていた。

思い思いに花弁を広げる花たちが、幸せそうに、そよ風に身を任せている。


「どちらも、花言葉は希望なの」


咲き誇る鮮やか花達は、どちらも白く眩いほど花弁を咲かせている。

白いデイジー花には無邪気という意味もある。アベルは笑みを浮かべた。


「君にそっくりの花だね」


「あら、ありがとう」


そう言って、アベルに答えるように薄く微笑むメリナ、その表情には何処かの憂虞ある様な気がした。


「一旦着替えてくるよ、また後で」


「ええ、また後で」


アベルは立ち上がると、メリナに背を向けて、屋敷の中に入っていった。

早くなった鼓動に気付く。薄らと赤くなるメリナの顔は慈愛に満ちていた。

 大好きな花と、愛おしいあの人、幸せな時間がメリナの心を、否、全てを満たしている。


「とても幸せな時間……でも、いつかこの日常にも終わりが来るのね……」


「——それでもあなたは、私を最期まで愛してくれますか」



  「メリナ!メリナ!?」


 慌ただしくアベルがドアを蹴破るように飛び込んで来た。


「大丈夫、大袈裟よ、アベル」


 ベッドで横になっていたメリナがゆっくりと身体を起こして、息を荒げるアベルを見遣った。


「少し目眩がしただけよ」


 心配そうにメリナを見るアベル、その額からは、汗が流れ落ちている。どうやら警備から走って戻って来たらしい。全くどれほど心配性なのか。でも。


「そういうところが好きなのだけど」


 小声でそう呟く、文字通り誰にも聞こえない小さな声で。


「倒れたって聞いたから心配で……でもよかった」


 メリナの顔を見て安堵したのか、アベルが胸をなで下ろした。


「まったく、警備中の筈よ……あんまりみんなに迷惑かけちゃダメよ」


 仕事をほっぽり出して来たアベルを嗜める。するとアベルはバツが悪そうに「君が心配で……」と、頬を書きながら目線を彷徨わせた。


「ふふっ、」


そんな愛おしい彼の様子に、思わず破顔した。心の中では自分の身を案じ駆けつけてくれた事への嬉しさでいっぱいだったのだから。


「それじゃ戻るよ、ゆっくり休んでてね」


「ありがとうアベル、あなたも気をつけて、簡単に仕事ほっぽり出したらダメよ」


「うぅ…….わかっているよ。それじゃ、メリナ」


「ええ、アベル」


 最後にもう一度叱責を受けたアベルが、部屋を後にした。


  「お嬢様……よろしいのですか?」


 先程から、二人を見守っていたメイドのカルラ・リーシャが口を開いた。


「いいのよ、リーシャ、あの人に心配をかけたくないもの、あなたも見たでしょ?彼の心配性を」


「そう……でございますね」


「それに、治療すれば治るって、お医者様も言っていたし、大丈夫よ、きっと」


元気に振る舞って再び身体を横にする。少し無理をしたのか、酷く体が重く感じる。でも、それ以上に心は軽く、晴れやかだった。

愛してやまない騎士の顔で心がいっぱいになる。優しくて、真面目で、それでいて、誰よりも私を愛してくれる人。


「私は貴方を置いて逝かないから」


 ふと、窓の外に目をむけた。


  「あら綺麗……」


 まだ肌寒い春の風に吹かれてスノードロップの花弁が舞った。優雅に空の彼方へと。

 それは希望か慰めか、今はまだ誰にも分からない



 メリナの病気は良くも悪くも平行線を辿っていた。アベルには軽い病気とだけ伝えていた。

 実際そこまで深刻ではなく、メリナ自身も少し心が憂鬱になる程度に留まっていた。


「お花の手入れをしてくるわ」


 そう言ってメリナは花壇に向かおうと立ち上がった。


「あまり無理はなさらないでくださいね」


 リーシャはメリナを止めはしないものの、少し心配そうにしている。


「えぇ、わかってるわ」


 そう言い残し部屋を出た。

 春の訪れが近い、だがまだ少し肌寒い風の吹く、季節の変わり目の少し前。

 この日メリナの心にあった憂慮は別の形で現実となった。


「お嬢様!」


 慌てふためくリーシャがドアを蹴破る様に入ってきた。


「リーシャ?どうしたの?」


 あまりの形相に思わず目を丸くする。


「それが……」


 一瞬押し黙り、一度視線を落としたリーシャ、視線を落としたまま彼女は。


「帝国軍が境界線を突破……アベル様を含む王国騎士団が迎撃に向かわれました……」


  「……えっ」


 愕然とした。直ぐに言葉が出てこない、衝撃だけがメリナの身体を通り抜け脳内に直接響く。

近年、王国と帝国は停戦状態にあった。兵力では帝国に劣るもの地の利が王国側にあったため全面戦争とはならず踏みとどまっていた。

 そのせいかメリナ考えていなかった。

 アベルがなぜ毎日警備と鍛錬を欠かさなかったのか。 愛する彼が何の為に剣を取り己を鍛え上げていたのか。

 アベルの使命は国を、王国を護る事に他ならない。彼は王国の騎士なのだから。

 メリナを愛する事だけがアベルの護るべき日常ではない。


「アベルは?アベルは何処にいるの!?」


 思わず掴みかかる様にリーシャに追い縋った。

 答えはわかっていた。アベルは間違いなく戦場にいる。でもそれを受け入れたくなかった。

 愛する人が正義を纏い国の為に戦う事は誇らしいことなのかも知れない。

 だけど、アベルが剣を、取り命を奪い合う姿を、想像したく無かった。自分で勝手な願望である事は分かっている。それでも……

 思わずリーシャの方を見た。

 彼女は黙ったまま首を横に振る。

 現実が突きつけられる。


「……とりあえず今は避難を、幸いこの辺りはまだ戦地と離れています。アベル様もきっと無事です」


 まだ窓から火の手は見えていなかった。それにメリナの容体もここ数日は安定している。


「わかったわ……どこへ行けばいいの?」


「とりあえずは馬車へ、一旦東のアウグスト領へ向かいます。お着替えを」


 リーシャに手伝って貰いながら外行きの洋服に着替え屋敷を出た。外には他の使用人によって、既に避難用の馬車が用意されていた。

 乾いた芝が広がる庭、その向こうから、混乱と恐怖に怯える住民たちの声が聞こえている。


「アベル……無事でいて……」


 メリナが馬車に乗り込むと、御者席に座ったリーシャが馬を鞭で打った。

 車輪が回転し、引かれた馬車が動き出した。

ふと、何かに惹きつけられるように屋敷の方を振り返った。

 花壇に揺れるデイジーとスノードロップの花弁がメリナの瞳に映った。


「お願い……アベルを」


 手を合わせデイジーの花に祈る。デイジーの花言葉には平和の意味もあった。

 馬車が進み庭を抜けると、花園が見えなくなった。

 ガーベラ、アルストロメリア、アイリス、デイジー、スノードロップ。

 脳内で希望の花束に縋った。

 メリナは希望を花言葉に持つ花達が好きだった。きっとアベルは無事だと信じている。

 揺れる馬車の中で愛する一人の騎士の姿を花言葉に添えた。

 たが、一つだけ本の少しだけ心残りがあった。

 スノードロップの花は死を象徴するヒガンバナの花でもあった。


「私はアベルを愛しているもの、きっと大丈夫」


 今は只、信じることしかできない。

 空虚な世界で一人、願い続けた。

 流れる景色の中、愛しの思い人に、カランコエの花言葉を。



 怒号と慟哭が吹き荒れる砂埃を突き抜けて木霊する。

 返り血を浴び戦友達の無惨な最期を観ても尚アベルは剣を振り続けていた。

 兵の士気、数、帝国は本気でこの国を取りに来ていた。

 国境付近に聳える山岳地帯を超えて、帝国軍が押し寄せてくる。

 辺りを見渡すと数十隊はいた筈の小隊は壊滅していた。

 血溜まりの上に辛うじて立つアベル。乾いた風から伝う生臭い匂いが、鼻の中に纏わりつく。こみ上げる嘔吐を必死で堪えて。赤く汚れた剣を握りしめた。

 その眼差しの灯はまだ消えていない。


「——っ!メリナ……!」


 緊迫する戦場の最中、愛しい一人の女性が頭を過ぎる。


「くっ!?」


 その思考を喰らうかのように、紅く染まった剣戟が亡骸を踏みつけて、迫ってくる。

 とっさに受け流し、剣を振り翳す。


「……っ!」


 滂沱の敵兵が生命を失い屍となる。また一人の人生を奪った。動かなくなった体躯から、赤黒い血が凪のように、乾いた大地を撫でて行く。

 心の何処かで罪悪感が生まれる。しかし、ここは紛れもない戦場。戦はなければ、全て奪われてしまう。

 思考を振り払い。再び剣を握る。

 心優しいアベルですら、もう敵を気遣う余裕はなかった。

 三度、視界が赤い水飛沫きによって汚染される。


「はあぁぁぁぁ!」


 叫び、剣を振り、敵を穿つ。

 誰よりも努力し愛する人を守ろうと鍛錬を積み重ねた、その身体が一振りの剣となり戦場を乱舞する。

 帝国側には、少なからず山岳越えによる疲労があるように思えた。

 この敵数の中、まだ戦えている事がアベルの考えを肯定する。帝国側が侵攻せずに、数年間停戦状態だったのにも肯けるだろう。


「もうこれ以上奪わせはしない!」


「——そうだ、俺たちの国を守るんだ」


劣勢の中、響き渡る独りの騎士の魂の叫びが、周りの騎士たちに伝わり、互いを鼓舞する。まだ、負けていない。守るべきものがあるのだと。

しかし、敵兵は容赦無く仲間の命を奪っていく。このままではいずれ押し切られてしまうだろう。

 そうはさせまいと、鋼に祈り閃を描く。

 人々を、愛する人を守るため。


 ——僕が騎士なったのは。


 花を愛でる君の、幸せそうな顔を守りたいから。


 

「……ふっ、中々活のいいのやつがいるな」


 背中に大きな剣を携えた、大柄な男が白くなった髭を弄りながら戦場を見やった。

 主戦場から西にある山の麓の高原に帝国軍が陣を構えていた。

 帝国軍の戦線となる本陣だ。軍事用の即席テントが建設されたおり、多数の兵士が足早に行きかっていた。


「ギルバート総督?どうかなさいましたか?」


 総督、ギルバート・クラウンに従者であり、帝国騎士のアレクが反応した。


「いや、山越えの疲労もあったとはいえ物量差はこちらが圧倒的に上だ。だが、前線は手を焼いている。となれば腕の立つ奴が幾らかいるのだろう」


 戦況を考察するギルバートにアレクが敬意の視線を向けた。


「流石です。となれば私がでるべきでしょうか?」


「いや、久しぶりに動きたくなった。俺が出る」


「みずからいかれるのですか!?」


  予想外の返答にアレクが驚愕する。


「陛下はあくまで王国騎士団を消耗させるのが狙いだ、あくまで国の傘下にしたいのだろう。生憎王国は気候がいい。おまけに貿易も盛んとくれば尚のことだ、東の国々に進出するならこれ以上の場所はない。それに、滅ぼしてしまえば一から作り直しになり、時間がかかるからな」


 ギルバートは立ち上がると首鳴らした。それからアレクに向き直ると


「アレクお前はここで待機だ。俺が戻って来るまでこの陣は任せる」


 ギルバートに陣を託されたアレクが敬意と承諾を込めて頭を下げた。


「ご武運を」


「——あぁ」


 ギルバートが陣を出るのを背後から見つめるアレク。

 護衛の部隊が続き陣に残ったアレクが静かに息を吐いた。

 ふと、目を閉じると、アレクはここに来る前に婚約者に言われた言葉を思い出した。


「——貴方様にロールレの花言葉を」



 街道を進む馬車の中で、メリナはただひたすら祈り続けていた。

 屋敷を出てから小一時間は経っていた。街中にあったような建物は見えなくなり、代わりに牧場や小さな農家がポツリポツリと続いている。


「アベル……貴方は戦っているのよね」


 愛する騎士の名を口ずさむ。

 慈愛に満ちた表情の中に抑えきれない不安がある。 アベルは戦上で正義を胸に剣を振るのだろう。護るべき者のために。

 その中に自分の姿があって欲しいと願ってしまう。アベルが自分を愛してくれている事を知っていながら、それでも願ってしまう。

 そんな自分に嫌気が差す。なんて自分勝手なのだろうと。分かっているのに。

 ただひたすらに馬車は止まる事なく進む。アベルへの想いを乗せたまま。

 もう一度祈りを込めた。両手を握り締めて。


 ——荒野に立つ彼に幸運を。

 メリナは願い続けた。

 道端に咲くブライダルベールが、揺れた。



 血色がアベルの視界を染め上げた。


「ぐぁ!?」


 衝撃と共に、身体が真横に弾き飛ばされる。


「くっ……がはぁ……」


 地面に叩きつけられて、思わず呻き声が漏れる。こみ上げる紅血を吐き出した。


「威勢がいいのは最初だけか、青年よ」


 大剣を掲げアベルを見下ろす巨漢、ギルバートがアベルを嘲笑った。


「まだ……だ!」


「ほう?」


 血色の垂れる剣を大地に突いて、立ち上がった。

 その様子にギルバートが眉を寄せた。


「僕はまだ倒れる訳にはいかないんだ……!」


 ギルバートを見据え、満身創痍の身体で剣を構えた。剣先が大男の方を向く。


「——ふっ」


 視線の先、ギルバートが背筋を正した。

 陵辱の面影が消える。


「先程の言葉は取り消そう、その心意気見事」


 剣を合わせるように、今度はギルバートが大剣を担ぐ。アベルの体にも引けを取らない大きな得物が、直撃すればひとたまりもないだろう。


「ふぅ——」


 アベルに闘志が滾る。吸い込んだ空気が肺を満たす。

 その表情に敬意を払いつつ、たが、初めて戦場に立つ騎士にギルバートは弟子に教授する様に言った。


「だが心意気だけでは国は、人は守れんぞ?勝者となり初めて救えるのだ」


 その一言で戦場の空気が変わった。


「——わかっている。だからこそここで貴様を討つ!」


 血塗られた剣を手に斬りかかった。

 叫び声を上げて、一気に間合い詰めるアベル。しかし、巨漢の全てを捻じ伏せる一撃が容赦なく、アベル葬り去さろうと、襲い掛かる。

刹那、剣先をギルバートの一撃が掠めた。それを、体を捻り、辛うじて受け流す。

 そのまま走り込み剣筋を描いた。

 しかし、切れ味の落ちた剣は鎧に弾かれる。


「くっ!?」


 息つく暇はない。再び大撃がアベルを薙ぎ払いに来る。


「っ!?——」


紙一重で大剣が頭上を通り過ぎた。視界が開き、一瞬の隙間か、ギルバートの首筋が見えた。


「はあぁぁぁぁ!!」


 両手で剣を握り、剣先が迸る。渾身の刃が閃光のように。

 刹那、鉄の音だけが響き合い、弾かれた剣が宙を舞い大地に突き刺さった。


  「がはっ!うぐっ……っ」


 呆気なく勝負がついた。否、ついてしまった。

ギルバートの一撃が、剣ごと、アベルを吹き飛した。硬い戦場に全身を打ちつけた痛みに呻いた。


「ま、だ……」


懸命に、全身の筋肉に力を入れようとする。しかし、限界を超えたアベルの身体はもう、立ち上がる力さえ残ってなかった。流れ出る血がやけに熱く感じた。


「そん……な、こんな……」 


 辛うじて見上げた瞳に映るギルバートは、無傷だ。

 そんな朽ち果てる寸前のアベルを、意外にもギルバートは労った。


「その身体と剣で私に立ち向かったことに敬意を表する」


「……なっ」


 驚くアベルを他所にギルバートが続ける。


「筋もいい根性もある、手駒に欲しいくらいだ」


「なにを……」言っている。そう言おうとしたアベルをギルバートの言葉が遮った。


「だがお前の様な剣士だ、受け入れはしないだろう。せめてもの敬意として苦しまずに逝かさてやろう」


「く……そ……」


 もう起き上がる力はない。消えかかった生命に灯火が、血生臭さを運ぶ風に煽られた。


「メリナ……僕はまだ死ぬ訳には……っ!」


 愛する女の姿だけが這いずるアベルを突き動かさとうとする。

 しかし、砕けたアバラ骨、悲鳴を上げる内臓から溢れ出る大量の血がアベルの想いを否定する。


「青年よ、いや騎士よ」


 ギルバートが剣を掲げた。


「我が名はギルバート・クラウン。貴公の名は?」


 騎士としての誇りからか、瀕死の戦士にギルバートは名を聞いた。

 同胞を葬った敵将に名を名乗るつもりはない。


「貴様に名乗る名は……無い!」


 掠れた声で抗った。


「そうか……残念だ」


 微かに燃える生命の燈が振り払われる剣で掻き消される。


「……すまないメリナ、……最期まで君の、隣に立てなかった。……でもこの愛は、君への想いは、消えない……僕の命が消えても……僕は永遠に君を」

 斬撃が放たれた。


 愛してる。



 胸を掠める何かを感じメリナはふと空を見上げた。

 既にアウグスト領地に入っており、木々の間に作られた街道を進んでいる。

 メリナは、御者席で走り続ける馬車のリールを握っているリーシャに言った。


「……ねぇリーシャ、ここから何処に向かうの?」


「……アウグスト領の医療施設に向かいます。そこで一旦体情報等を整理しましょう。」

「そう……分かったわ」


 徐々に膨張する不安がメリナの心を支配していく。

 暗い不安の影がずっと追いかけてくる気がした。


「お願い……アベルを守って……!」


 何かに縋り、祈る。その影がアベルを、二人を包み込まないように。

 まだ、あの人と生きていたいから。

 丘の花畑で出逢った日の事を思い出す。花園の通り道、風に舞う花びらの向こうに彼はいた。

 絡み合う視線が、そう思わせた。運命の人だと。全てが美しく輝いていた。……でも。

 あの時、アベルの前で散りゆく花弁を、私はどう思ったのだろう。

 どんなに強く咲き誇る花のもいずれは散ってしまう。

 きっとそれは一瞬で、人もまた同じだ。


「私はまだ、生きた貴方を愛していたい」


 馬車は揺れる、道中に咲く花弁を引き裂いて。

 花は散る、人は死ぬ、それは生命が辿る——運命だ。


 同時刻、アベルは戦場に散った。



 ——あの日から1ヶ月以上が過ぎていた。王国西方で起こった戦いは、数週間後に突如帝国側が引き上げたことにより再び停戦となった。

 帝国の真意は不明だがそれ以降小競り合いは起きていない。


「ねえリーシャ、アベルは帰ってきた?」


「いえ……お嬢様」


 ベッドに横たわったまま、メリナが入ってきたメイド、リーシャにいつもと同じ事を尋ねる。

 いつものメリナの問いに少しバツが悪そうにするリーシャ、それを見て今日もそれ以上は聞かなかった。否、その先を聞きたくなかったのかも知れない。

 愛する人の帰りを待ち望み続けて、メリナは心身共に衰弱していた。

 病状も悪化していた。今は花を愛でる事も難しくてなっている。

 アベルのいる世界に引き寄せられる様に、いつしか向こう側の世界を夢見る様になっていた。

 先の戦争でメリナを診ていた医者が死亡した。それにより医療が満足に行えなくなった。負傷兵に他の医師たちが回っているのもあるだろう。

 それでも良かった。頭の中ではもう理解していたから。 

——アベルはもう、ここにはいないことに。

そしてメリナ自身、もう長くはないことも。

 それに、アベルと同じ場所に行けるなら、それは怖く無かった。

 ふと、部屋に付いた窓から庭を見た。

 病院の庭に花壇があった。その端に青い花びらが見えた。


「そう……」


 現世へと誘うように、青いタツナミソウが人知れず咲いていた。


「……きっと、もう直ぐ逢えるのね。私はもう、あなたの愛でしか満たされないから」


 ——永遠の愛を貴方に捧げます。


 風が吹いた。花弁がつがいの様に空を舞う。二人の愛を乗せて。

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永遠の花 凪乃 優一 @nagiharainori

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