第2話 ママさん泣かないで


 わたくしは小林さんちに住んでいる猫、名を福(ふく)と申します。今日は私がこの小林さんの家に来てしばらくたったある春の日のことをお話ししたいと思います。


 あれは小林さんの家に来て間もないあるまだ肌寒い春の日のことです。わたくしはわたくし専用ドアなるものがありましたが、まだ危ないからと外に出してはもらえていませんでした。なんだかその頃、わたくしの体がおかしいのです。熱があるような気がして、猛烈に突き上げるわけがわからない衝動が私の体を日に日に蝕んでいきました。わたくしは猫ですので、小林さんのママさんにそのことを相談しようにもできず、ただ日々濃く濃くと燃え上がる熱情に悩むだけでなく変な声まで出してしまうのです。どうしたらいいかわかりません。


 すると、お家の外から同じような声がきこました。わたくしはきっと外にいる誰かがわたくしがどうしてこんな体になってしまっているのかを教えてくれるような気がしました。わたくしはどうしても外に出てみたくなりました。でもドアはまだ動きません。どうやらドアを開けるコンセントを入れてないようなのです。でもわたくしの手は肉球が邪魔してコンセントを差すことができません。声は日に日に幾つにも聞こえ始めました。これはすぐにでも行かなければ、きっとわたくしと同じような症状の猫の集まりがあるのだとわたくしは確信しました。


 小林さんちの子どもたちが庭に出て遊ぶ時を狙おう、そうしようとわたくしは心に決めてその瞬間を待ちました。子どもたちはまだ小さくドアを開けっぱなしにすることがあることを知っていましたから。


 そしてついにその瞬間が訪れました。わたくしは一気にドアを駆け抜け、小林さんちに来て初めて庭に出ました。あの声はまだ今日は聞こえません。夜まで待たなくてはいけないのだとわたくしの直感が言っていました。わたくしは庭の木の影にうずくまり、夜が来るのを待ちました。小林さんのご家族が探しにきているのは知っていましたが、絶対に見つかってはいけないと、見つかるもんかと思い息を潜めました。


 あたりが暗くなりかけたころ、あの声が聞こえてきました。わたくしはそっと家の方を見ましたが、お風呂の後らしくママさんは裸で子どもたちを追いかけまわしており、これはきっと今はわたくしを探しにこないだろうと推測いたしました。


 わたくしは、聞こえてくるあの声と同じように鳴きました。どうか、私の声が届きますように。わたくしの体の中で蠢く燃えるような何かをどうしたらいいか教えてくれる誰か、どうかわたくしの声よ届いてと願いながら何度も何度も鳴きました。


 ほどなくしての塀の下から真っ黒な猫が現れました。わたくしはどうしてこんな体になってしまったのかをその方に訊こうとしました。彼はわたくしを見てわたしくしを気に入ったようで、またわたくしもまた彼の匂いを嗅いで悪くはないなと思ったと思ったのだと思います。わたくしは初めて他の猫と結ばれました。それはとても短い時間でしたが、身体中に湧き上がってきていた熱い熱い何かが終わった後は不思議とがなくなりました。わたくしは、家に帰りました。


 少し経ったある日、わたくしはわたくしの体の中がまた何か変化し始めていることに気づきました。その時の感じは以前のうなされるような熱情とはまた違った何かです。何か、それはまだわたくしにもなんなのか皆目見当もつきませんでした。


 また数日経った頃、小林さんちのママさんがパパさんに何かを話しています。ふくとわたくしの名前が時々聞こえてこちらを見ているので、わたくしに何かあったということでしょうか、わたくしはその様子を気が気ではない様子で眺めていました。二人のお話が終わると、ママさんが前にも入ったことがある嫌いな取手のついた箱を持ってきて、わたくしを中に入れました。わたくしは抵抗しましたが、やはり人間の力には勝てず、ママさんにここは嫌だよ嫌だよと鳴いて伝えましたが、嫌いな匂いのする白い部屋に運ばれて、冷たい机の上に乗せられて、お医者さんと呼ばれる人にお腹を触られて、そして、家に帰ってきました。とても怖い1日でした。大好きなママさんはごめんねふくちゃんと言って私を撫でてくれました。


 その数日後、またわたくしはその嫌いな箱に入れられてまた白い部屋に連れて行かれました。でも前回と違ったのは、ママさんはわたくしを置いてすぐに帰ってしまったのです。わたくしは捨てられてしまったのでしょうか。わたくしは悲しくて鳴きました。ママさんママさんと鳴きました。でも、ママさんが迎えにきてくれたのは、わたくしが少し寝てしまった後でした。わたくしは少しお腹がちくりとしました。わたくしの首には変なものが巻いてあり、わたくしはちくりちくりとするお腹を見ることができません。舐めてみようと思っても首に巻きついているツルツルしたものが邪魔で舐めることができません。それでもわたくしは諦めず、何度も何度も舐めました。いつか舐めれるのではないかと諦めず舐めました。


 その日、子ども達が寝静まった静かな夜にママさんがわたくしのところにやってきました。ママさんはふくちゃんごめんね、ふくちゃんごめんね、私もおんなじお腹に赤ちゃんがいるのに、ふくちゃんだけこんなかわいそうなことになってしまてごめんね、人間って勝手だよね、ごめんね、おんなじお母さんなのに、こんなひどいことしてしまってごめんね、といつまでもいつまでもわたくしを撫でながら泣いていました。どうしたのでしょう。ママさん泣かないで、ママさん泣かないでと、ママさんの手をペロペロ舐めてその夜は慰めてあげました。


 


 

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