第25話 準々決勝の始まり

そろそろ、会場に戻ろうと席を立つ。

「ごちそうさまでした」

「紅茶もシフォンケーキも、とても美味しかったわ」

「喜んでもらえて嬉しいです。またいらしてくださいね」

店員さんは優しい笑顔で見送ってくれた。


会場には、続々と人が戻ってきていた。

やはり皆、鼻を休めに行っていたようだ。


準々決勝について、アナウンサーは声高らかに言った。

「準々決勝は、選ばれた8人で指定されたエッセンスを基調とした香水を作っていただきます! 」


私とミーシャは顔を見合わせる。

「難しそう……」

「実際に難しいわよ、きっと。だって指定されたエッセンスはみんな知らないわけだし、制限時間内に戦略を立てなきゃいけないもの……」


「今回指定のエッセンスは……『ジュニパー』です! さあ、どう使うでしょうか!? 」

ジュニパーは、お酒の香りづけにも使われているとロニーから聞いていた。

ジン、というお酒だっただろうか? 


舞台裏で、選ばれた8人はそれぞれ頭を働かせる。

そして、表情は悟られまいとそれぞれに必死になって表情を隠すので、全員が全員真顔になってしまっていた。


一番に足を進めたのは……。


「おっと! 最初に出てきたのは……! ロニーだ! 」

ロニーは自分ですぐブレンドを決めることができたのであろう。


遅れてヴェルデとブル、レイチェルが出てきた。

ルイとサン、キャロル、ルーリエは慌てて出てきた。

どうやら、それぞれの作品を決めたようである。


ロニーは黙々とエッセンスをビーカーに入れていく。

ゆっくりと撹拌しているさまは、とにかく真剣であった。


ほんのりと、バニラのような甘い香りがした。

「ベンゾインを使っていますね」

バニラアブソリュートよりも、バニラに近いと言われるベンゾイン。


ジュニパーと実はとても相性がいいエッセンスなのである。

他にも、やはり柑橘の香りが際立っていた。

恐らく、全員が柑橘のエッセンスを何かしら使っているのだろう。


「マリ、あなたはエッセンスのことをよくわかっているのね。驚いちゃった」

「ロニーもレイチェルもいろいろ教えてくれていて。それでわかることもあるってくらいだけど……」

「素敵じゃない! 」


「できました! 」

ロニーはすっと手を挙げた。


「では、作品をお預かりします。レシピノートは? 」

「こちらです、どうぞ」

ロニーは何かを書いたメモをスタッフに渡していた。


きっと、それがロニーのレシピノートなのだろう。

相変わらず、私はアローニの言葉は時折読めないことがある。

だから、レシピノートは見ても理解できる自信がなかった。


ロニーを皮切りに、レイチェルが、ヴェルデが手を挙げた。

「できました! 提出します」

「こちらもできたわ。先に彼女をお願いして良いかしら? 」

「お気遣いありがとうございます、ヴェルデさん」

「いえ。あなたの手際の良さ、素晴らしいわ」


レイチェルの作品、そしてヴェルデの作品が提出されていく。

そんな中、突如パリンッ! という鋭い音がした。


「す……すみません。新しい瓶をいただけますか? 」

恐る恐る言ったのは、ルイであった。

相当緊張し、うっかり瓶を落として割ってしまったようだ。


「どうぞ。頑張ってください」

スタッフから新しい瓶をもらい、ルイはようやく作品を提出できた。


ブルやサン、キャロル、ルーリエはまだ少し悩んでいるようである。

確かにいきなりのお題に、作品を決めるというのは難しいのだろう。

「すみません」

サンは手を挙げた。

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