私を楽しませてくれないと、死んじゃうよ?
白深やよい
私を楽しませてくれないと、死んじゃうよ?
突然だが、俺の住んでいる所は、『ド』が付くほど田舎だ。
電車は数時間に一回通る程度。
コンビニなんて十時には閉まってしまう。そんな所だ。
そんなド田舎にも一目置かれる美少女がいる。
容姿、成績、どれも全て優秀で、欠点が見つからない、そんな美少女がいた。
噂では、モデルのスカウトも受けているらしい。
………まぁ、俺は、その美少女に興味が湧かなかった。
一度、その美少女の写真を見たことあるが、「こんなド田舎に、そんな人が居るんだな」としか思わなかった。
どうせ、関わること無く、高校生活を終えると思っていたから。
なのに、なのに、
──その噂の美少女が、学校の屋上から飛び降りようとしているのを見てしまった。
「……鍵、閉めといたはずだけど」
「鍵持ってたから」
「そう」
俺の目の前にいる彼女は一体どんなことを考えているのだろうか。
普通、自殺の計画を邪魔されたら何かしらの表情を浮かべるだろう。
しかし、彼女は表情を一切変えなかった。
「……名前、聞いてもいいか?」
「……時間稼ぎのつもり? 今からの死ぬ人の名前聞いても良いことないよ?」
本気で飛び降りようとしてるのが伝わってくる。
俺は彼女の自殺を止めたい。
今も心臓がはち切れそうなほど緊張している。
けど、それ以上に彼女の自殺を止めたいという欲の方が勝っていた。
もし、俺が「自殺なんかやめなよ、家族が悲しむよ」とでも言ってみよう。
そんな当たり前の言葉で、自殺をやめる人では無いことは分かってる。
彼女の自殺を止める、最善の手段は──
「よく分からないけどさぁ、ここで死ぬのはやめてもらってもいいか?
ここで死なれたら俺の居場所が無くなるんだ」
「はぁ? 目の前で飛び降りようとしてる人が居るんだよ?
もっと他に言うこととかないの?」
「そうだなぁ……なんでここで死ぬ必要があるんだ?」
「え?」
「だってさ、ここで死ぬんだったら、もっと他に良い死に場所があるだろ、
死んでも死体が分からない所で死ねばいいじゃん。
あれだろ、かまってちゃんなのか?」
「……そこまで言うのなら分かったよ。違うとこで死ぬから、ばいばい」
「待てよ」
「何?」
学校での自殺を辞めさせる事はできた。
ただ、それは『学校での自殺』を辞めただけであり、自殺をやめた訳ではない。
一秒でも良い。少しでも生きていて欲しい。
それが、結果的に脅すことになったとしても───
「あーなんだ、俺は迷惑を掛けられたんだ。何かしてもらわないと困るんだけど」
「別に死ねば関係ない」
「じゃあ、警察、先生、家族にお前が自殺しようとしてる事、言っても問題はないな?」
「何それ、脅してる気?」
「聞こえ方によっては脅されてるって思うかもな」
「なにそれ、意味分かんないだけど」
彼女には悪いけど、そう簡単に諦めることはできない。
自殺しようとするまで、追い込まれた人を見殺しにするなんてできるわけがない。
少しでも時間を稼ぐために、俺はあることを提案した。
「そうだなぁ………デートしてよ」
「……はい?」
彼女の自殺を止めても、自分から『死にたくない』って気持ちがないと、意味がないと思う。
せめて、彼女が死んでしまう前に、思い出を作ってあげたい。
俺みたいな、サボり魔しか知らない景色を見せたい。
その一心で、彼女に土下座をした。
まぁ、人生で初めての土下座だから、上手くいってるかは、分からないんだけど。
断れてしまうのではないか、という不安を胸に残しながら顔をあげる。
彼女は、少し悩むような表情をしていたが、俺と目が合うと、彼女が微笑んだように見えた。
「はぁ……仕方ないな。脅されて仕方なくだからね!」
「分かってるって」
ガッツポーズしたかったのを、グッと抑える。
正直な話、ダメ元で頼んでみたが、無事デートに誘うことができた。
どこに連れて行ったら、自殺を辞めてくれるだろうか。
そんな事を前向きに考えていた時だった。
「そうだ、LINE交換しようよ」
「いいのか?」
LINEの交換、か。
彼女が悩んでる時に、何か助けになるかも知れない。
デートの連絡もしやすいしな。
「こんな可愛い子とLINE交換できるなんて、普通はないからね!? 仕方なくだから」
「分かってるって」
「なら、いいけど」
彼女に、俺のマイQRコードを見せ、LINEの交換をする。
女子と初めてのLINEの交換にニヤけてしまいそうなのを抑え、彼女のLINEを見てみる。
そこに浮かんだ、彼女の名前は『
可愛らしいネコのアイコンに、自撮りの背景。
誰がどう見ても、自殺したいほど悩みがある人には見えないと思う。
これが俗に言う『擬態』という物だろうか。
自分の本心を隠しながら生きてきた彼女は、どんな思いをしていたのだろうか。
そんな彼女の気持ちを考えただけで、ゾッとする。
───対する俺のLINEのプロフィールは……。
「うわぁ……、THE陰キャって感じだね……」
「悪かったな」
だって仕方ないだろ。まさか女子とLINEを交換する日来るなんて思わなかったんだもん。
後でこっそり変えとこう。そう思いながらもう一度彼女のLINEを見る。
「私の事は静香って呼んでいいから、私も君のこと勝手に呼ばせてもらうね」
「あぁ、なんでもいいぞ」
静香が顎に手を当て考え始めてから数分後。
「よしッ、これから君の事は『じーくん』って呼ぶね」
「いいけど、なんで『じーくん』?」
「私の自殺を邪魔したからね、自殺から『じ』を取って『じーくん』」
「……まぁ、いいんじゃないか」
自分でも想像していなかった呼び方に、多少困惑してしまう。
ただ、静香が言う『じーくん』という呼び名は、嫌な気持ちなんて湧かず、不思議と嬉しかった。
そんな事を考えていた時、静香がアッと何やら思い出したように、持っていたスマホを鞄に入れる。
「そろそろ電車が来ちゃうから行くね!
『デート』どこ行くか決まったLINE頂戴!」
静香はそう言い残し、ふふっと可愛らしい笑みを浮かべ屋上を後にした。
そんな可愛らしい笑みに少しだけドキッとしたのは内緒だ。
◆◆◆
次の日の教室にて。
静香の事がまだはっきりと掴めていない俺は、聞き込みをしてみることにした。
『デート』に行くなら、静香が好きなところのほうがいいだろうしな。
まず始めに仲の良いクラスメートに聞いてみることにした。
女子の事は女子に聞くのがいいんだろうけど、そんな仲の良い女子なんていない。
まぁ、自分は仲の良い友達が数人居るだけでいいと思ってるタイプの人間だから仕方ないのだろうけど。
(さて、誰から聞いてみようか……)
周りを見渡してみると、大体の友達が忙しそうで、話しかける事が難しそうな人ばっかだ。
俺の勝手で手を止めてもらうなんて事は、絶対にできない。
───万事休すか……そう思っていた時、救世主が現れた。
「よう、何か困りごとか?」
「ナイスタイミング過ぎる……」
「へ?」
俺の前に現れた救世主の名前は『
しかも、楓は仲の良い女子が多く、様々な情報を持っている。
本当に頼りになるやつだ。
「頼む……『凛香』について何か知っていないか?」
「そりゃまぁ、水波さんは有名だから知ってるちゃ知ってるけど」
「まじか! その情報教えてくれないか?」
「いいけどさぁ、お前が女子のこと気になるなんて珍しすぎるだろ。何かあったのか?」
「まぁ、いろいろあったんだよ」
「お、恋か?」
「ちがうわ」
信頼のある楓とはいえ、『デート』のことなんて言えるわけがない。
ましてや、『デート』に行くことになった理由が『凛香が自殺しようとしてたから』なんて口が裂けても言えない。
楓には悪いが、今回は適当に受け流そう。
「まぁ、なんだ、最近噂にするからな、ちょっと気になっただけだ」
「……今回はそういう事にしといてやるよ」
「助かる」
多分、いや絶対、楓は嘘だなって見抜いてるだろう。
自分が嘘を付くのが下手ってことは前々から分かっていたけど、あまりにも酷い。
今回は楓に感謝しないとな……。
「で、水波さんの事だが、俺もあまり話さないから知ってることが少ない。
まず、水波さんは、俺達の一個下の学年だ」
「つまり後輩ってことか」
「後、モデルの仕事もやってるらしい」
「あー、聞いたことある気がする」
「後、ケーキが好きって聞いたことあるな」
「ケーキ、か」
「まぁ、俺の知ってる情報はこれぐらいかな」
「十分すぎる。本当にありがとう」
「なら良かった」
今回楓から貰った情報をまとめると、
一個下の後輩、モデルの仕事をするほどの美少女、ケーキが好き。という三つだ。
この三つの中で一番有益だった情報は、『静香はケーキが好き』という事だろう。
静香が、自分から自殺を辞めて貰うために、俺は『デート』を提案したのだ。
静香に楽しんでもらわなければ意味がない。
「楓、本当にありがとな」
「おう、またなんか言えよ」
今回は、本当に楓には感謝しかないな。
◆◆◆
楓に情報を貰った日の夜、俺は凛香にLINEしてみることにした。
早めにデートの予定を立てておきたい。
その方が凛香も動きやすいだろう。
(どんなメッセージを送れば良いんだろうか……)
もちろん、俺は女子にメッセージを送ったことなんてない。
女子とLINEを交換するのも初めてなんだ、仕方ない。
やっぱり暑苦しい文は俺っぽくない。
いつも通りの感じで行こう。
俺 :こんばんわ
俺 :デートの予定立てたいから開いてる日教えてもらってもいいか?
変な文章を送っていないか不安な気持ちを気合で抑える。
しっかりとした判断ができなくなり始めた頃、既読がついた。
凛香:今週の土曜かなー
俺 :了解
凛香の反応から、察するに俺の文章がおかしくない事が分かる。
そんな事に安堵しながらスマホで曜日を再確認した。
そこに浮かんだのは『木曜日』という文字。
デートの日は今週の土曜。
つまり、後二日しか時間がない。
(本当に困ったな……)
まだ、しっかりと予定を立てれていない。
もし、しっかりとデートできなかったりでもしたら……。
「じーくんってデートもできないんだ……、私、もう死ぬね」
ってなるかもしれない。
そんな不吉なことを考えているだけで、背筋が凍ってしまう。
そんな未来にしないために少しでも早く、デートの予定を立てるべきだろう。
すぐにブラウザを開き、『デートおすすめの場所』と調べてみる。
流石はインターネットの時代と言うべきだろうか。
どれも参考になりそうなサイトがズラリと出てくる。
手始めに一番上にある『デートといえばここ!』というサイトを見てみる。
そのサイトで効果的と言われている場所は『遊園地』らしい。
男性がエスコートすることで好感度が上がるそうだ。
しかも遊園地には俗に言う『映える』物や食べ物が多いってのも効果的な理由らしい。
好感度には興味は無いが、映える物や食べ物が多いと言うのは、凛香を楽しませるのには効果的ではないのだろうか。
さっそく、凛香に連絡してみる。
俺 :土曜日行く所、遊園地でいい?
凛香:大丈夫
俺 :じゃあ十時、学校の近くにある駅に集合で
凛香:分かった
どうやら、静香は『遊園地』にデートに行くことに関しては納得してくれたようだ。
デートのプランを無事立てれた事にホッとしながら時間を確認する。
時刻は既に十二時半。
そろそろ寝るか.......と思っていた時、凛香からLINEが来た。
凛香:楽しみに、してるから。
たった一文だけなのに、不思議と嬉しい。
土曜日は成功させるぞ.......! と決意を抱いた。
土曜日はデート、成功しますように……。
...............................................................
..........................................
............................
.....................
◆◆◆
凛香side
いつから私は『擬態』を始めたのだろうか。
自分の本心を人に言えず、愛想笑いを繰り返す日々。
先生、友人、家族からの『期待』で悩む日々はいつからだろうか。
私に『期待』されなくなってしまったらどうなってしまうのだろうか。
そんな恐怖の中、私は今日も勉強をする。
睡眠時間は約二時間。
眠いのを必死に我慢して、頭を止めない。
私に『期待』をしてもらえるように……。
◆◆◆
今日は月曜日。
今週も学校が始まると思ったら、嫌気が刺してくる。
だからって休むわけにも行けない。
急いで支度して、家を出る。
着いた場所は、学校へ行くための駅。
電車が来るまでは、今流行りの物をチェックしておく。
正直な話、今流行りの物なんか、どうでもいいけど、
眠いという気持ちを抑えながら、流行りの音楽を流す。
『あなたを必要としてる人がそこにいる〜』
私を必要としてるのは『擬態』してる私で、本当の私じゃない。
みんな
『君を好きな人は必ずいるから』
ふざけた事言わないでよ。
私に寄ってくる人はいつもそうだ。
甘い言葉で、対して好きじゃない人を、自分の欲求を満たすために、誘惑してくる。
私は何度も体験してきた。
『君と僕で奇跡を起こそう〜』
奇跡、ってなんだろう。
どれだけ努力しても、それが報われるかは分からない不確定要素。
そんな不確定要素に頼るなんて馬鹿馬鹿しい。
少なくても、私には奇跡なんて起きないだろう。
曲が終わりを迎える。
率直に、なんて馬鹿馬鹿しい曲なんだろう。そう思った。
人を明るくするような単語を並べただけの曲にしか聞こえない。
────死にたい。
私が、この世界にいる意味はないから。
私は、この世界に必要とされないから。
死にたい、そう思った。
今思えば、毎日こんな事考えている事に気づいた。
まぁ、仕方ないと思う。
私には、愚痴を話せる友達なんて、一人も居ないから。
本当に、本当に、人生に疲れた。
今日こそ、私は死のう。
私が死んでも、悲しむ人なんていない。
だから、死のう。
私は線路に飛び出そうとしたが……
───まもなく、電車が到着します。
運が悪いことに、いつもの音声が聞こえてくる。
死ねなかった……という気持ちを必死に抑えて、電車に乗る。
(……死ねなかったな)
神様は、なぜ私を生かしたのか。
私が、生きる意味なんて無いのに。
そんな事を思いながら、学校へ向かった。
◆◆◆
「「おはよ〜」」
私はいつもどおり、愛想笑いを浮かべる。
もう、何度この愛想笑いを浮かべたかなんて分からない。
でも、愛想笑いをしないと、人と上手く生きていけないのだ。
でも、そんな人生にもう、飽きた。
だから、私は屋上で飛び降りる。
だから、だから、
「ばいばい」
最高の愛想笑いで、そう告げ、屋上へ向かった。
◆◆◆
飛び降りるには絶好の日。
ついに、私は死ぬんだ。
家族に、先生に、友達に縛られて来た人生とは、もう終わりなんだ。
私は、今までの日常を思い出す。
テストで高得点を取っても、「私達は、凛香に期待しているの、それぐらい当たり前でしょう?」って褒めてくれない両親。
面倒くさい仕事を「お前になら出来る」って押し付けてくる先生。
テンションが高すぎて、言ってることが分からない友達。
もう、疲れたんだ。
だから、私は飛び降りる。
もう、悩まなくて良いように。
私は、何も考えず、フェンスに手を差し伸べた。
もう、やり残したこと無い。
(もう、考える事はないな)
私は、屋上から飛び降りようとして─────
───ガチャッ
何故か、私は
◆◆◆
今日は、ついにデートの日。
高校生活で、もっとも重要な日と言っても過言ではないのではないだろうか。
ここで、凛香を楽しませることができたら、自殺を辞めてくれるのではないだろうか。
だからこそ、今日のデートはしっかりとしなければならない。
絶対に成功させるぞ! って気持ちを胸に留め、駅へ向かった。
駅についてから、二十分後。
駅の中から、私服姿の凛香が出てきた。
私服姿の凛香は、制服姿の時とは違うオーラを纏っている事が遠くから見ても伝わってくる。
私服姿の凛香はとにかく可愛い。
俺も一応健全な男子だ。少しだけ意識してしまう。
「ごめん! 私来るの遅かったよね……」
時刻を確認してみると、集合時間の五分前。
単純に俺が早く来すぎただけだけだろう。
俺はこういう時に言う言葉を知っている。
そう、デートの待ち合わせに使う言葉──
「大丈夫、いま来たとこだから」
人生に一回言ってみたいランキングには入ってるであろう言葉。
それを
これほど嬉しいことはない、と思う。
そんな事を考えていると、凛香はニヤッって顔を浮かべこちらへ寄ってきた。
「手、冷たいけど、本当はどれぐらい待った?」
なぜ、凛香には見透かされているのだろうか。
せっかくカッコつけたのに台無しになってしまった。
本当に恥ずかしい。
「三、三十分ぐらい?」
「来るの早すぎでしょ」
凛香はふふっと笑みを浮かべながら、俺を覗いてくる。
本当に可愛い。
しかし、本当の目的を忘れてはならない。
俺は、凛香の自殺を止めるためにデートの提案をしたのだ。
凛香に好意を抱いている場合ではない。
そんな事を考えていた時、凛香は俺の手を引っ張って笑顔を浮かべ、そう告げた。
「私を楽しませてくれないと、死んじゃうよ?」
どこかいたずらっぽい笑みを浮かべた凛香にまたドキッってしてしまった。
俺は今日のデートで何回、凛香にドキッってしてしまうのだろうか。
◆◆◆
時刻は十一時。
ついに遊園地に着くことができた。
何事もなく、ここまで来ることができたが本番はここからだ。
凛香をどれぐらい楽しませられるか、それが
だからこそ、デートのプランは結構重要になっていくのでは無いのだろうか。
「いやー着いたね」
「そうだな」
「私、男子と遊園地に来たこと無いんだよね」
「……まじですか」
「期待、してるから」
「……おう」
どうやら、俺は凛香に期待されているらしい。
その期待が無くなった瞬間の事を考えると、正直怖くなる。
けど、それ以上に凛香が死んでしまう方が怖い。
だからこそ、俺は凛香の期待に答えたい。
「それじゃあ、行きますか」
俺と、凛香は遊園地向かって歩きだした。
今から俺と、凛香はお化け屋敷へ行く。
コーヒーカップなど様々な所を回ってきた。
本当は、この後違う所に行こうとしたのだが、凛香の要望でお化け屋敷に行くことになった。
俺は、お化け屋敷に行ったことがない。
お化けなんて居るわけがない。所詮作りものだ。
そう心に唱え、お化け屋敷へ入った。
「おー雰囲気あるね」
「初めてお化け屋敷に入ったが凄いな」
入ってみると、ガイコツなどのフィギュアが置いてあり、お化けが出てきそうな雰囲気を醸し出したいた。
まぁ、お化けなんか見たこと無いから、雰囲気なんて分からないんだけど。
「じーくん? こっちこっち」
「あ、そっちなのか」
先に進んでみると、レールに沿って動く乗り物が置いてあった。
どうやら、ここは乗り物に乗って進んでいく系のお化け屋敷らしい。
「じゃ、乗ろっか」
「はいよ」
初めて乗る乗り物に、少し好意心を抱きつつ、凛香と隣同士で乗ってみた。
乗ってみて思ったが、この乗り物はスピードが出ない。
乗りながら景色を楽しむ。そんなお化け屋敷ということが分かった。
別にこれぐらいじゃ怖くないな……と思いながら、凛香の方を向いてみると、何故か目に涙を浮かべていた。
「その……大丈夫か?」
「…………怖いから手、握ってて欲しい」
上目遣いでお願いしてくる凛香。
そんな凛香にドキッとしてしまったのは言うまでもない。
いわゆるギャップ萌えと言うやつだろうか。
学校では絶対に見せない表情をする凛香に対して、俺は多少罪悪感が湧いてしまう。
けど、凛香のお願いを断れるわけがない。
「……仕方ないな」
その言葉を聞いた瞬間、凛香は手をギュッと握ってきた。
凛香の手は、俺とは違く、ものすごく温かい。
これが、男子と女子の違いってやつだろうか。
(平常心……平常心)
凛香は、怖いから頼ってきただけで、やましい事はない。
そう心に言い聞かせ、お化け屋敷を後にした。
◆◆◆
「こ、怖かった……」
「そ、そうだな」
お化け屋敷を後にした俺と凛香は、近くのベンチに座った。
凛香とデートってだけで緊張してしまうのに、手を繋いで欲しいなんか言われたらもっと緊張してしまうのはあたりまえだろう。
心を落ち着かせながら、凛香に聞いてみる。
「次はどこに行く?」
デートのプランは、ある程度決まっているが、やはり凛香の好きな所に行ったほうがいいだろう。
凛香も、そうした方が嬉しいだろうしな。
「じゃあ、観覧車乗ろうよ!」
というわけで、俺と凛香は観覧車に乗ることにした。
◆◆◆
凛香side
なぜ、奇跡なんか起きてしまったのだろうか。
今さっき、私は屋上に入れないよう、鍵を掛けていたはずだ。
だから、屋上には人が入れないはず。
なのに───
───なぜ、彼は
「……鍵、閉めといたはずだけど」
「鍵持ってたから」
「そう」
別に彼の目の前で死んでも、私には関係ない。
今から私は飛び降りるんだ。
何も考えなくていい。
もう少しだけ、飛び降りる前に風を浴びていたかったが仕方ない。
飛び降りよう。
そう思った時だった。
「……名前、聞いてもいいか?」
彼からそんな声が聞こえてきた。
どうして、私の名前を聞いてきたのだろうか。
私には、時間を稼ぐための言葉にしか聞こえなかった。
「……時間稼ぎのつもり? 今からの死ぬ人の名前聞いても良いことないよ?」
思わず、反射的に言ってしまった。
彼は、しゅんと少し悲しそうな表情をしながら、黙ってしまった。
可哀想とは思わない。
けど、次何を言ってくるのだろうか、気になってしまう。
……まぁ、私の気を引くような言葉とか、両親が悲しむよ。とかそんな言葉だろう。
「よく分からないけどさぁ、ここで死ぬのはやめてもらってもいいか?
ここで死なれたら俺の居場所が無くなるんだ」
この人は、なんて事を言い始めるんだろう。
もっと、私に掛ける言葉はあったはずだ。
なのに、この人は、自分の居場所が無くなる心配しかしてない。
「はぁ? 目の前で飛び降りようとしてる人が居るんだよ?
もっと他に言うこととかないの?」
今すぐにでも、飛び降りてしまえば、こんな会話関係ないのに。
私は何をやっているんだろう。
自分でも分からない。
「そうだなぁ……なんでここで死ぬ必要があるんだ?」
「え?」
思わず、間抜けな声が出てしまう。
「だってさ、ここで死ぬんだったら、もっと他に良い死に場所があるだろ、
死んでも死体が分からない所で死ねばいいじゃん。
あれだろ、かまってちゃんなのか?」
悔しいけど、割と正論だ。
自分が、死にたいからってここで死んでも迷惑しか掛からない。
なら、私は。
「……そこまで言うのなら分かったよ。違うとこで死ぬから、ばいばい」
これで、この人も私を止めないだろう。
時間稼ぎはこれで終わり。
その、はずだった。
「待てよ」
「何?」
もう、止める理由はないはず。
なのに、なんで。
「あーなんだ、俺は迷惑を掛けられたんだ。何かしてもらわないと困るんだけど」
この人は私を脅しているって事だろうか。
そんな時間稼ぎに騙されるほど馬鹿ではない。
別に、死んでしまえば脅しなんか関係ないから。
「別に死ねば関係ない」
本心を、そう、告げた。
「じゃあ、警察、先生、家族にお前が自殺しようとしてる事、言っても問題はないな?」
……それは問題かもしれない。
今、言われてしまったら、全てが終わってしまう。
時間が足りなくて、もしかしたら死ねないかもしれない。
これは、
一応、本人にも聞いてみる。
「何それ、脅してる気?」
「聞こえ方によっては、脅されてるって思うかもな」
「なにそれ、意味分かんないだけど」
本当に、この人は意味わからない。
普通、死にたくなった理由とか、聞いてくるのが普通なんじゃないか。
まぁ、この人が普通じゃないって事だろうけど。
さて、この人は何を私に求めてくるのだろう。
体? お金? 色々あると思う。
この人は何を望むのだろう──。
「そうだなぁ……、デートしてよ」
「……はい?」
間抜けな声が出てしまった。
まさか、デートを望むなんて思いもしなかった。
だって、飛び降りようとしている人とデートなんてしたくないだろう。
──でも、この人の一生懸命さは伝わってくる。
だって、土下座してくるんだもん。
かなり不器用な土下座だけど、私を止めたいって思いは、本当に伝わってくる。
───もしかしたら、
確証なんか、これっぽっちもないけど、なぜかそう思えた。
人に期待されるために生きるのではなく、私が、私でいられるために。
「はぁ……仕方ないな。脅されて仕方なくだからね!」
「分かってますよ」
彼は本当に分かっているのだろうか。
でも、そんなのどうでもいい。
少なくても、彼が体目当てで、「デートしてよ」って言ってないことは分かっているから。
……そういえば、デートの連絡はどうする気だろうか。
どうせ、彼のことだろう。
LINEの交換を頼む勇気なんてないだろう。
なら、私から、LINEの交換を頼んでもいいのではないのだろうか。
いつかは交換することになるのだ。
ただ、交換するタイミングが早くなっただけ。
そう言い聞かせ、彼に言ってあげた。
「そうだ、LINE交換しようよ」
「いいのか?」
ちょっと彼は驚いたような顔をしている。
ちょっと可愛い。
「こんな可愛い子とLINE交換できるなんて、普通はないからね!? 仕方なくだから」
「分かってるって」
「なら、いいけど」
彼に、私のマイQRコードを見せ、LINEの交換をする。
見るからに陰キャっぽいアイコン、背景。
私も、擬態していなかったらこんな感じだったんだろうな……って思うと少し笑えてくる。
まぁ、その笑いは顔には出さないんだけど。
「うわぁ……、THE陰キャって感じだね……」
「悪かったな」
そんな事はさておき、彼の事をなんて言おうか。
本名をそのまま言うのもいいけど、特別な呼び方が欲しい。
でも、私だけ特別ってわけにもいけない。
彼には、私を『凛香』って呼んでもらおう。
「私の事は静香って呼んでいいから、私も君のこと勝手に呼ばせてもらうね」
「あぁ、なんでもいいぞ」
さて、彼をなんて呼ぼうか。
私に専用の呼び方……ってなると、難しい。
少し考えてみる。
……彼は、私が
それにちなんだ名前はどうだろうか。
……
割と愛嬌のある名前だし、覚えやすい。
……よしッ、これから彼の事はじーくんって呼ぼう。
決まった名前を、じーくんに伝える。
「よしッ、これから君の事は『じーくん』って呼ぶね」
「いいけど、なんで『じーくん』?」
「私の自殺を邪魔したからね、自殺から『じ』を取って『じーくん』」
「……まぁ、いいんじゃないか」
じーくんは少し納得のいかないような表情をしているけど、あえて気にしない。
じーくんには、私を『凜香』って呼んでもいい権利をあげたんだ。
見返りは、大丈夫……のはず
そんな事を考えながら、ふとスマホを見てみると、気づけば電車が来る時間。
そろそろ出ないと間に合わない。
「そろそろ電車が来ちゃうから行くね!
『デート』どこ行くか決まったLINE頂戴!」
私はそう言い残し、屋上を後にした。
◆◆◆
じーくんside
観覧車に乗るため、俺と凛香は受付へ向かっていた。
もしかしたら……とは思っていたが、カップルが行きたいアトラクションランキング上位なだけあって、人の波が出来ていた。
しかも、周りは、
そんな気持ちを吹き飛ばすために、凛香と会話を始める。
「やっぱり、人多いね」
「あぁ、流石は観覧車ってとこだな」
「これじゃあ、逸れちゃいそうだね」
「これだけ人が多いとな、それが心配だよな」
「…………」
軽い雑談を交わしながら、歩いていた俺と凛香はある物を見てしまう。
「───チュッ」
俺と凛香が見てしまったのは、バカップルの
人に見せつけるようなバカップルのキスを見ている人は、当然ながら多く、その見せつけるキスは、多くのカップルに影響を与えていた。
もしや……と思い、あたりを見渡してみると、他のカップルが次から次へとキスを交わしている。
その時、俺は直感的に感じることができた。
───ここに居るのは、ダメだ。と
「……凛香、行こうか」
「えっ、そうだね」
早く、この場を後にしなければならないと感じ取っていた俺は、凛香と共にその場を後にしようとした。
なのに、なのに、
────凛香が俺の手を握ってしまった──。
「その、逸れると困るから、手、握っても良い?」
「……ッ」
さっきのバカップルの影響なのだろうか、
俺は、今凛香の手を、また握っている。
凛香の手は、俺とは比べ物にならないくらい暖かくて、
俺の手とは違くて。
───こんなの誰でも意識してしまう。
静香の自殺を止めるために、デートするんじゃなくて、
本当に、本当に、
そう思ってしまった。
………でも、今は、凛香を楽しませるのが優先。
この気持ちを、今は、胸の中に閉まっておこう。
凛香には、死なれたくないしな。
「それじゃ、行こうか」
「う、うん!」
そうして俺と凛香は、観覧車に乗り込んだ。
◆◆◆
───観覧車。
一人で乗るのは、多少覚悟が必要だって思ってる。
周りは、カップル、カップル、カップル。
逆に、一人の方が目立つぐらいだ。
──だが、今回は、一人ではない。
そう、俺には凛香がいるんだ……!
これで、観覧車なんか怖くない、はず。
「男子と乗るなんて初めてだなぁ……」
そう微笑みながら、観覧車に乗る凛香。
今更って感じだが、初めて会った時と印象が違うってつくづく思う。
初めて会った時は、超絶クールを貫いていたのに、今となっては、クールっぽさを感じさせない。
……..……これは、俺に心を開いてくれたってことでいいんだよな?
俺には、俗に言う
そんな事に安堵していたら、凛香と目があってしまった。
いつみても、本当に可愛い。
おそらく、凛香とデートしたい男子は多くいるだろう。
そんな凛香とデートできるなんて本当に幸せだ。
────不具合が発生したため、一時的に観覧車を停止します。少しお待ち下さい。
不具合を知らせるアナウンスが響き渡る。
凛香と二人きりにる時間が長引くことを喜ぶべきか、喜ばないべきか。
一般的に考えてみれば、喜ばないべきだろう。
良くないことなのに、少し喜んでる自分が恥ずかしい。
「あはは……観覧車止まっちゃうって」
「……そうだね」
この状況、意識しないほうがおかしいだろう。
男女二人きりの空間、少し期待してしまう。
俺が凛香に、恋愛的な感情を抱いていたとしても、凛香は俺に対して、そんな感情抱いていないかもしれない。
そう思うと、深く踏み込めない。
「じーくん! 見てみて! 景色、本当に綺麗だよ」
夕日に照らされた凛香──さっきとは違う雰囲気を醸し出して、本当に美しい。
今なら、今なら、行ける気がする。
さっき、胸にしまい込んだこの気持ちを、いつ吐き出す?
また、凛香とデートできる保証なんかないんだ。
最初は、凛香の自殺を止めるために、デートしたけど。
今は、そんなの関係ない。
──俺は、俺は、
「凛香のことが───」
「………あのね、聞いてほしいことがあるの」
凛香が、タイミング良く割り込んでくる。
………どうして、上手く行かないのだろうか。
俺は、恵まれていないのではないのだろうか。
いつも、いつも、上手く行かない。
───けど、そんな恐れを抱く必要はなかった。
「私ね、色々な人に、期待されながら生きてきたんだ。
友達、先生、家族、色々な人に期待されたの。
その期待を失ってしまったら……..って思うと怖くて、学校では
「……うん」
「流石にそんな生活が続くとね、疲れちゃって。
気づいたら、
「皆、私の擬態が好きなの。
なんでもできるように見せかけてる、あの姿が、
本当に苦しかったの」
「そして、じーくんと会った日。
あの時、死のうって本気で思ったんだよ?
なのにさ、じーくんがやって来て、全ておかしくなったの」
「こんな私でも、普通に接してくれて、普通の人とは、ちょっと違って、きっと、私の支えになってたと思うんだ」
「気づけば気づくほど、じーくんの事しか、 考えらなくなっちゃった……」
「優しいとことか、気遣いができるとことか、普通に私に接してくれるとことか、………カッコいいとか」
「だから、さ、一生のお願い。
じーくん、私と付き合ってくだ────」
◆◆◆
人生、何が起きるか分からないってつくづく思う。
…….......俺にも、最近奇跡が起こった。
とある、飛び降りようとしている美少女に出会って、デートして……
俺の生活は、百八十度変わってしまった。
まぁ、そんな事はどうでもいい。
今日は、俺の
ついに、
「ほらっ、行くよ!」
「はいはい」
凛香は、俺の三歩先を歩いて、一生忘れられない笑顔を浮かべながら、そう言った。
「ねぇねぇ」
「どした?」
「私を楽しませてくれないと、死んじゃうよ?」
私を楽しませてくれないと、死んじゃうよ? 白深やよい @yayoi_san
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