第5話 二人きり
「私の部屋で?」
「ああ、どうしても二人で話がしたいと言われてな。
お前たちは仲もいいし、これからのことを話すくらいなら問題ないだろう。」
お父様からそう言われて、首をかしげてしまう。
確か、婚約の挨拶の時は中庭で会ったはず。
周りには両親の他に侍女たちもいて、
騎士の誓いをするレイニードをみんなが嬉しそうに見ていた。
それが私の部屋で、二人で話したい?
カミラがお茶の準備をしてくれると、レイニードが屋敷に着いたことが知らされた。
緊張して待っていると、部屋の扉が開かれレイニードが入ってきた。
最後に見たレイニードはお父様よりも大きく、鍛えた身体がたくましくて、
いつも眉間にしわが寄っているような表情だった。
久しぶりに見た12歳の幼いレイニードに、少しだけ胸が痛む気がした。
騎士になってすぐに切ってしまった銀色の髪も、今はまだ長く後ろで結んでいる。
私とそれほど変わらない身長のレイニードが、とても懐かしく感じられた。
ただ、なぜか表情は暗く、12歳の頃のいつもの笑顔は無かった。
「人払いを…。」
レイニードがそう言うと、部屋からカミラたちは出ていってしまった。
扉を開けたままにするかと思ったのに、きちんと閉めて出ていってしまう。
いいのだろうか?
婚約者だから?まだ12歳だから?
混乱していると、レイニードは無言で近づいてくる。
目の前まで来たと思ったら、ぎゅっと抱き着かれ、驚きのあまり声が出なかった。
「エミリアッ!エミリアッ!すまなかった。
怖かっただろう…俺がもっと早くに気が付いて助けられたら…。」
これは…もしかして…
「助けに来てくれたの?
最後にレイニードの声が聞こえた気がしたけど、本当に…?」
「…俺が気が付いて追いついた時には、エミリアは落ちていくところだった。
すまない。神の審判でやり直しが認められたからと言って、
怖かったのが無くなったわけじゃないだろう。
本当にすまない。
こんなことになるなら、
あいつらの言うことを聞いてエミリアのそばを離れるんじゃなかった…。」
「…私に興味が無かったから離れていたんじゃないの?」
「そんなわけ無いだろう!
俺が、ずっと大事に思っているのはエミリアだけだ…。
顔を見せてくれないか…生きてるってちゃんと実感したい。」
そっとレイニードの両手が頬にふれてくる。
壊れそうなものを扱うみたいにそっと。
レイニードの目から涙があふれ、ぽたぽたと落ちてきた。
「あぁ、エミリアだ。
ずっと近くに行きたかった。
こうしてふれて、ずっとそばで守りたかった。
俺は、もう二度と間違えない。
エミリアが俺を許さなくても、俺をそばに置いてくれ。」
「そばに?」
そばに置いてって、離れていったのはレイニードなのに。
私はずっとここにいて、待っていたのに来なかったのはレイニードだ。
「信じられないなら、それでもいい。
せめて、時が戻る17歳の夜会まで守らせてくれ。
もうあんな思いをするのは嫌だ。エミリアを死なせたくない。
頼む。いいって言ってくれないか?」
これ以上ないほどの真剣な声に、とりあえず頷いた。
もうすでに婚約しているし、今すぐ離れてと言っても無理だろう。
それに、離れていったのはレイニードの方だ。
レイニードが言う信じてが、何を信じてほしいのかわからないけど、
そばにいるというなら、それを願うのは私の方だった。
「…ありがとう。」
まだ泣いているレイニードにハンカチを渡すと、素直に涙を拭いた。
その顔を見て、何かが違うと思った。
「レイニード…目の色が変わってる。
灰色がかった青から、灰色がかった紫になってる。」
「え?本当に?
…あ、エミリアの目の色も違う。
紫が赤紫になっている。」
お互いに赤が混じったってことだろうか。
神の審判のせい?それに感じる違和感がもう一つ。
「それに、レイニードから魔力を感じるんだけど?」
「あぁ、そうなんだ。
それも相談したくて二人で話をさせてもらったんだ。」
「相談?」
「うん、俺、騎士にならなくてもいいかな?」
「え?…騎士にならなくていいの?」
レイニードの家、ジョランド公爵家は騎士の家系だ。
お父様は騎士団長だし、2つ上の兄ライニードも騎士団に入る予定だ。
だからこそレイニードも騎士を目指さなきゃいけないのだと思っていたのに。
「俺が騎士になろうとしたのは、エミリアが騎士が好きだからだ。」
「え?私、特に騎士が好きなわけじゃないよ?」
「え?本当に?」
私が騎士が好きだから、騎士に?もしかして騎士の誓いってそういう理由から?
「うん、騎士はカッコいいと思うけど、だから好きとかは特には。」
「だって、エミリアが良く読んでた本が「騎士と姫さま」だっただろう?
だから俺はエミリアは騎士が好きなんだと思って、騎士になろうと思ったのに。」
「あれはお母様がくれた本だから大事にしてただけ。
多分、お母様は私がレイニードかライニードと婚約すると思って、
騎士を理解させたくて買ってくれたのだと思うわ。」
確かに良く読んでいた。
「騎士と姫さま」は騎士が姫さまを命がけで大事に守るのだけど、
騎士の一途な思いが姫にはなかなか届かず、やきもきする話だった。
姫は姫で身分の違いに悩み、自分の思いを告げることが出来なくてすれ違っていく。
最終的には騎士は武勲をたて姫と結婚するという恋愛小説だ。
あぁ、嫌なこと思い出した。
ビクトリア王女がレイニードに執着したのもそのせいだった。
「騎士と姫さま」に出てくる騎士は銀髪で青目なのだ。
ちょっと冷たそうに見える顔も似ているとか何とかで、
取り巻きの令嬢たちと騒いでいたのを思い出した。
そのせいで最後には見たくないほどにその本が嫌いになってしまっていた。
「…なんだ、そうだったんだ。
そこから間違っていたんだな。
じゃあ、俺は騎士じゃなくていいんだ…。
それじゃあ、何か他の職業で好きなものはあるの?」
「…特に何か好きな職業とか考えたことも無いけど…。
やり直せるなら私が魔術師になりたいわ。」
「魔術師に?」
「そう。あの時、私が魔術師だったら、こんな目にあわなかったのにって思ったの。
魔術の勉強をしてこなかったことを後悔したわ。」
令息たちに追われたとき、誰かに助けてほしいと思うよりも、
力がなくて抵抗できなかった自分が悔しかった。
お父様に遠慮しないで魔術師になりたいって言えばよかったと後悔した。
どうして好きなものを好きだと言わなかったんだろうと。
「…そうか、魔術師か。
魔力があるならいろんな職業から選べると思ったけど…足りるかな。
俺の魔力でも目指せると思う?」
「え?レイニードが魔術師に?
…教会で魔力測定しなきゃわからないけど、目指すのは大丈夫なんじゃない?
私が魔力を感じるくらいだから、普通よりも多いと思うよ?」
「よし、じゃあ、まず教会に行くことにしよう。
今から行けるかな…。」
「ええ?今から~?」
「ああ、そうじゃないと次のお願いができないからな。
カミラ!侯爵はどこにいる?」
お願いって何?って聞く前にレイニードは部屋から出ていってしまった。
お父様に外出願いをするのだろうけど…今から教会に行くのか。
10歳の魔力測定でレイニードは魔力ゼロだったはず。
それもあって騎士を目指したんだと思ったのに。
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