第2話 婚約者

魔術師の名門家だったエンドソン侯爵家に一人娘として生まれたエミリアは、

12歳の時に騎士の名門家のジョランド公爵家次男レイニードと婚約した。



エンドソン家に生まれたのに魔力が無かった父と、

同じように魔力の無いジョランド公爵とは学園時代からの親友であった。

父は刑務をつかさどる部署の文官長に、ジョランド公爵は騎士団長になっている。

そんな二人が結婚した令嬢二人もまた親友であった。



両親ともに親友ということで、小さいころからエミリアとレイニード、

公爵家長男のライニードは顔を合わせてきた。

娘しかいないエンドソン家に、

レイニードが婿入りする形での婚約が決まったのも自然なことだった。



ただ、12歳で婚約が決まると、

レイニードは人一倍騎士としての訓練に明け暮れることになった。

王宮の騎士団に入団し、ほとんど休みなくある毎日の厳しい訓練、

それだけなら二人の仲は変わらなかっただろう。



第一王女であるビクトリアがレイニードを気に入りそばに置きたがった。

レイニードが休みを取ることは許されず、

ビクトリアの専属護衛の一人としてつかされるようになった。

15歳の学園入学時になって、ようやく一緒に学園に通えると思ったのもつかの間、

今度は同学年に入学した第二王子の護衛につくように命じられたのだった。



その第二王子の傍らにはいつも男爵令嬢のジュリアが寄り添っていた。

その上、数人の令息がジュリアに侍るようにそばにいた。

もちろん護衛であるレイニードもその中にいた。

ジュリアは小柄で黒髪緑目、たれた目に泣き黒子、

女神の加護があるのではないかと噂されている美しい少女だった。

そんな集団にエミリアが近寄ることは出来ず、

学園でもほとんど話すことなく過ごした。



さすがに婚約者としての交流はあったのだが、それも問題があった。

婚約して半年でエミリアの母が亡くなり、叔母が義母として迎え入れられた。

叔母は伯爵家に嫁いだが、未亡人となり一つ年下の従妹エリザベスがいた。

叔母が父と再婚したのと一緒に、従妹も養子として迎え入れられた。



義母が言うには、この婚約は侯爵家を継ぐ者が受ける話で、

私ではなくエリザベスでも良いという。

婚約を結んだのは私だというのに義母はそんなことは知らないと、

レイニードが来てもエリザベスに相手をさせてしまう。

その間、私は部屋にいるように命じられ、話すことすらできなかった。



夜会に行く際もレイニードが迎えにきてくれると、

エリザベスが真っ先に出迎えてしまう。

一緒の馬車で向かうのだが、行き帰りの会話もエリザベスがすべて話してしまう。

王宮に着くと私をそっちのけでエリザベスがレイニードを連れて行ってしまっていた。


夜会が始まればレイニードはビクトリア王女にべったりとつかれており、

そうじゃない場合は第二王子や男爵令嬢と共にいる。

帰る際にはエリザベスが引っ付いている。




こんな状況だが、いつまでたっても変わらずに私が婚約者のままだった。

いつ公爵家から解消なり変更なり告げられてもおかしくないのに、

なぜかそれはなかった。

そのために私への嫌がらせは年々増えていくばかりだった。




「ほら、地味女がまた一人でいるわよ。」


「本当ね~氷の騎士様に相手されない上に、誰にも相手されないなんて。

 可哀そうで見てられないわぁ。」


「私だったら恥ずかしくて婚約解消を願い出ますのに。」


「本当よねぇ。ビクトリア王女が公爵家に嫁がれるのが一番自然ですわ。

 それが無理でも、あの地味女より私の方がよっぽどマシですのに。」


「やだぁ。私もよ。氷の騎士様ならいくらでもお相手しますのに。ねぇ?」



すぐ近くまで来て笑うくらいなら、

はっきり言いに来ればいいのにとは思うけど、ケンカを買ってもいいことはない。

確かに私はレイニードに相手にされていないのだから。

こんなに放っておくというか、

何もしないのであれば婚約解消してくれたらいいのにと何度も思っている。


もう侯爵家を継ぐのはエリザベスに任せて、

私は今からでも魔術師になる勉強をしたほうがいいかもしれないとも思った。

でもそれを言い出すと、魔力が無くて苦労した父が悲しむと思って言えなかった。



夜会に来ても話す相手も無く、友人を作ろうにも、

ビクトリア王女の恋を邪魔する者として有名になってしまった私は、

話しかける相手すらいなかった。

もし話しかけたとしても、無言で逃げられてしまうだろう。


ビクトリア王女は本性を知らない令嬢たちから崇拝されていた。

王女の恋の邪魔をする相手ともなれば、彼女たちは一致団結して排除しようとする。

私が直接的な危害を避けられているのは、

レイニードに相手にされていないこともあるが、

これでも侯爵家の跡取りだといういうことだろう。

さすがに私より身分の高い公爵家の令嬢たちは王女の本性を知っているようで、

私に敵意を向けてきたりはしなかった。

その代わり王女に関わりたくないからと、私とも関わりたくないようだ。


結果、やっぱり誰とも友人になれなくて、今日も一人で壁際にたたずんでいた。




「はぁぁぁ。もう帰ろうかしら。」


遠くの方でレイニードがビクトリア王女と話しているのが見えた。

ここまで王女の笑い声が聞こえてきそうな、そんな笑顔だった。

肩を出した真っ青なドレスが細身で長身の体によく似合っている。

そのドレスにかかるつややかな金髪がきらめいて、思わずため息が出そうになる。

自分の髪をちらりと見ると銀色の髪が手入れされず、まるで白髪のようだ。


ビクトリア王女はレイニードの腕にもたれかかっているが、

レイニードの表情は冷たいままだ。

どんな令嬢のそばにいても冷たい態度、つまらなそうな表情。

昔はそんなことなかったのに。いつから彼は変わってしまったのだろう。




「俺はエミリアを守る騎士になるよ。」


そう言って婚約を結んだのは嘘だったのだろうか。よく笑う少年だったのに。

母親たちがお茶を飲む傍らで一緒に本を読んで遊んでいたのは、もう遠い記憶だ。

ライニードと三人で、ずっと笑って過ごしていたのに。


思い出したらよけいに辛くなって、そっと夜会の会場を出た。

侯爵家の馬車で先に帰って、

レイニードとエリザベスにはもう一度王宮に馬車を迎えに来させればいい。

私一人で帰ったところで、誰も心配しないだろう。



馬車乗り場の方へ歩き出したら、後ろから腕をつかまれた。

驚いて振り返ると、にやにやと笑う令息たちがいた。

ハッとして辺りを見ると、休憩室のある通路をこえたところだった。

しまった。そう思った時には遅かった。



「エミリアちゃんじゃーん。遊びに来てくれたの?

 いつもそっけなくされるから、そろそろ本気出そうと思ってたんだよね~。

 休憩室、空いてるからさ。俺たちと遊ぼうかぁ。」




つかまれている腕から伝わってくる体温にぞっとする。

こんなやつらに好き勝手にされたくはない。

令息たちが5人ほど、こちらに向かって来るのが見えた。

まずい。このままここにいたら逃げられない。


一瞬だけ魔力を放出して光を出し、腕を振りほどいた。

踵の高い靴で来なくて良かったと思いながら走って逃げると、

令息たちがすぐに追いかけてきていた。

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