第11話 方法と理由

【第10話と第11話の間に『登場人物一覧』を掲載しています】


「アルク、いいか。力には使いどころがあるんだ。闇雲にあれこれやってもダメだ」


 それは祖父アルマスの口癖だった。

 力には使いどころがある——。


 難しい話ではない。「大きい力は大きいなりに。小さい力は小さいなりに。使うべき場所と機会がある」という意味だ。


 この世界は不公平だ。

 魔力がものを言い、貴族が幅をきかせている。弱いものは何を支えに生きていけばいいのか。


 力を入れるべき場面はきっと回ってくる。

 そんな風に、自分に言い聞かせるのだ。


 大図書館の地下では、混乱が続いている。アルクは周囲の皆がうろたえている様を、灰色の巻毛の下からじっと眺めている。


 魔法使いのベンヤミンはホールの壁を見回っていた。隠し扉などがないか確認しているのだろう。大きな身体をすくめて壁際を歩く姿は、人里に迷い込んだ熊のようだ。


 もう一人の魔法使い、アイノは衛兵に偉そうな口調であれこれ指示している。鉄の扉をこじ開けられないか、再び試しているのだ。アルクが見る限り、可能性は低そうだった。


 職人らは壁際に座り込んで休んでいる。

 アルクの隣に座っていた男がつぶやいた。


「俺たちは、待つしかないからなぁ。どうなっているのか、さっぱり分からんが。魔法使いサマに、早く何とかしてもらわないと」

 長髪を頭の後ろで結んだ、三十がらみの男だ。飄々として落ち着きがあった。


 魔法使いが焦って動きまわり、自分や隣の男のような職人が意外と落ち着いている。滑稽にも思えるが、いまの事態は、アルクらにどうこうできるものではない。


 ホールの中央では、ヴィルホやウルマス館長ら主なメンバーが集まっている。そこにコトカの姿もあった。


(コトカは大丈夫だろうか)

 アルクは冷めた目で周囲を眺めつつも、コトカのことは気になった。


  ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


 コトカはヴィルホに提案した。

「いったん全員を集めて現状を説明しましょう」


 ヴィルホが聞き直した。

「全員とは? 衛兵や職人もですか」

「そうです。いまの状況がいつまで続くかわからない。余計な混乱が広がらないよう、情報は共有すべきでしょう」


 まもなくホールの中央に全員が集められた。魔法使いも、館長も、司書も、役人も、衛兵も、そして職人も。

 身分も立場も違う面々を前に、ヴィルホが現状を説明した。


「皆には、ひとまず待機してもらいたい。幸い、通風口は通っている。最下層には井戸があり、倉庫には食糧もあるそうだ。その気になれば、数日間は籠城できる」

 ヴィルホは安心させるつもりで言ったのだろうが、皆は騒然とした。

「数日間もこんなところにいろっていうのか」


 そのうちに、アイノがウルマスに文句を言い出した。

「これは明らかに管理の不手際だ」


 ベンヤミンも口を挟む。

「扉が開かないなんて、あり得ない」

「どんな方法を使えば閉まるのか」

「実は物理的に閉まっているのではないか」


 コトカはアイノらの堂々めぐりの訴えを静観していたが、ふと、アルクの方を向いた。

「アルク、君はどう思う?」


 アルクは突然名指しされ、驚いて背筋を伸ばした。そもそも発言権などないと思っていたのだ。


 コトカは言う。

「職人の意見も聞いてみたい。気付いたことはないかい?」

 周りの人間もアルクを見た。多くの人がアルクの存在を初めて認識したようだ。


 アイノは「ふん」と鼻を鳴らした。そんなやつに聞いても意味がない、とでもいう風に。


 皆の視線にさらされ、アルクは逃げ出したくなった。逃げなかったのは、コトカが琥珀色の瞳で、まっすぐに見ていたからだ。


 アルクは観念して口を開く。

「俺は、何もわからない。なぜ扉が開かないのか。その仕組みは想像もできないし。考えるのは俺の領分じゃない」


 アイノが「そら見たことか」とつぶやく。それでも、アルクはコトカの視線に背中を押されて言葉を続けた。


「……だけど、俺にも疑問はある。よく祖父じいさんが言っていた。理由のない物事はないって」

 コトカが穏やかな声で聞き返す。

「アルク、どういうこと?」

「俺らがこんな風に、ここに集まっているのはなぜか。その理由が気になる」


 アイノが苛立った声で言う。

「なぜここにいるかって? そんなもの、扉が閉まっているからに決まっているだろう」


 アルクは言った。

「何の意味もなく、扉は閉まらないんじゃないか。いまは、どうやって閉まったのかを議論するよりも、閉まった理由をこそ、考えるべきじゃないのかな」

 最後の方はアイノににらまれ、小声になったが。アルクは皆の前で意見を吐き出した。


 コトカは笑みを浮かべた。

「方法よりも理由が大事か。アルク、確かにそれは大事な指摘かもしれない」


 アルクが答えた。

「魔法は不可能を可能にするんだろう? 俺からみたら、扉を閉めるくらい、訳ないように思える。それよりもわざわざ閉めた理由が気になっただけだよ」


 アイノは納得がいかないようで、悪態をついた。

「ふん、勝手なことを言いやがって。じゃぁ、その理由は何だって言うんだ」


 そのとき、ホールに妙な音が響いた。


 何かが潰れたような。


 ある者は果実を踏みつけたときの音だと思った。また別のある者は、荷物を入れる皮袋が破れた音だと思った。


 そんな、嫌な類の音だ。


 一同は周囲を見渡す。

 そして、すぐに気付いた。


 一番端にいた衛兵が一人、姿を消している。


 衛兵のいた付近の床に、コップ一杯ぶんくらいの血がたまっていた。血糊が書庫の入り口まで、点々と伸びている。


 それが最初の犠牲者だった。







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