緑のたぬきと息子の成長

tira

緑のたぬきと息子の成長

 あれは12月31日の大みそかの出来事だった。


 朝から寒気を感じていたが、明日のためのおせちを作っていた。

なんだか頭がフラフラするがどうにか気力でおせちを作り終え、お昼は簡単に親子丼にして息子たちに食べさせる。私は食欲もなかったのでそのままお茶だけを飲むことにした。昼からは最後の掃除を忘れていたことに気づき、ガンガンする頭を奮い立たせ、なんとか1年の汚れを落とすことができたので一安心していた。


 しかしその頃には私はもう動く気力も残っていなかった。


 いつのまにやらもう夜ご飯の時間になっていたようだ。

 時間が経つのがいつも以上に早い気がする。

 さすがは師走、年の瀬といったところだろうか。


「お母さんお腹空いた。年越しそばまだ?」

「ごめん、お母さん頭が痛くて……今年は年越しそば作れなさそう。なんかコンビニで買ってきてくれる?」

「えっ? 年越せないじゃん?」


 いつの間にこんなことを言えるようになったのだろうか。

 あんなにも小さかった息子が今では小学1年生なのだ。


「ならコンビニでそばを買えばいいんじゃない?」

「えっ? コンビニは冷たいのしかないでしょ?」

「あっ、そっか」

「そうだよ。やっぱ温かいそばを食べないとやばいよ。僕2年生になれないじゃん!!」


 息子は怒っているようだ。


 息子よ、そばを食べなくても2年生にはなれるよという悪魔の囁きをしたいところだが何にせよ、今は辛くてしんどい。悪い方にしか考えることができないようだ。


 さっきまで怒っていたはず息子はいきなり手を叩いた。


「あっ、その手があったわ!!」


 とキッチンへ向かうと食器棚を開けて何やらごそごそと探しているようだ。

 いつもなら手伝いに行ってあげるが、今の私には無理だ。


「何さがしているの? ほらここにお金置いておくよ」


 私は1000円札をテーブルの上に置いた。


「お母さん大丈夫だよ。今年も年越しそば食べられるよ。『緑のたぬき』があるじゃん。お湯を沸かすけどお母さんも食べられる?」


「うん、いつもなら『赤いきつね』が好きだけど今日は大みそかだし緑にするよ」


「わかった」


「でも、やかんでお湯沸かせる? ガスの元栓わかる?」


 私がリビングから立ち上がろうとすると息子は手を上げて制止させる。


「いいよ。それくらいできるよ。ぼく1年生になったんだよ?」


「そうよね。わかった。任せるわ」


 私はドキドキと見守るしかないのだけど、火傷はしないだろうか、七味まで切ってしまうのではないかと心配だった。


 息子はやかんでお湯を沸かしている間にテーブルの上にお箸を置き、緑のたぬきのカップの包み紙を外している。


 意外にも要領はいいタイプなのね。


 そんなことを息子の準備を見て思っていた。

 しかし、息子の動きが止まってしまった。

 どうやら、カップの側面に書かれた説明手順を一生懸命読んでいるようだけど、わからない漢字が多いせいか頭を傾けている。


「ねぇ大丈夫?」

「これさ、いつも通りにすればいいんだよね?」

「えっ、うん」

「読んだけど難しい漢字ばっかだもん。スープは入れるでしょ? ハサミで切り取って……でぼくはかき揚げはやわらかい派だから先に入れればいいんだよね」

「そうね」

「ならお母さんも病気なら柔らかめの方がいいんじゃない」

「ありがとう」


 なんかグルメ通のような息子の発言に思わず笑いそうになってしまったが、あとの私を気遣ってくれた発言にグッとくるものがあった。


 そして、無事に緑のたぬきにお湯が注がれたようだ。正直見ているこっちが一番緊張する瞬間だったが本人は自慢げにテーブルへと運んできた。


「お母さん3分待ってね」

「えっ、5分じゃないの?」

「お母さんしんどいからって数字読めなくなったの?」


 私は息子にそう言われて蓋を見ると確かに3分と書いていた。


「赤いきつねは5分だから同じだと思っていたわ」

「緑のたぬきは3分なんだよ」

「そっか」

「まだ2分45秒あるからソファーで休みなよ」


 息子はそういうと寝室から毛布を持ってきてくれた。


 正直2分寝転ぶくらいなら座っていた方が楽なのだけど息子の好意を無駄にするわけにはいかない。私はソファーに横になると息子は私に毛布を掛けてくれた。


 その瞬間、息子の優しさと成長ぶりを感じてしまい涙が出てしまっていたようだ。


「お、お母さん、大丈夫? そんなに頭痛いの? 救急車呼ぶ?」

「いや……違うのよ。大丈夫」

「え、えっでも。そうか、やっぱりたぬきは嫌いだったんだよね。ごめん。でも今日赤いきつねなかったし……今からコンビニ行って来る」


 息子はリビングでコンビニへ行こうとしているようだが、時間が気になっているのか時計をチラチラ見てはウロウロを繰り返す。


 その姿がまたかわいらしくて私は微笑み言った。


「ねぇもう3分経っているよ。食べよ」

「あっ、本当だ」


 息子はコンビニに行くことはもう忘れているようだ。

 席に着くと緑のたぬきを美味しそうに食べ始めたのだった。


 あんなにも小さくて泣いてばかりだった息子がこんなにも大きくなっていたなんて……成長は早いなと実感した出来事だった。


 それからというもの、うちの年越しそばは「緑のたぬき」に決定したのだった。


          ~終わり~


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緑のたぬきと息子の成長 tira @tira154321

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