聖なるは白き雪の

O(h)

第1話

『聖なるは白き雪の』



主は来ませり・・・クリスマス・イヴ。東京・池袋・17時


クリスマスケーキを売っている小さな臨時出店でサンタクロースのコスチュームを纏い売り子のバイトをしているあたしは、小さなクシャミをひとつして、賑やかな街路を行き交う楽しげな人々をぼんやりと眺めてた。鼻水出てきたし。やばっ。


ひなた。唐河ひなた。二十二歳。 あたし。存在してる。


「ちょっとバイトさん、ボーっとしてないでちゃんと仕事してよ・・・。全くもう・・・」

ケーキショップの正社員のおっさんが眉間に皺をよせてあたしとその隣でやはりサンタコスをさせられた大学生のバイトさんに小言を繰り出した。

「はいぃ、すみません。」小さな声でしかしちょっと反抗的なニュアンスも含めつつ謝る(謝ってやった。)。

もうひとりのバイトさんは返事さえしないし。

しかし寒い聖夜だ。心の底まで冷え切る寒さ。

なんでイヴにこんなとこでこんな格好して突っ立ってなきゃいけないの?


一組のカップルがあたし達のほうに視線を向けながらなにやらヒソヒソと内緒話をしている様子が眼に入ってきたちょうどその時、鈴の鳴る音が爆発するようにひび割れながらスピーカから流れてきて、あたしは思わず両耳を手で塞いだ。


ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る

今日は楽しいクリスマス


はい。楽しいDEATH


「クリスマスが楽しかったのは、八歳くらいまでかな。今はもうなんとも思わないな。ケーキくらいは一応買うけどほかには特に何もしないし。あ、ケンタッキーは買うかな。でもすぐじゃなくって25日の9時過ぎて、たたき売り状態に入ってから・・・ね。」

 バイトが終わってから、LINE通話で最近仲いいトモダチに連絡しまくった。

まぁ、こんな夜だから当然断られまくったけど、やっと一人だけ捉まった。初めて入ったコーヒーショップは当然カップルの大安売り。当然よね。

遠くでレジのバイトの子にがなり立てて文句言ってる客の声がひびいてる。

適当に頷いてあたしの戯言の聞き役に徹していた幼馴染の日部咲里緒は、コーヒーのお代わりをカウンタまで買いに席を立つ。

立ち上がった際に、店の大きな出窓のガラスに映った自分の姿を見て咲里緒はなぜか思わずため息をついてたけど、あたしは気づかないふりをした。二杯目のコーヒーを手にして戻ってきた咲里緒は

「で、今回のバイトは時給いくらだったの?時間は?」とあたしに聞いた。

「1時間1500円。で、13時から21時まで、休憩1時間で、実際は7時間労働・・・。で、これ、ね・・・。」

ちょっと皺の多い諭吉先生を1枚、ひらひらと靡かせてみせる。

咲里緒は整った鼻梁にある小さなほくろを指でちょっと撫でてから

「明日はバイトあんの?無かったらちょっと付き合ってくれない?行きたいところあんだけど・・・」

イギリスの大学を6年かけて卒業して現地の船舶会社に就職していた咲里緒の彼氏は、ウィルス蔓延によるロックダウンで散々な日々を過ごし、先日ようやく帰国していた。

さりげなく状況を聞いてみたら

 「あいつ、一週間くらい連絡取れないんだよね。やばくない?」

 あたしは、色々訳ありだねぇ・・・と言ったけどそれ以上深くは聞かなかったし聞きたくなかった。

「なに?イヴにこの体たらくで明日は一体なにをすんの?てか寒くない?この店暖房弱すぎなんだけど・・・。」

「ゆき」

「は?」

「雪、見たい。」

あたしはちょっとクラクラした。かなり持ってかれた。なんだよ雪って・・・咲里緒、勘弁して・・・。

「もう3年くらい見てないからさ。雪を感じたいのよ」


勝手に感じろよ、もう知らんわ・・・・。



次の日のお昼頃、眠い目をこすりながらあたし達は青森のとある駅舎のホームの階段に腰かけていた。新幹線って便利、っていうか速い。車内で食べた弁当がずんと胃に落ちると強烈に眠くなってしまい、あたしと咲里緒はずっと爆睡してた。それからちょっとローカル線を使って、寂れた感じの駅を目指してしばらく彷徨った。

青森にはいってからの雪景色は正直感動してしまった。

雪は昨夜から降り始めたと、降りた駅で通りすがりのお婆さんが話しているのを耳にする。

さすがに北国は寒さが厳しい。

でも、雪。

雪は見ることができている。寒さが半分だけよそ見してくれているようだ。



「あぁ雪やねぇ」

「雪やぁ」

「我が衣手に雪降り積む・・・・」

「バカっぽーい」

「ねぇ、フラクタルって知ってる?」

「ほんと、ひなたって・・・・・」

「ひなたって・・・・なによ?」

「なんでもねーよ」

「草っ」

「我が足元に草生ゆる・・・」

「しね」



雪は水分を含んで、重量を感じさせながら、しんしんと降り続いている。

ちょっと遠かったけど、ホワイト・クリスマス。


夜には東京に戻って、たたき売りの爆安ケンタッキーを買わねば、とあたしはぼんやりと想う。どこか遠くで幽かに鈴の音が鳴ったような、そんな気がした。

しかし眠いわ。



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聖なるは白き雪の O(h) @Oh-8

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