引き寄せられる意思 2
グングニルでトップクラスの炎のヴィジョンを操る可憐、電気と磁力を操る詠歌、伸ばすヴィジョンを持つ亜美、そして常人を凌駕するスピードを出せる瀬那。
この四人を相手するのは簡単なことではないはずなのに、ボスはいまだ余裕の表情でいた。
「そっちの金髪は……あれか。草煙がやられた時に現場にいたという少女だな」
「誰それ? 変な名前」
「面白そうな少女だが厄介であることは変わりない。それに恋時可憐、グングニルのエリートだな」
ボスが話している間に可憐は一切聞く耳を持たず再び炎を噴射した。しかし。先ほどと同様に見えない壁のようなもので防がれてしまいボスには通らない。
「厄介なのはどっちよ。サイコキネシス? それとも見えない壁でも作れるわけ?」
「俺の能力はただ一つ。朽ちさせる能力だけだ。それ以外には何もない」
ボスが可憐たちのほうを向いている今を好機と捉えた瀬那は、痛みを堪えながら高速で動きボスの背中を狙った。瀬那の動きを見て詠歌は用意してきた釘をベルトホルダーから二本取りだし勢いをつけてボスへと飛ばす。
「青いのが束になってもこの俺には届かんさ」
瀬那は背中を狙ったのに再び見えない何かに右拳を掴まれた。ボスが釘を容易に回避すると、釘は瀬那の体へと刺さった。
「え、詠歌……。これは結構痛いぞ……」
「そんなつもりは! くそっ、あいつめ! 次は当ててやる!」
感情的になりつつも詠歌は可憐と連携し攻撃を仕掛ける。それでもボスは軽くため息を吐いて攻撃に手をかざし、炎も釘も、直後に放たれた電撃も、自身に触れる直前に朽ちさせ完全に無効化した。
痺れを切らした可憐が接近戦に持ちこもうと進み始めると亜美が言った。
「不要に近づいちゃだめです! 朽ちさせる能力は生きてるネズミを腐敗させたんです!」
可憐は接近するのをやめて亜美のほうをみた。
「あなたは誰?」
「私は瀬那さんに助けてもらったんです。でも、そのせいでこんな状況になってしまった。私に責任があるんです」
ボロボロになった瀬那を見て亜美は瞳に涙を溜めた。瀬那の足や腿に切り傷が、体には釘が刺さり、左の手のひらはナイフで刺されて、それでも立ち上がりボスを倒そうとする瀬那に謝りたかった。
「別に、あいつがやりたくてやってんだから責任を感じる必要ないわ」
「でも、私が頼まなければ!」
「いずれあいつは大きな事に首を突っ込んだ。それがたまたまあなたが頼んだタイミングと重なっただけ。それに、私が来たんだからここで終わらせるわ」
可憐が来たことによりボスはほかのグングニルが来る前に逃走しようと考えていた。だが、可憐や詠歌を五体満足のまま生かしておくと逃走の妨げになる。潰さなければ逃走はできない。
「せっかく集まった者たちが無残にもやられる姿をそこで見ていろ」
ボスは瀬那の胸を蹴り路地の壁へと突き飛ばした。
体が悲鳴を上げている。出血の影響か意識がわずかにぼんやりをし始めた。
可憐たちが戦う姿をただ眺めているしかない今の自分が情けなかった。きっとあの二人ならどうにかしてくれるかもしれないという安心感はあったが、もし、自分が戦えないことで二人に何かがあったら絶対に後悔する。
壁に手をついて必死に立ち上がろうとすると、亜美が駆け寄ってきて瀬那を支えた。
「もういいんですよ。もう休んでください」
「でも……二人が戦ってる……」
「どうしてそんなになってまで戦うんですか。瀬那さんにそんな責任はないです。グングニルの可憐さんに任せましょう」
亜美の言葉通りもう休みたかった。
早く治療して痛みをとりたい。
頭で理解しても、なぜか体が突き動かされる。
精神がボロボロの体を無理やり動かそうとしていたのだ。
「どうしてそこまで……」
「俺は、友人を助けてあげられなかった」
「えっ?」
「電車に乗っているところを犯罪者に襲われて、俺以外に戦える人間がいなかった。憧れた人のように挑もうとした。……でも、恐怖で足がすくんだ」
瀬那が中学に入ったころの話だ。
自身がヴィジョン所持者であることをできるだけ隠して生活をしていたが、同じクラスの一人の男子生徒にばれてしまった。でも、その生徒は瀬那を羨ましがりながら、尊敬のまなざしで見た。
バレたらいじめられるかもしれない。仲間外れにされるかもしれない。実際、バレた後は周りからはぶられた。でも、その生徒だけは瀬那について行き、共に遊んで笑いあった。
だが、突如として友人を殺された。ヴィジョン所持者によって。
「もし、あの時俺が戦えてれば、力をしっかり使えていたら後悔はなかった。もう嫌なんだ。目の前で奪われるのをただ見ているのは」
亜美は、瀬那の心の奥底に深く刺さった後悔こそが、人助けの原動力なのだとようやく理解した。どこか執念にも似た異常な行動力が不気味だと思うところもあった。
しかし、友人を失った。いや、奪われた後悔が原動力だと知れば、この異常な行動力にもどこか説得力が増す。
だがそれはあまりにも不器用だった。
友人はもう二度と戻らない。瀬那だけが後悔の念に突き動かされている。
いつ出られるかわからない迷宮に迷い込んでいたのだ。
「瀬那!」
誰かが瀬那を読んだ。大通りのほうから聞こえた声の方向を見てみると、そこには紗江、聖香、音葉がいた。
「なんでこんな怪我をしてるの? もしかして人助けで?」
紗江は瀬那の痛々しい怪我を見て心配そうに言った。
「瀬那さん、あの人にやられたんですか? あの人が瀬那さんをこんな目に!」
聖の声は震え、狂気を含む瞳がよみがえりかけていた。
「すぐ通報しなきゃ。それに救急車も」
音葉は先輩らしく迅速に対応し連絡を済ませると、瀬那に近づき傷の具合を確認した。しかし、誰も瀬那の怪我を治療することはできない。そばで可憐と詠歌がボスを止めようと必死に戦っている。
見えない防御方法と攻撃、その上迂闊に近づくことはできず可憐たちの攻撃は無効化される。
ヴィジョンの力は無尽蔵ではない。精神をすり減らし肉体の体力もなくなっていく。攻める可憐たちとただ目の前の出来事に効率よく対応すればいいボスでは体力の減り方は雲泥の差。このままでは可憐たちの体力がつきてボスを逃がしてしまう。
「やってやる……。みんな、力を貸してくれ」
ボスをここで逃がせば再起のチャンスを掴ませてしまう。それだけは防ぎたい。
これ以上を被害を広げないために、誰かが悲しまないために、ボロボロの肉体を無理やり立ち上がらせて拳を握った。
可憐たちの攻撃が弱まっていたころで瀬那は一気に距離を縮めボスへと挑む。
「まだ立ち上がるか!」
「次があんたが倒れる番だ!!!」
正面から向かう瀬那に対し、ボスは笑いをこらえることができない。馬鹿の一つ覚えのように同じことの繰り返し。力量の差をわきまえず根性でどうにかしようとする青臭さには笑わずにいられなかったのだ。
ボスは見えない拳で瀬那を叩こうとした瞬間、瀬那の体は真横へスライドした。
拳は空振りし地面を砕いた。
風で揺れる瀬那の髪を見て、後ろにいる人間の誰かがサポートしているのはすぐにわかった。
「風を利用したところで意味はない!」
「風だけじゃないさッ」
再び見えない拳で瀬那を狙おうとした瞬間、棒状のものがボスを狙って突き進む。亜美が伸ばした壊れたバールだ。
「小癪な!」
瀬那ではなくバールを弾くと、瀬那は小さく笑った。
「それを待ってたんだ。あんたがその見えない攻撃を別の場所に向ける瞬間を待っていたんだ!」
瀬那は一気に距離を詰める。
しかし、ボスには手で触れたものを朽ちさせる力がある。
拳に近づきすぎたり触れられればもう二度と手は使えない。
「わかっているだろうな。触れれば君の体は使い物にならなくなるぞ。最後の慈悲だというのにそれを無下にする気か」
「やってみろ」
「ならば仕方ない。終わらせてやろう!」
ボスは無慈悲に瀬那の顔面を狙う。
そのまま視界と嗅覚を朽ちさせ、さらに脳みそまで完全に腐らせようとしたのだ。
しかし、ボスの手は瀬那をすりぬけた。
「なにっ!」
このままラッシュを受ければさすがにまずいと判断し、後ろに下がり再び瀬那には見えない攻撃で反撃に出ようとしたが、足が動かない。
「なんだこれは! 水が俺の足に巻き付いているだとォ!!!」
「ようやくここまで来た。ここは……俺の距離だッ!!!
音葉の風で変則的な動きで翻弄し、亜美の伸ばす力で注意を引き、紗江の力で視界をずらし、聖香の力で動きを止める。
そして、瀬那のラッシュでボスを完全に戦闘不能へと追い込む。
左手、腹部、腿、それぞれから血が噴き出す。強烈な痛みが稲妻のように伝わってくるがそれでもラッシュを止めない。完全に戦闘不能に追い込まなければ壁に突き飛ばした際に、壁を朽ちさせて建物へ、さらに大通りへ逃げる可能性がある。
しかし、瀬那の体の限界も近づいていた。ラッシュが遅くなった瞬間に、ボスは見えない拳で瀬那の頭を殴った。
「勝てると思うなよこの青二才がアァァァッァア!!!!」
瀬那の脳が揺れた。
意識が途切れていく。
それでも瀬那は必死に立ち上がろうとしたが、体は力をなくし、視界は天を仰いだ。
あと一歩のところで届かなかった。
ボスの執念が瀬那のラッシュを耐えたのだ。
もし、五体満足の状態で今のラッシュを打てたのなら、結果は瀬那を勝利にしたのだろう。
だが、そうはならなかった。
「――そこまでだ!」
路地の左右から婦警がやってきて銃口を向けた。すでにパトカーのサイレンやイージス車両のサイレンが大通りで鳴り響いている。
婦警の二人は河川敷で会った山岸早苗とその後輩の深見杏里だ。
「すでにイージスとグングニル、警察の協力であなたの部下たちは取り押さえている。もう誰も助けには来ないわ」
「くそっ、連絡をしなかったからアジトに集まってしまったのか。だが、いったい誰がアジトを知らせた」
困惑するボスだったがまだ瞳に映る執念の炎は消えちゃいない。
「まだだ……まだ終わってない!!!」
瀬那へ掴みかかろうとした時、ゴム弾がボスの頭部へと直撃した。
早苗の後ろから工藤が撃ったのだ。
ボスは脳震盪によりその場に沈黙した。
その後、ボスはイージスの護送車に乗せられ連れて行かれた。可憐からボスの攻撃を方法を知ったイージスは周囲から実弾を持ったイージス隊員で囲み、ボスの手足に手錠、手に手袋をはめることで朽ちる能力を使えば即座に撃つという対策をとった。
なぜ、ここに可憐や詠歌、それに紗江たちが集まったのか。それは偶然と必然が重なったからだ。
詠歌は朝に瀬那のコミュネクトへ自身の連絡先を入れるついでに、GPSアプリをひそかに入れていた。これは学校で可憐から聞いていたことを思い出し咄嗟の判断で入れたのだ。「
亜美が来たのは本人が言っていた通り鍵音がここへと導いた。鍵音自身はこの場に来てはいなかったが、常に亜美のコミュネクトから位置情報と音声を聞いており、ピンチになる前にイージス、グングニル、警察へと組織の情報を流し通報していた。瀬那が戦っていたからこそ時間を確保できたのだ。もし、瀬那が逃げていたのなら間に合わなかった。
そして、紗江たちはまったくの偶然だった。聖は瀬那に対しての行き過ぎた好意を抑えつつも、瀬那の通う学校へ興味を抱き学校へと向かうと、忘れ物を取りに学校へやってきた紗江と出会い瀬那の話を聞いた。意気投合し、紗江は聖にフロンティアのことを教えようと第四エリアへ向かうと、またもや偶然音葉に出会った。
紗江と音葉知り合いであったため、三人で行動をしていたところで路地の向こう側で瀬那らしき姿を見かけ、怪我をしていることがわかりやってきたのだ。
瀬那は病院の個室で目が覚めた。
頬と腿の切り傷、腹部の釘二本、左手の刺し傷、肉体疲労、胸部、腹部、頭部のダメージ。その上、充希と戦い、ボスと戦ったことによるヴィジョンの過剰利用。医者はなぜここまでなって戦えたのか不思議がっていた。
「目覚めたようだね」
声の方向を向くと鍵音が座っていた。分厚い本を閉じて棚の上に置くと瀬那のほうへと向き直り足を組んだ。
「鍵音のところまで間に合わなかったよ」
「そうみたいだね。おとなしく病院の治療を受けるとなれば夏休みの半分はまともに動けないのを覚悟した方がいい」
「それは困るな。高校生になって初めての夏休みなんだ。青春を謳歌しないと」
「どうせまた無茶をするのだろう。……じっとしていたらまた過去が襲ってくるからって」
「……かもな」
瀬那は自分自身を止めることができなかった。
どこが終着点かわからずただ突き進む。
ヴィジョンを今以上にこなして、手の届く範囲が広がれば、何か見えてくるかもしれない。漠然とそんな風に考えても、本当は何もみえてないのではないかという不安もある。
走っても走っても、道は延々と続き、背後に後悔が迫ってくる。
どれだけ速くても、過去の後悔は追いかけてくるのだ。
そして、憧れにはちっとも届かない。
「君の活躍でサティスファクションは消滅したよ」
「なんだそれ?」
「君が戦った組織さ。ボスの本名は
「まだたくさんあったのか?」
「構成員は五十人。集団では行動させず分散させてのがちょいとやっかいだったけど、なんとかそれぞれのアジトに集めて一網打尽にできた」
「俺はボスの足止めをしただけ。それ以外は鍵音がやったんだろ」
「君がボスをひきつけてくれたからさ。ボスは定期連絡を怠らない」
「連絡がない場合は集まるってわけか」
「そういうこと。君が抑えていたおかげだ」
瀬那が戦っている裏で鍵音は情報を集めていた。瀬那が倒した相手が同じ組織と分かった瞬間から、瀬那の動きが予測で来てしまい、事前に手を打たなければ瀬那だけではなくもっと大きな被害をうんだ可能性も大いにある。
瀬那の活躍は確かにあった。しかし、その裏で動いていた鍵音や海岸沿いの倉庫で倒したあの男をマークしていたグングニル。消えた草煙を追っていたイージス、警戒していた警察など、それぞれの動きに助けられたのも確かだ。
「まだまだだな……」
「仕方ないさ。経験も知識もまだ浅い。その二つが備わらなければ、見える景色は何歳になっても変わらないのさ。でも、確かに君は大きな経験をした。めげずにがんばりたまえよ」
そういうと鍵音は本を取って去ろうとした。
「治してくれないのか? 夏休みがなくなるんだろ。もうすぐ夏休みが始まっちまう」
「すでに治したさ。コールして看護師を呼べばすぐにでも退院できるかもね。あと、今日は夏休み二日目だよ」
その後、退院した瀬那は自分の部屋へ帰りベッドに寝転んだ。
まだ疲労が残る体はとても重く、徹夜した日の朝とよく似ている。
自分の浅はかな行動が招いた部分は反省しなければいけないが、それでも止まることはできない。
未来都市フロンティアはまだ不安定なのだ。ヴィジョン犯罪はいつどこで襲い掛かるかわからない。友人を失い、幼いころにヴィジョン犯罪に巻き込まれた経験のある瀬那は、できる限り手を伸ばしたかった。
「まだ、あの背中は遠いか……」
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