荒れ狂う炎の少女 2

 瀬那が戦っている間に可憐は研究施設へと入った。このエリア一帯は新たな研究をできないようにするために電気が通ったいないはずだが、古いタイプの監視カメラが音を立てながら可憐へとピントを合わせた。赤い起動ランプが点滅しており誰かが監視していることがわかる。


「カメラがついてる。やっぱりあの子がここに」


 通路を進んでいくといくつもの四方に自動ドアや非常階段、外への通路など扉が並ぶ広い場所へと出た。何かの受付をするカウンターとその背後には小さな部屋。人気はなく不良グループは使っていたために荒れている。


 すると、正面の自動ドアが開いた。開いた先には1.8メートルを超える体格のいい男子学生が立っている。


「どの扉から行けばいいかわかんなかったけど手間が省けたわね」

「いま帰るなら手荒なことはしないでやろう」

「そんなんで帰るくらいならそもそもここへ来てないわ」

「その威勢がどれだけ持つか見ものだな!!」


 男は勢いよく可憐へと襲い掛かるがその瞬間、可憐の手からは男の上半身を包むほどの炎が噴射された。


「ぐあっ! こんな熱さごとき!!」

「別にそのまま耐えてもいいけど服は捨てたほうが身のためよ」


 指示に従うのは癪であったが男は上半身の服を破り捨て炎から脱出する。だが、すぐにまた上半身に炎が噴射される。スプリンクラーが起動し可憐は噴射をやめるが、男は最初の勢いはなくなり消沈していた。


「浅達性Ⅱ度といったところね。熱の調節はしてあげたんだからおとなしくしてなさい」


 炎の勢いは豪快なものだったが熱自体は抑えており軽度のやけどで男を圧倒するとそのまま奥へと進んでいった。


 研究施設は入り組んでいるが、建物の構造上最上階に陣取っていると考えた可憐は上へと向かった。四階の通路に行くと奥には大きなガラス窓のある広間が見える。そこには一人の人物が立っており可憐のほうを向いていた。


 はっきりと姿は見えないが可憐にはその人物が誰なのかすぐにわかった。広間まで歩き人物を確認すると小さくつぶやいた。


詠歌えいか……」


 雲が流れ月明かりが照らす。はっきりと見えた人物は金髪のサイドテールの少女だった。ほかのグループメンバーが制服を着ているのとは対照的に詠歌は黒い半袖パーカーに黒いスカートにローファーを履いていた。

 

 サイドテールの少女は外を見ながら言った。


「外のあの子は仲間?」

「瀬那のことだったら仲間でも何でもないわ。ただ勝手にやってきただけ」

「ふ~ん、そう。てっきり彼氏でもできたのかと」

「んな!? そ、そんなんじゃないしっ。てかあんなのが彼氏なんてごめんだから」

「変わってないね。ムキになるところ」


 微笑を浮かべながら話す詠歌であったが目は笑っていなかった。


「詠歌、何をしようとしているかわからないけど私はあなたを止めたい。そして、また昔みたいに」

「自分だけ強くなって勝手に置いてった癖によく言う。可憐が辛いときはそばで支えたのに、私が一番つらい時には連絡さえ返してくれなかった」

「そ、それは。フロンティアに慣れるためにいろいろあったから……」

「知ってるよ。梨花お姉ちゃんのことでしょ。ヴィジョンが使えなくなったんだってね。でも、その間に私はすべてを失った。家族も友達も、そしてあなたも」


 詠歌と可憐は幼少のころからの友達だった。お互いに幼少のころからヴィジョンが使え、誰もいないところで二人でヴィジョンの見せあいっこをしていた。同じ学校に通い何事もなく成長していった矢先、中学に入る直前、可憐の祖父と祖母の家で火事が発生する。その一件から可憐は心を閉ざしたが、詠歌が親身にそばで支えていたおかげで可憐の精神状態は回復し、ヴィジョンの急激な成長により家族でフロンティアでの生活をすることになった。


 詠歌にとって可憐がフロンティアに行くことは寂しかったが、何よりも再び前へ歩みだそうとしたことを応援するため快く送った。しかし、徐々に成長していく詠歌のヴィジョンは周りとの差を生み、今までは可憐と共に支えあって過ごしていたがいなくなったことにより詠歌はいじめの対象となった。


 力があるというだけで何もしていないのに標的にされる日々。そんな日々に耐えかねた詠歌は、ついにヴィジョンを使いいじめを行った生徒を全員に大きなけがを負わせた。


「もし、あの時に可憐が少しでも言葉をくれていれば私はこうはならなかった」

「本当にごめん。でも、私にも私のやるべきことがあって」

「わかってる。それでも私には可憐が必要だった。きっかけを作ったのは私だ。そんなことわかってる。だから、私が壊れないために選んだ選択をいまさら可憐にどうこう言われたくない!」


 フロンティアを除く日本全体に存在するヴィジョン使いの数は1%ほどだと言われている。現在1億7千万人いる人口の1%ともなると、身内にヴィジョン使いがいる割合は少ない。住みづらさを感じた者たちは皆フロンティアへと移住する。そんな中、自身の子どもと同じ教室にヴィジョン所持者がいるとわかると、意図的にやりだまにあげようとする親も少なくない。


 驚異的な力を恐れるのに年齢は関係ないのだ。


 復讐を果たした詠歌に待っていたのは、両親の死と新しくできた友人の転校と自殺だった。そのどれもが虐めてきたグループの関係者と本人たちによるもので、詠歌は直感でそれを理解していた。物的証拠などはない。例えあっても多数派の人間が口裏を合わせてしまえば、警察に頼んだところでまともな捜査はできない。


 力を使えば身の回りのすべてを奪う。そういうメッセージを突き付けられた詠歌は、両親のいないヴィジョン使いの子どもが住むフロンティアのチャイルドホームで過ごすことになったが、成長を続ける詠歌のヴィジョンは同じヴィジョン使いの子どもたちですら恐れ始めた。詠歌自身も力の制御がおぼつかず徐々に孤立し、チャイルドホームから脱走して同じように孤立した子どもたちを集めて徒党を組んだのだ。


「ここはコミュネクトのマップには載ってない封印された場所。知ってる? ここは人工的なヴィジョン使いを量産するために非人道的な研究をしてたの。ほとんど研究は凍結されたけどまだ二つだけ凍結前に重要資料がなくなったって」

「人工ヴィジョンのことは知ってる。でも、すべて凍結されたはずよ。グングニルのデータベースにもそう書いてある」

「社会はいざという時には裏切るもの。治安と防衛のための組織が最重要実験を逃したとなれば信頼は落ちるだから隠されてるのよ」


 詠歌は一つのファイルを手に取った。そこにはオールヴィジョンコントロールと書かれてある。


「もしかしてそれが……。でも、どうして。ファイルの保管庫はすべて燃やされたはず」

「科学の進歩でみんな身近なことを忘れてるんだよ。この中の紙はセラミックス製。ファイルにも燃えづらい素材と一定の耐熱処理をしてある。壊れた施設の残骸の底から出てきたよ。溶けかけていたタイルの一つだけ金属加工が施されててね。気になって割ってみたらこれが出たわけ」


 研究所の主要施設はイージスと警察、一部のグングニルの共同で捜索と破壊が行われた。捜索は決して手を抜いたものではなかった。隅々まで探し重要な施設のサーバーに残ったログも解析されたが、いわゆるアナログな手法で残されたものは建物を壊しもやし段階ですべてなくなったであろうという甘い考えがあったのも事実。これは科学が進歩したこのフロンティアならではの弊害ともいえる。


「別にこのファイルの中はどうでもいいの。だけどね、このエリアでかつて子どもたちの自由を奪っていたのも事実。そのほとんどはまだ廃人状態で治療中。結局いつだって助けが来るのは遅れるんだよ。いまの可憐も同じ」

「違う! そんな風にならないために私はグングニルに入ったの! もう誰も泣かないで済むように」

「だったらいますぐに子どもたちへ自由と尊厳と力を与えてよ! 世迷言を言うのもいい加減にして! 美しい理想に騙されるために私はフロンティアへ来たんじゃない!!」


 詠歌は感情の高ぶりと共に電撃を放出しながら、周囲においてある椅子やボールペン、机や時計を浮かせた。


「電気と磁力は相互関係……。詠歌、あなたも成長してるのね」

「成長したのは可憐だけじゃない。自分の力と向き合うために私たちは徒党を組んだ。誰かに何かをするためじゃない。でも、力と向き合う時間ができたことで、向か会うことを誰にも拒まれないことで、何かを成しえることさえできる力を手にした。私はもう昔の私じゃない」


 決意のみなぎった瞳にかつての優しかった面影はない。

 可憐が驚いている間にも詠歌は浮かせた物質を飛ばした。

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