第18話 お腹空いた
アシビが隣の部屋に入ってから多分5分も経っていないと思う。そんな短期間でノックしたら流石に小言の一つでも言われてるんじゃないかな。いや、一つじゃ済まないかもしれないなぁ。と考えていると窓の外からはまた甲高い鳴き声が聞こえる。それに同調するようにまたお腹が小さく鳴る。
空腹に気が付いた途端わざとらしく何回もお腹を鳴らすんじゃない。と、抑え込むように片手をお腹においてしばし思案する。
いやアシビに話しかける以外思案も何もないのだけど……でもこのあとのアシビの反応を想像するととてもじゃないがノックしたくない。
小言を言われるならまだしも、最悪の場合暴力に訴えてきそうだあのバイオレンスメイドは。
「……すぅ~……」
一度ドアから大きく離れて大きく深呼吸をする。
一度ならず二度三度と。大きく深呼吸して覚悟を決めた。
よし。
右肘を曲げて、ドアを右手中指で力強く一回叩く。それから1秒も置かずにもう一度。中指でドアを叩く。
早すぎず遅すぎず。それが人を怒らせないドアノックの方法だ。
そして声をかける。
「あ、あのー……アシビさーん……そ、相談があるんですけどー」
……それから数秒。返事がない。物音もしない。
ならばともう一度ドアを叩こうとしたら、予兆もなくいきなりドアが開かれて私の右手中指は宙を叩いた。
「おはようございます。随分と速いお目覚めなんですね? 私はたった今ベッドに入って目を閉じようとしていたところなんですが」
凄い。
凄いトゲトゲしてる。
「ご、ごめんて……あのさ、お腹空いたんだけど食堂って……」
「今は夜の22時ですよ? 食堂は何時までか知っているはずですよね?」
「えっと」
「そうです20時までですね。ならば食堂がやっていないことなど分かると思いますが」
「いやそもそも私今の時間分かんないんだけど。この部屋時計とかないし」
「あぁ、そういえば置いてませんね。明日にでも手配します。では」
そう言ってアシビはドアを閉めようとする。のを必死に止めた。
「ちょっと待ってってば。お腹空いたの。この世界来てから何も食べてないのに気が付いたの。そしたら凄く、耐え難いくらいお腹が空いてきたの」
「それはそれは。おめでとうございます」
「いや、そうじゃなくて……まぁいいや。食堂やってないってなるとどこで食べれるわけ? もう本当に何か食べたいんだけど」
本当に、ともう一度付け加えてお腹を抱えて地面に座り込む。
そして下から恨めしそうにアシビを見つめる。わざとらしく。
そうしたらアシビは心底嫌そうな顔を浮かべていた。このやろう。
「うううーおなかすいたおなかすいたおなかすいたおなかすいた」
「うるさいですね。だからあの時食堂で大人しく食べてれば良かったんですよ。本当に馬鹿ですね貴女は。なぜそんなことも分からなかったのですか?」
数分前までの穏やかな会話が嘘のように、アシビはグサグサと容赦なく言葉のナイフを降らせ続ける。
「じゃあー……食堂にある具材を使って調理して食べるってのはどう?」
「だめです。ちゃんと具材は数を数えられてます。1つでもなくなってたら城の管理の問題ですから少々騒ぎになりますよ」
「どこの軍隊よ……うぐぁ、おなかすいたぁー……」
窓を開けたからだ。窓を開けて白煙を見て酒場を連想してジュージューと鳴るステーキやチーズインハンバーグを連想しちゃったからだ……
お腹が空いてお腹が空いて、泣こうと思えば泣けるぐらい私は今お腹が空いている。頭の中がステーキやらハンバーグやら焼き鳥やらチキンやらが浮かんでは消えていく。
食べたい……食べたい……ぐうぅ。
「もういや。死ぬかもしれない。今までありがとう。こんな異世界にきて死ぬ原因が餓死だなんて。ひどい。ろくでなし。最低。バカメイド。サイコパスバイオレンスバカ力駄メイド。最低。背骨にお腹がくっつくぐらいお腹が空いてるのに何にも食べさせてくれないなんて。最低。ひとでなし。ろくでなし。ロボット。馬鹿」
「……貴女、お腹がすくと人が変わる面倒くさいタイプですね」
ぐすぐすと泣き真似をしてめそめそと恨み節を語る。
周りから見たら余りにも大人げないみっともない行為だとは思うが、別にいい。だって私だってまだ子供だし。高校生だし。
そうやって地面を見つめながらお腹を抑えて、アシビに何を言われてもアシビがいかに人でなしなのかを
そして次には頭に強い衝撃が走る。
「いっった!?」
「あ、すみません。余りにもムカついたので自制の精神より先に手が出てしまいました」
上を見るといかにも「今平手で貴女の頭を打ちました」と言うような格好でアシビが私を見下ろしていた。
片眉をピクピクと震わせながらまた舌打ちをしたそうな顔をしている。
それでも何とか次点の舌打ちを堪えたのか、先程の私と同じように大きく深呼吸を行う。
それからとっても嫌そうに、苦虫を噛み潰したかのように呟いた。
「仕方ないですね。街に行きますか」
「え?」
街?
「え? いいの? え、行っていいの!?」
「私は嫌ですが。本当なら今すぐ隣の部屋に戻って寝たいのですが。余りにも、子供の癇癪よりもうるさい小娘がここにいるので」
街! 窓から眺めていた街に行けるなんて! あの白煙の正体を確かめられるなんて! ステーキ!
「やった……! そうと決まれば行こ! ほら、アシビ!」
先ほどまでの空腹感も何のその。私はバネのように勢いよく立ち上がってアシビのメイド服の袖を引っ張る。
全くと言っていいほど乗り気じゃないアシビに成り行きを任せてたら、このまま朝になるまでこの部屋から出なさそうだから。
だからグイグイ袖を持ってアシビを廊下の外へと引っ張り出す。
アシビはまた嫌そうに眉を寄せて、顔も仏頂面に常時シフトチェンジしている。
「引っ張らないでください。伸びるので。あと邪魔くさいので」
「あぁごめん」
パっと手を離すとアシビはわざとらしく袖の具合を直すように掴まれていた袖付近を触っていた。
「あ、お金とかないよ? 私。大丈夫?」
「そんなこと知ってます。私が工面するので金銭の事は気にしないでください」
「わーい」
それからアシビに案内されて城の廊下を歩き、覚えられないほどの角を曲がってようやく城の玄関ホールに出る。
そこで立ち止まり、アシビは城の玄関ホールの所で見張りをしていた一際豪華で白い鎧を着た恰幅の良い人に、外出して街に繰り出す趣旨を伝えていた。
アシビがその人と話しているその間。
他にも見張りをしているであろう十数人の鎧を着た人たちにじろじろと嫌な、悪意を持った目つきで見られたので、多分騎士みたいな人達の間でも召喚された時私がテレサに何をしたかが伝わってるのだと思う。
凄い。本当に有名人だ私。これっぽっちも喜べないけど。
「行きますよ」
その一言で、やっとかとアシビの方に目を向けると、一際豪華で真白い綺麗な鎧を着た人とアシビの肩越しに初めて目が合った。
「!」
と思ったら物凄い憎悪の目を向けられた。
衝動的に肩が震えてしまいそうになるほどの強い憎悪。
こんなに強い憎悪の感情なんて、アシビにも向けられたことがない。
射殺すような強い視線。憎悪。殺意。それに呆気にとられて私も数秒見つめ返す。
その短い数秒間の間、ずっと私を噛み殺してやろうかとする猟犬のような殺意の籠った目つきは変わらなかった。
それから私はハッと我に返って、その人に対して何のアクションも取らずに目を逸らし、私を置いて外へと一人でさっさと向かっているアシビの事を追いかける。
下手に絡んだらそれこそ殺されそうだ。私からは絶対に話しかけないでおこう。
貴女を堕とす物語 ワメ[更新停止中] @waniwaniwani
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