第2話 なんか。変?
「……あ?」
大理石のように真白い壁が目に入る。目を動かしてもいないのに星屑のようにキラキラと瞬いている。
ふかふかとした感触を体の下に感じながら思う。知らない天井だ…。
そういえばそんな単語をよく耳にしたな。まさか自分が同じ立場になるとは思わなかった。
とそこまで思考が行き着いた後に、そういえばこの言葉でさえも常套句だったと気づく。まるでフィクションの主人公をなぞる様に同じことを考える自分が面白くて笑ってしまった。
「あら、何か楽しい夢でも見ましたか?」
「っ」
右側。
寝転んだ状態で声の聞こえた右側に急いで振り向いた。
あの女だ。銀色に見えて様々な色が浮かんでは消える髪の毛。猫毛のようで、腰までふわりとゆるいカールがされている。
そんな髪をわざとらしく目元に垂らしながら首をかしげてこちらを見つめている。鬱陶しいだろうに、なぜ髪の毛をはらわないのか。ひっぱたくようにして髪の毛をはらいたくなる。本当に癪に障る女だ。
そして相も変わらずにあの胡散臭い嫌なほほえみを浮かべている。
「うっわ」
この場にあの家臣たちがいればすぐに罵倒が飛んできそうな言葉を、顰めた顔で吐いてもこの女はやっぱり微笑んだまま。
気持ち悪いったらありゃしない。初対面の女に胸倉つかまれて一方的に罵られたりしたら普通怒るものではないのだろうか?
あの場では猫をかぶっていたからやり返さなかった。ということだとしても、今この場にはさっと見た限り誰もいない。私とこの女しかいない。もしあの場のあの対応が猫かぶりなら、この場でも微笑んでいる意味が分からない。
この女が私の行動に怒っていないにしても困るなり泣くなりなんらかのアクションをするはずだ。それなのに、微笑んだまま。
本当に、この女の考えていることが分からない。
「おはようございます」
「……」
「ふふ、相変わらずですね」
こっちのセリフなんだけど。
なんだこの女……意味わかんない。もうやだ。おうち帰りたい。日本に帰りたい。ソファに寝っ転がってくだらないお笑い番組を見たい。
「家に帰して」
「申し訳ございません。先日もお話しした通り」
「先日?」
そこでふと違和感を覚える。その言葉で一気に疑問が噴水のように湧き出てきた。
私はなんでこんな場所で寝てるんだ? いつ寝た? あの時何があった? ていうかそもそもここはどこだ?
「待って……まずここはどこ」
「私の部屋です」
「……はぁ?」
つい本心が口から出た。
その勢いは止まらず、心の中で思っていたことを何の考えもなしにすぐに吐き出してしまう。
「馬鹿じゃないの。普通自分の胸倉掴んで悪意を吐いた私を自分の自室のベッドに寝かせる? あり得ない。あんたどんな神経してんの」
そこまでいうとなぜかこの女は口の端を釣り上げてもっと笑みを深めた。
「あら……心配してくださったんですね」
「は、ぁ?」
「優しい方」
手が私の頬に触れる。この女が椅子から身を乗り出してこちらへ顔を近づけてくる。ふわりと空気の流れに乗ってあの甘くて清潔感のある匂いが鼻をくすぐってきた。
突き飛ばすなんて事を考えるほど私の頭は働いていなくて、でも迫ってくる女からは距離を取りたくて、顔と顔が触れ合うほど近くなる前に私はベッドに倒れた。
見下ろすこの女の顔が微笑んでいる。なぜか心臓が早くなっている私を見下ろして笑っている。
「私があなたたちを呼ぶ理由は、この国に協力してほしいからです」
馬鹿げている。国に協力してほしいからといって異世界からほいほい異世界人を召喚していい訳がない。
私の頬から外れた手をまた頬に当てる。今度は両手で私の頬を撫でる。
まるで抑えつけるかのように両指に力を込めて私の頬を包み込む。
ゾクリと背中が粟立つのを感じた。
「勝手に召還してしまってごめんなさい。でも私はあなたに助けてほしいのです」
やけに、私はあなたに、という言葉が脳裏に焼き付いた。
耳の奥でその言葉が反響するみたいに何度も何度も、繰り返し再生される。
なんか。変?
おかしい。かもしれない。
いつも相対して言葉を交わすと、頭の重力がなくなるような感覚がする。
この女の声が、言葉が変に焼き付いて離れない。
「私のために戦ってくれませんか」
真上から見下ろされていることに気づき、この女が私の上に乗っかっていることに気づいた。
私の頬にかすめるこの女の髪の毛から、またあの甘い匂いが香ってくる。我を忘れ顔を埋めて嗅ぎたい程に甘美な匂い。
「……どいて」
共闘を拒否する言葉が浮かんでこない。その場しのぎの言葉しか出てこない。
わからない。
この女を見るともう帰れないという事実が頭を支配してカッとなるのに、なぜかいざ発する言葉はこの女に対するかすかな抵抗の言葉だけ。
追加の拒否行動だと言わんばかりに顔を背けている私も、そこで困ったように微笑む初めて見るこの女の表情も、全てが母と子の構図のようで腹立たしい。のに。怒りの炎がふつふつと燃え始めたと思っても、大量の水をかけられたようにすぐに腹の奥で鎮火されていく。もっと別の感情が私の体を這いずり回る。
怒りたいのになぜか怒れない。そんな複雑な感情に私は振り回されていた。
「協力、してくれませんか?」
「わかんない、あんたといるとわかんなくなる。どいて。お願いだから考えさせて」
まただ。また考えたことが湯水のように溢れ出る。いつもなら、いつもならこんな思ったことをポンポン口に出さないのに。駄々っ子みたいなこと言わないのに。
いつもと違う自分の様子に泣きそうになる。感情がコントロールできない。
「どいて、っていったでしょ。どいて!」
「お願い。エリ」
ドックン、と大きな心臓の音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。