計画殺人

姫宮未調

計画殺人

───『殺されたのは、東京都在住の───……』


。・:+°。・:+°。・:+°。・:+°。・:+°


「アンパンと牛乳買ってきます! 」

「あんた! 毎回毎回、刑事ドラマ見過ぎよ! 」


車を飛び出し、笑顔で走り去る青年に溜息を漏らすスーツ姿の女性。


「まぁまぁ、彼も覚えませんねぇ。いつ犯人が出てくるかわからないってのに」

「毎回毎回戻る頃には終わってんのよ! いっつも何であんなのを応援によこすんだか……」

「この辺で事件が多発しているから仕方ありませんよ。管轄内の交番勤務の若手と言ったら彼しかいませんし」


ここは都内某所。シングルマザー殺人事件特別捜査班として警部補である彼女・真田香理さなだかおりが指揮を執っていた。

5人のシングルマザーを殺しながらも犯人の目撃情報は挙がっていなかった。

聞き込みをするには人手が必要で、主要な刑事たちは他の案件で手を回せないため、最寄りの交番勤務をしている唯一の高田裕樹たかだゆうき巡査をつけられた。

結果、毎回刑事ドラマに憧れを抱き過ぎる行動ばかり取られ、役に立たない。

しかし、今回目星をつけていた犯人が近くに潜伏していると匿名で寄せられたため、現場に直行した。

案の定、彼は刑事ドラマの模倣行動リスペクトルーティンをまたも起こしたわけだ。


「……もう上に言って次回からは彼を外すわよ」

「まぁ、仕方ないですね。ドラマと現実の区別をつけられない行動を6回も見せられては、私もフォロー出来ません」


初老の万年平刑事・阪口広大さかぐちこうだいは優柔不断ではなく、せっかちな女上司のための良心として温和な態度を取っている。

若い頃は熱血漢で一線で走り回っていたが、ここ数年は彼女の下で経験と知識を活用し、仲裁を担っている。


「……確認するわよ。匿名があって移動中にうっかりあの坊やが犯人に遭遇。このマンションに逃げ込み、二階204号室の住人を人質に立て篭りをしている」

「はい、あれからまだ五分と経っておりません。あれほど気が立っている状態ですと長くは立て込むことは経験上、あまりないと判断しました。……けれど彼は長期戦と独断で判断し、走り去りましたな」


真田警部補は深く深く溜息を零した。


「だから、ドラマの影響受け過ぎなのよ───」


……彼女は分かっていた。今回捕まらないとしても、だろうと。

に人員は割かない。時間が掛かれば掛かるほど彼女は窮地に立たされる。

事件に優劣をつけてはならないし、殺人事件は早期解決が望まれる。

しかし、単独犯としか思われない事件と大規模事件との差は歴然だった。

形だけでもをリーダーにする、手柄より現場主義の刑事1人をつける。

そして、と分かっている交番勤務をサポートにつける。

中身の知らない民間人は、解決しても彼女たちを罵るだろう。

女だてらに警部補になった彼女を左遷させるためのお膳立てに事件は利用されていた。

分かっていながらも、イライラと焦りが止まらない。


だが、踊らされているのは彼女たちだけではないことを知るものは───。


♪。.:*・゜♪。.:*・゜


「おふたりの分も買ってきましたよ! 」


高田が戻るとそこは6のもぬけの殻だった。


「……あれ? あれれ? 前にもあったような」


流石に6回目ともなるとどんなバカでも秒で察する、と。

けれど毎回空回りでもないようだ。

よろよろとマンションから男性が出てきたのだ。

と酷似している。


「!! 大丈夫ですか?! 」


しかし、彼は目を丸くした。


「おい! 勝手に出てくな! コイツ、刑事デカじゃねぇか! 」


後から出てきたのはまさに今、と目星をつけている男だ。

ふたりがいない、犯人はここにいる。

高田はハッとした。


「君たちグルだったんだな! 」


見れば誰もがわかる状況だ。

そして叫んだ瞬間、犯人と思しき男は高田を殴り飛ばした。


「ふぐっ……! 」


少し離れた低木にぶつかり、樹がメリっと音を立てた。


「……真田さん───」


何事かを呟いた。

何故か青ざめた人質を偽った仲間が高田にしがみつき、泣いていた。

彼の意識はそこで途絶えた。


♪。.:*・゜♪。.:*・゜


「───!! 高田! 」


気がつくと焦った顔の真田警部補の顔が高田の目に飛び込んできた。

何故か白いベッドの上に包帯を巻かれていた。

……

……

……

思い出すのに数秒。


「高田! なんで無茶した! ……いや、労いのが先か。おまえが殴られたお陰で、騙されたことに気がついて戻ってきた時に間に合ったんだ。ありがとう。奴もおまえが死んだんじゃないかと戸惑って留まったのが運の尽きよ」

「……それは殴られた甲斐がありましたね」

「馬鹿なことを言うな! 早く気絶したから大事には至らず、軽傷で済んだけど一歩間違えたら───」

「いつも空回りして、今回も空回りで。せっかくさんの近くで仕事が出来たのに一時的とはいえ、早く交番勤務に戻されるんじゃないかとヒヤヒヤしてました」

「……え? 」


いつもヘラヘラとした態度ではなく、下を向きながらしかしハッキリと高田は告げた。

徐に顔を上げる。


「ずっと、ずっと憧れていて、好きでした。これが最後でも、死んでしまっても、あなたのお役に立てたなら本望ですよ」

「ば、馬鹿じゃないの。あたしは子どももいるおばさんよ」


見た目は平凡、20代半ばの頭が空っぽそうだと思っていた純朴青年。

かたやこちらは子供が出来て育児を少し早く切り上げて仕事に復帰した途端、浮気されていたことが発覚して離婚、子どもは引き取ったが、仕事にかまけて両親に預けっぱなしになった娘がいる。


「俺、母親がいないんです。父は最低限のお小遣いだけ置きに来るだけであまり帰ってこなくて、近所の方がたまに様子を見に来てくれるだけでした。お母さんと刑事、両方されている真田警部補はカッコよくて憧れだったんです」

「あ、たしは! 両親に預けっぱなしのダメな母親よ。……この事件が解決したら引退して実家に帰るつもりだったの。だから───ごめんなさい」


純朴な青年に頭を下げて断った。


───ブチブチ


異音にバッと顔を上げた。


「た、高田? 」


次の瞬間、鳩尾に熱いものを感じる。

心臓がドクドクする度に目眩がした。


「……経歴なんてよかったのに。

「た、たか、だ……」


お腹には刃物が突き刺さり、血が溢れていた。

優しい純朴そうな顔が一瞬で鬼の形相に変わっていた。


「……辞めるんでしたっけ? だったらまださせてあげません。さよなら」


真田警部補は窓から飛び降りて消える高田を霞む視界で見つめることしか出来ず、意識を手放した。


♪。.:*・゜♪。.:*・゜


真田警部補は一命を取り留めた。

物音に気がついて阪口がドアを開けた時には彼女と無理やり外された点滴が横倒しになっており、窓が全開で白いカーテンがはためいていた。


「警部補が無事で何よりでした」

「……いいえ、失態よ。すべて、すべて───」


預かった手前、上司として目が覚めるのを待っていた真田。

代わりにベテランの阪口が事情聴取をしていた。

共犯として泣きじゃくる住人の男ごと連れてきたために、話が中々進まなかった。


───事の顛末はこうだ。

彼らは先の4件とは全く関係なく、犯人と目星をつけていた男はたまたま被害者にがおり、1件が別件であることが明らかになった。

共犯者に前科はないが奥の部屋に少女たちの隠し撮り写真が張り巡らされており、その少女たちは行方不明として届出が出ていた。

2人は先鋭グループの事案の犯人であったことから、こちらに警部補をあてがった警部は終始蒼白だった。

犯人像すら割出せず、お門違いの人物を追い掛けていたことが上部に知られてしまったのだ。

だがしかし、何故なんの接点もなかったふたりが共犯していたのか。

……それはすべてだった。

洗えば洗うほど、すべてにが関わっていた。

完全にモブキャラ扱いで眼中にすら入らない立ち位置で。

なら、何故今回は目立つことをしたのか。

自ら自分がだと告げて消えたのは何故だろう。


「……多くは語らなかったけれど、を得られなかったことは本音なんだと思うわ。あたしが受け止めていたら自主した、かはわからないけれど」


他人に親切にはされても、両親に愛されなかった。


「天然で純朴なのは演技には見えませんでした。ご自分を責めないでください。きっとおひとりおひとり、本気だったのでしょうね。だから警部補のことも───『プレゼント』を2つも置いて行ってますから」

「追うべき犯人には逃げられ、左遷させるか辞職させる気だった上司の案件があたしの手柄になった。苦笑いしか出ないわよ」

「辞めるに辞められませんな。明日にはあなたはになる」

「逃がしたことより規模の大きな案件処理を取り上げた結果ね。あなたもしょ。……もう嫌だとは言わせないわ」

「バレてましたか。役職は厄介だから嫌だったんですがねぇ。下で使われる方が楽なんですよ」

「あたしがいるから安心しなさいよ」

「そうおっしゃるなら、あなたの下でこのまま楽をさせて頂きましょうか」


ふたりは笑い合う。


「今言うべきではないかもしれませんが、再婚、されないんですか? 」

「あの子を捕まえたら考えようかしら」


応えなどなくとも阪口は分かっていた。


「……次はお怪我のないようお願いしますね」

「2度も同じ手には引っ掛からないわよ」


……共犯者たちは、口々に言う。

『捜査に引っ掛からないようにしてやるから協力しろ。上手く行けば勘違いの茶番劇で済む』と言われただけと。


『知られたら流石に怒られちゃうから、ふたりきりになれるシチュエーション作りに協力してくれって。逃亡策も用意してくれるって言われたのにこの人が1発で気絶させるから……』

『うるせー! ヤツが1発で乃されるくらい弱かったのが悪ぃんだよ! 後金もらってねぇからとんずらも出来ねぇし、捕まっちまったじゃねぇか』


彼らはただ利用されただけだった。


「……問題は、彼はどうやってふたりを他の案件からピンポイントで犯人として見つけられたか」

「犯人の可能性ありとして挙げられている写真にはいませんでしたね。捜査される前からの計画なら……」

「捜査内容の操作……警察が甘いのか、バカを装った天才。協力者が浮かばない以上そうなるわね」


真田は確信していた。

高田はまた、自分に会いに来ると。


『……辞めるんでしたっけ? だったらまださせてあげません。さよなら』───


Fin

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

計画殺人 姫宮未調 @idumi34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ