第5話
ルッツ村を出て小一時間。ちょっとした渓谷の先にあるエイン鉱山は予想通り、何もなかった。見渡す限り何もない平原。
それもそのはず、とうの昔に廃鉱になっているのだ。
リーテとラットが暮らすこの王国は、はるか昔に龍族との戦争に打ち勝ち肥沃な大地を手に入れたという、建国の際の伝説がいくつも残されていた。龍断ちの斧、国護りのゴーレムなど、様々な伝承の中の一つが、ここエイン鉱山を舞台としている。
「えーと、ここの地下が隠された鉱山・・・・なんだよね」
何もないように見える野原の中央に窪みがあり、小さな階段、そして鉱石を運び出すためのトロッコのレールがあった。先のルッツ村には案内板すらなかったので、歴史の勉強で教わったことを懸命に思い出しながらラットは階段を下りる。ちなみに、リーテは当然のように先頭をずんずん歩き、後ろのラットが周囲に危険が無いかキョロキョロしている。
「モンスターなんかは居なさそうだけど・・・・しかし広いね」
ラットの声が反響しない。長い階段を下りた先は巨大なドーム状の空間だった。
「もう少し大きなカンテラを持ってくるべきだったわねぇ」
やや不満げに手に持った照明器具をカラカラと振るリーテ。普通の夜道や多少広い洞窟くらいなら十分に照らせる光量はありそうだが、このエイン鉱山では辛うじて天井が見えるだけ。左右の壁までは完全に光が届いていない。
「まぁ、天井さえ見られればそれで良いよね」
ごそごそと背中のリュックをあさると、ラットは綺麗な金髪をかきあげ自信ありげに上を見上げた。
「そのために、僕を連れてきたんだろ?」
「ふふ、さすがラット。話が早くて助かるわ」
リーテのほうもにやりと、凶悪なまでに整った顔にこれまた凶悪な笑みを浮かべた。
「ここ、エイン鉱山は"建国の勇者"が精霊の力を借りて作った人工の・・・・いえ、魔工の鉱山」
リーテも紅色の派手なコートのポケットをごそごそさせながら歴史をそらんじる。
「だから大昔はこのドーム状の空間全てが高純度の魔法鉱石"オリハルコン"だった、んだよね」
ラットが言葉をつなぎ、リュックから投石用スリンガーを取り出した。リーテに近づき手のひらを差し出した。
「そ。地上からは見付からないこの地下に、現代では不可能な精霊魔法でもって魔鉱オリハルコンを大規模召喚。ここで採掘、精製されたオリハルコンを武器防具に仕立てて、"建国の勇者"達は龍族に勝ち建国につながった。でも鉱山の構造上、採掘には限界がある」
さらに言葉を継いだリーテは、ポケットの中からコインを取り出した。コイン表面には目玉が2つついている。リーテが可愛がっている謎のモンスター、ロックだ。
リーテは無造作にコインから片目を剥がすと、ラットの差し出した手のひらにそっと置いた。
「ドーム状の洞窟の天井には、まだオリハルコンの結晶が残されているのよ。かなりの高度がある上に、天井は地上にも近く脆くなっているから崩落の危険もあり、完全に放置。それを・・・・」
「ロックに採ってきてもらおうというわけだね」
ニッ!と笑うとラットはロックの目玉を受け取りスリンガーにセットした。
いまだリーテの手に残っているもう片方の目は、任せろと言いたげにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「ほいっと」
ヒュウッ!
ラットの軽い掛け声と共に、鋭く空気を切り裂いてスリンガーからロックの片目が放たれた。暗い地下ドームの中でも淡く光るオリハルコン結晶、その密集地に寸分違わず着弾すると、ロックの目玉はなんとも嬉しそうにパチリ!と一度まばたきした。
「どの程度・・・・採ってきてくれるのかな」
上を見上げたまま、先程とは違い緊張した声でつぶやくラット。対してリーテは自信満々の笑みで見守っていた。
「ふふん。ロックは取り付いたモノの形をかなり自在に変えられるのよ。綺麗に天井から剥がしてオリハルコン結晶だけ持ってこられるはずよ」
ごそり。
果たして、リーテの言うとおり。人間の頭程のかなり大きな魔結晶が天井から剥がれ、ゆっくりと落下してきた。ロックが取り付いているからか、重力までも半分無視してリーテの手元に、斜めの軌道でのんびり降りてきた。
「う・・・・わ・・・・」
リーテの腕の中の、見たこともないほど巨大なオリハルコン結晶を目の前にして。さすがのラットも感銘の声を上げる。
「重い」
「!あっごめん」
リーテがオリハルコン結晶からロックの目玉を取り外すと、急に不機嫌な声を発しラットにお宝を突き出した。
不本意ながら姉の下僕的ポジションが染み付いてしまっているため、無条件に受け取るラット。
ズシリ・・・・
金属や石よりもはるかに軽い魔鉱石、オリハルコン。それでもかなりの重さのある塊を受けとると、ラットは緊張したように小さくうめいた。
「これは・・・・凄いね」
対してリーテのほうは興奮した面持ちで、ロックを撫でながらオリハルコンを覗きこんでいた。
「良い大きさね!」
良い大きさどころか、ただ贅沢に生活したいだけであれば、十分過ぎるほどである。ただ、この小さな娘の野望はそんなに小さなものではない。
「アリアロス公爵家を超える、これが第一歩よ!」
これほどのお宝を手にしておいて、リーテにとってはこれがまだスタートラインなのであった。
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