第2話

「”うちにお嫁に来てくれないか”、か・・・・」


一人家に戻り、旅の準備をしながら、ようやく冷静になったリーテはルイスのセリフを思い出し、ぽつりとつぶやいていた。


「”うちに”っていうのが気に入らなかったのよね・・・・あんな約束しちゃって」



ルイス・アリアロス。青髪の青年はこの王都でも有数の名家、アリアロス公爵家の後継ぎだった。リーテ、ラット姉弟は孤児としてこの公爵家に拾われ、一人息子のルイスと一緒に育てられた。


それだけでも幸運だというのに、この未来の公爵、ルイスはリーテにプロポーズした。リーテとラットが商売を始めようと、アリアロス家を出るその日だった。誰もがうらやむ申し込みでありながら、リーテはこれを蹴ったのであった。


嫌だったわけではない。


うれし涙にむせびながら、それを悟らせないように後ろを向き必死に強がったのである。



”アリアロス公爵家よりもお金持ちになって、ルイスに婿に来てもらう”


それが、ルイスとリーテの”約束”だった。奇妙なことに、結婚する事に違いはない。

ただ、ルイスが何気なくとはいえ家の事を意識していたのが気に食わなかった。孤児だった自分達姉弟を育ててくれた公爵家に恩は感じていたが、それでも我慢できなかった。

悔しいのと、泣いているのを知られたくないのとでとんでもない約束をしてしまった。露店が人気を博している、という程度では何の足しにもならない。



「あ~・・・・・・」


珍しく弱気なため息をつくと、リーテは部屋の真ん中で一人、大の字に寝転がった。

出発の準備は終わった。あとは不出来な弟が露店をしまって帰ってくるのを待つだけだ。



「・・・・」


ふと、目に入った洗面器を引き寄せた。

洗面器には小さな砂利と指サイズの小石がいくつか。それだけが入っており、昨日拾ってきた石のモンスター、ロックのくりくりした目玉が無かった。


「こっち・・・・かな」


寝ころんだままリーテが洗面器をひっくり返すと、洗面器の底にロックの目玉がついていた。


「面白い子・・・・。明日頑張ってよね、あんたにすべて懸かってるんだから・・・・」


リーテは洗面器の裏についたロックの目玉を一つつまむと、そのままぽいっと部屋の天井に向かって投げた。明かりを点けていない、夕方の部屋のなかは少し暗く、目玉の行方は見えなかったが、落ちてはきていないのが音から分かる。

勢い余って戦闘衣装まで着てしまったため、そのままだと肩やお尻がなんとも痛いが、寝っころがったまましばし待つ。



ころころころ・・・・


すると、天井から壁をつたい、部屋隅の暗がりをすり抜けてロウソクが転がってきた。

洗面器まで戻ってきたところでロウソクを取り上げると、やはりロックの目玉が一つロウソクの芯にくっついている。


「ふふっ・・・・夜、火をつけてる時は勘弁してね?ロック」


リーテの独り言に答えるように、ロックは洗面器の中でひと跳ねした。


 

「ただいまぁ~」


「おっそい!夜になる前に山道手前まで行くって言ったでしょ!」


のんびり帰ってきたラットに威勢よく宣言すると、用意していた荷物のほとんどをラットに押し付け、リーテは一人勝手に外へ出た。


「少しは休ませてよ」


聞いてもらえるとは最初から思っていないのだろう、ラットが気持ちのこもっていないお願いを投げかけてくるが、リーテはあっさり無視しロックを入れた洗面器を持ったまま扉を開けた。



「特製元気ドリンクがリュックの横ポケットに入ってるから、一杯飲んでからついてきなさい」


優しいんだかそうでないんだか、いまいち判断のつかない一言を最後に、肩をすくめるラットを置いてリーテは歩き出した。

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