7

「妹尾、先生ですよね?」




 刑事という職の力を私利私欲の為に使ったのは始めてだった。俺は能力を駆使しながら先生の居場所を突き止めた。先生は千葉にいたが、教職は既に退き夫も病気で既に亡くし独り身の生活を送っていた。




 ショックだった。当時の憔悴した姿はそのままに年齢を重ねた事で枯れ木のようにみすぼらしい姿だった。




「三原、君……?」




 掠れるような声が返ってきた。この人にも、もう名前を呼んでもらえる事もないんだな。そう思うととてつもなく悲しかった。




「何しに来たの? 今更謝りに来たの?」




 枯れてはいたが、途端に声に鋭さが混じった。




「この人殺し。あんた達のせいで昌彦君は死んだのよ」




 強烈な憎悪だった。俺が昌彦に抱えるものとは比較にならないほどの。




「二度と来るな」




 ばたんと扉は閉じられた。もう二度と扉を開いてもらえる事もないだろう。




 ――違うんだ。違うんだよ、先生! 俺なんだよ! 神山だよ!




 そんな事を言っても無駄だ。俺が三原栄治の姿である限り、先生との溝は一生埋まらない。


 ここに来たのは間違いだった。俺はまた先生を傷つけてしまった。




 ――先生、あなたが望む事はなんだ?




 俺は考えた。このまま憎悪を引きずり続ける先生を救いたかった。


 ――先生も、あいつらが憎いよな?




 利害の一致。そんな打算的な考えが浮かぶ自分に少し嫌気が差した。だが、それが救いになるのであれば、やるべき事じゃないかと思えた。




 ――本当に死ぬべきなのは、あいつらだよな?




 終わらせてやる。


 あいつらを殺して、俺も死ぬ。


 あなたの手で、全てを終わらせるんだ。


 それがきっと、俺に出来る償いだ。




 そしてどうせ死ぬなら、最後にもう一つ。


 刑事になってある噂を聞いていた。普通じゃない事件ばかり扱う部署がある事を。そしてどうも噂ではなく実在している事を。




 どうせなら、全てを利用してやる。













「ひどく、自分勝手な理由ですね」




 御神さんの口調は冷めたものだった。




「そうだな」




 神山は自嘲するように笑った。




「妹尾恭子の魂を解放してあげたいという償い。そして自身の人生を潰された事への八つ当たりじみた復讐。それだけなら別に僕達が関わる必要はなかった。でもあなたは僕達を、影裏を利用した」




 神山の独白が終わり、真相はある程度理解出来た。でもどうして影裏を利用する必要があったのか、いまいちその点が分からなかった。




「どうして、そんな事をする必要があったんですか?」


「証明だよ。通常の事件として扱えば、当然警察は解決にまで至らない。だから通常ではない事件を起こし、影裏案件として直接流す。この事件が普通じゃない理由はその事件を起こした張本人が普通じゃない境遇にいるからだ。何度も彼の話にあっただろう? 彼はもうこの世界では、三原栄治であり続けるしかなかった。だが、それを誰かにちゃんと否定して欲しかったんだよ。俺は三原栄治ではないってね」


「そんな、それだけの為に……?」




 自分が神山忍だと、それを言うためだけにここまでの事件を起こしたというのか。




「そう、それだけの為だ」




 全身から力が抜けるようだった。


 本当に、本当に自分勝手すぎる理由じゃないか。




「僕ら影裏なら届くと思ったんだろう。僕らも普通じゃないからね」




 ふざけるな。ふざけ過ぎている。それだけの為に何人殺したんだ。




「ちなみに一つだけ、豊さんを殺したのはテコ入れの為だけか? 僕達に事件の意味合いを気付かせる意図以外に何かあったのか?」


「あいつはひどい勘違いをしていた。復讐に感謝だなんて調子に乗った事を言っていたからな。お前の為じゃないし、そもそもお前の息子に俺は殺されている。死んで然るべきだろ」


「本当に、自分勝手だな」




 歪んでいる。あまりに酷く。




「俺がやりたかった事は全部終わりだ。このまま先生の身体にい続ければ、やがて魂もろとも俺が受け継ぐ事になる。先生に罪はない。これ以上苦しむ必要もない」


「それも、最初からそのつもりだったのか」


「どこかでしくじったとしても、最終的にはな」


「そんな事で、全てが許されるとは思わないけどね」




 御神さんは立ち上がった。




「僕達は負けた。認めざるを得ない。ほとんどお前が描いた通りに事件は進み終わってしまった。だがそれは我々にも責任がある。武市君が死んだ時点で影裏が解決していればこんな事は起きなかった」




 悔しいがその通りだろう。その時点で神山忍の事に気付いていれば、ここまでの死人を出すことはなかったはずだ。




「お前にとっても、その方が良かっただろうな」




 そう言って御神さんは神山に向かって笑った。




「どういう意味だ……?」


「あの時点で解決していれば、お前はそんなくだらない理由で事件を起こす必要もなかった。あの時点でバレていれば、こんな回りくどい事をしなくても自分の事を証明出来たんだ。でもお前はチャンスを逃した。全てをやり遂げたが、お前の最後の目的を、僕は絶対に叶えてやらない。僕は絶対にお前を認めない」




 ぐっと御神さんは神山に顔を近づけた。




「僕は絶対に、お前の名前を呼ばない。そして後世に残す事もしない。証明なんてしてやらない」




 そうだったのか。少し気にはなっていた。御神さんは彼が神山忍である事を言及はしたものの、一度も彼の事を名前では呼ばなかった。あなた、君、お前。




この人も、なかなかに性格が悪い。でも、それでいいと思った。




「悪いね。僕も自分勝手なもので」

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