6
「いらっしゃーい」
ふらっと見つけた渋い小料理屋の戸をくぐると、おっとりとした女将の声が私を迎えてくれた。声音通りの優しそうな女将と親しみに溢れたこじんまりとした暖かな店の空気に、良い店に入れたと感じた。
「あらあら、こんな若い子が珍しい。外寒かったでしょうに、はいはいどうぞ座って」
「ありがとうございます」
「はい、これ暖かいおしぼりとお茶ね」
なんだか女将というより世話好きな親戚のおばさんのような距離感にほっこりとした気分になった。
「はい、好きなのこれから頼んでね」
渡された紙のお品書きは女将さんの手書きだろうか。まるっとした可愛いらしい字体は女将さんの人柄がそのまま現れているようだ。
「お姉さん、どこの子なの?」
「え? あ、ああ関東の方です」
「やっぱり。都会の子って感じするもの。せっかくだから、うちのオススメ食べていってよ」
「なんですか、オススメって?」
「わっぱ飯とのっぺい汁って聞いた事ある?」
「いえ、初めてです」
「ふふ。ちょっと待っててね」
そう言って女将さんは準備を始めた。どちらも聞いた事のない料理名だ。
「はい、これ先にのっぺい汁ね」
ほどなくして、私の前にことりとお椀が目の前に置かれる。一見すると具沢山の味噌汁のようで、人参、油揚げ、さやえんどう、里芋など様々な具が椀の中に詰め込まれているが、目を引くのが贅沢にも中心に盛られたルビーのように輝くイクラだ。
また不思議な事にこののっぺい汁、湯気が立っていない。椀に手を添えても熱さがない。冷えたまま頂くもののようだ。椀を傾け、ずずっと汁を口に注ぐ。
「おいしい」
ほどよく冷えた汁が喉を潤していく。主張しすぎない清らかな味が優しく口の中に広がっていく。
「はーい、これがわっぱ飯ね」
次に置かれたのは釜のような木の板の入れ物だった。釜の蓋に手を掛けると、むわっと湯気が立ち上った。散りばめられたイクラや細切りにされた薄焼き卵、そしてその上には鮭の切り身が並べられている。早速、しゃもじを使い小皿へよそってから口に頬張った。
「おいひぃ……」
だしの効いたご飯と魚介の旨みがとても合っている。腹も減っていた事もあり、私はあっという間に全て平らげてしまった。
「あらあら、よっぽどお腹が空いてたのね」
私の食べっぷりに女将さんは嬉しそうに笑った。
「おいしかったです! とっても」
「ありがとう。ところでお姉さん、こんな所に何しに来たの? 観光って感じじゃなさそうだけど」
「あー、えーっと……」
さすがに馬鹿正直に事件の捜査だなんて言うのもどうかと思い、私は適当な嘘をついてごまかした。
「まあちょっとしたフィルドワークみたいなもので。土地の歴史とか出来事を調べたりしてるんですよ」
「へー、そうなの。なんだか難しそうな事してるのね」
女将さんは感心した様子で私を見た。なんとかごまかせたようだ。ふと、話好きそうな女将さんなら何か聞けるかも、なんて出来心が生まれた。さっきまで事件の事は一旦忘れようなんて思ってたのにと、自分に少し呆れながら私は女将さんに話しかけた。
「女将さんって、ずっと新潟にいらっしゃるんですか?」
「あら、早速フィールドワークってやつ? ええ、そうよ。生まれも育ちも。ずーっと新潟でお世話になってます」
「じゃあ、猪下小学校はご存知ですよね?」
「もちろん知ってるわよ」
「昔あの小学校で、事件というか事故というか、何かそういった大きな出来事はなかったですか?」
「んー? どうだろう。そんな事あったかしらね……」
女将さんは顎に手を当てうーんと記憶を探っているようだが、唸るばかりで何も出てきそうにない。そううまくはいかないかと思っていると、
「横から入って悪いけど」
隅の方に静かに座っていた眼鏡をかけた中年の男性が、窺うように声をあげた。
「君の知りたい話ってのは、ひょっとしたらあの事かもしれない」
これはと思い私は男性に問いかけた。
「それってどんな話ですか?」
「随分前だがあの学校で死んだ子がいて、結構な騒ぎになってたはずだ」
当たりだ。私は心の中でガッツポーズをしながら、話を促した。
「詳しく教えてもらえませんか?」
そして男性は話始めた。しかしそこで聞いたものは、私が思っていたものとは全く違う話だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます