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「ごめんごめん。なかなか手錠をかける機会がないもんだからつい」
「そ、そんな理由でいきなり手錠かけたんですか!?」
「ほら、刑事ならやっぱり憧れるじゃない?」
「……あり得ねえ」
「まあまあ悪かったよ。お詫びにミルクティーでもどうぞお嬢様」
「そんなもんで私の気がおさまるわけが……ってうまぁー!」
「君、おもしろいね」
そういいながら御神さんはすっと上品にティーカップを傾けミルクティーを口に流し込んだ。手錠から解放された私は彼と対面し一緒にティータイムを嗜んでいた。
彼の名前は御神真人みかみしんと。この影裏という部署にいるたった一人の刑事だ。
直接御神さんに尋ねたが、この影裏という場所については大方私の予想通りの場所で、御神さんは自分の事を説明のつかない事件を処理する”掃除屋”だと笑いながら言った。
常識では考えられない事件の事を、署内では「影裏案件」とし、ここに回される。だが一つ私の認識で間違っていた事がある。
ここに収められた超常的な事件達は、ほぼほぼ解決されているという事だ。
私は先程目にした、女児消失事件について尋ねた。御神さんは少し驚いた顔をして見せたが、事件の真相を説明してくれた。
「あれは先代が解決した事件の一つだが、あの女の子は特殊な力を持っていてね」
「特殊な力?」
「そう。瞬間移動」
「……マジで言ってるんすか?」
「そんなふうに常識ではじかれてしまったものが、ここには集ってくる。そしてそれらは、僕らにとっては常識の範疇さ」
ドラマの中にでも私は迷い込んでしまったのだろうか。荒唐無稽な話でとてもじゃないが信じられない。
「先代によれば、あの子は自分の力を上手くコントロール出来ず、暴発したような形で飛んでしまったそうだ。彼女があの一秒後どこにいたと思う? なんと北海道さ」
「北海道!?」
「そう。都内から一瞬にしてね。普通なら考えられない。でも、瞬間移動だとすれば説明がつく」
「そんな馬鹿な……」
「でもそれが真実。まあ、正直僕自身それだけでは納得のいかない部分もある事件だけどね」
嘘みたいな話をさも真実のように話す御神さん。いや、本当に真実なのだろう。でなければ、警察署内にわざわざこんな環境を用意するだろうか。この場所と御神さんがここに存在する理由。そして何より梅崎先輩自身がここに何かを依頼している事実が、全てを肯定しているように思えた。
「ところで、ゆとり君はこの資料の中身は見たかい?」
「いえ、見てませんけど……ってかゆとり君ってなんですか!?」
「ん? ここに書いてあるけど」
そう言って御神さんはぴらっと指に挟んだメモをこちらに見せた。
『ゆとり刑事がそちらに資料をお渡しに伺います。 梅崎栄治』
――あのクソ刑事!
「私の名前は安部美紀です!」
「安部君ね。でもゆとり君の方がなんだか可愛らしいし、ゆとり君でいこう」
「えー……ところで御神さんは梅崎先輩をご存じなんですか?」
「いや、知らないね。僕は基本単独で動く事が多いから、他の署員との繋がりは薄いし」
「じゃあなんで梅崎先輩はあなたを知ってるんですか?」
「さあ。ファンなんじゃない?」
「はぁ……」
御神さんは梅崎先輩のようなごりごりの体育会系刑事とは真逆の草食系刑事な感じだが、どうにも醸し出す空気感は不思議でつかみどころがない。
あっ。
というか、もう用事は済んだのだからここにいる必要はないじゃないか。その事を思い出し、時間を確認する。時間はもう18:30。残業だ。私は椅子から立ち上がった。
「じゃあ、私頼まれた用事は済んだので、これで失礼します」
そう言って扉の方へと向かった。
「駄目だよ」
ぴしっと針で貫かれたかのように私の身体は止まった。御神さんの声。穏やかな先程までとは違う感情のない機械のような声音。無視してしまえばいいのに、何故だか逆らってはいけないと思った。
「だ、駄目と言いますと……?」
こつこつと御神さんの靴音がこちらに近付き、私の真後ろで止まった。そしてふわっと私の耳元に御神さんが顔を寄せた。
「だってもう、関わっちゃったんだから。僕らと」
全身から血の気が引いた。まるで死神に囁かれたようなおぞましさが全身を這った。
“もう君は逃げられないよ”
意訳すれば、そんなふうにも捉えられる言葉。これじゃまるで呪いじゃないか。
嫌な予感はしていた。ろくな事にならないと。だが今回は桁が違う。恐らく私はこれから、自分でも予測の出来ない深みまで引きずり込まれるのだろう。そんな予感がした。
「君にも手伝ってもらうよ。ゆとり刑事さん」
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