一章 影裏
1
正義。自分が身を置く場所を一言で端的に表すならこの言葉以外にないだろう。そしてそれを思う度に、自分がひどく場違いな場所に来たものだと思う。
やっている仕事はお茶くみと書類整理。これだけ言うとやっている事は一般企業のOLと何ら変わらないように思うが、自分でも驚く事に私の肩書きはこれでも刑事なのだ。憎き犯人に手錠をかけ、取調室で犯人に詰め寄る。弱きを助け悪を挫く、まさに正義そのもの。
「おい安部! いつになったらちゃんとした茶を出せるんだてめぇは! 薄いつってんだろうが!」
つるっぱげの多々良刑事の叱責が飛ぶ。普通ならすいませんと言う所だろうが、そんなものはほんとの最初だけで、謝る事はとっくにやめていた。その代わりに、
「じゃあ自分でやってくださいよ。いちいち人のお茶の好みなんて覚えてられませーん」
と、私は平気で言ってのけた。
「な、なんだと貴様ぁー!」
多々良さんの顔が禿げ上がった頭と共に真っ赤になる。
おーおー、もうそのまま自分の熱で茶も沸かせそうだなと思うと思わずぷっと笑いが漏れた。
「何を笑ってるんだ貴様ぁー!!」
更に怒号を響かせる多々良さんに私は全くびびってないし、その光景をいつも通りだなと周りも笑っている。もはやこの程度の事は日常でしかない。
「このゆとり刑事が! なんでこんな奴が警察にいてしかも刑事だなんて……」
そう言いながら多々良さんは給湯室に茶を取りに行った。だったら初めから自分でやれよと毎度ながら思う。
刑事になるにあたっての熱い志なんてものがそもそもあるわけでもなかった。ただ安定した職がいいと思った時に、公務員になれたらそれでいいと思っただけだ。
入ってしまえばこちらのもの。試験を通ってからも研修はもちろんいろいろあったが、最低限の労力でまずまずの結果だけを残しやり過ごしてきた。やれば出来る子と育てられた私は、日頃一切その能力も欠片も発揮しないが、本当にやる時は出来てしまうのだ。
一年が過ぎ、現場に出る事はなく事務的な仕事を続けているがこれで十分だ。書類とお茶に向き合っていれば収入を得られるのだ。後は適当にそれなりの収入の男を見つけておさらばだ。
「ん?」
スマホを見ると、同期の千紗ちさからlineが来ていた。
『ミキ今週の土曜空いてる? 男三、女三』
『三人のプロフは?』
『医師、医師、検査技師』
『馳せ参じるわ』
『心得た』
――よし、じゃあ頑張りますか。
もちろん仕事ではない。私が頑張る理由などここにはない。さっさと定時にならないかなぁ。
しかし、そんな風に暢気に構えていた日々が唐突に終わりを迎えるだなんて、この時の私はもちろん知る由もなかった。
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