第4話 階段から落ちた私と溺れた私
公爵家の馬車でクロードに送ってもらい、笑顔で彼の馬車を見送ったあと、アメリアは屋敷に入った。
ハワード伯爵家で働いてくれている使用人の皆と挨拶を交わしつつ、侍女のマーサと共に自室へと向かう。
マーサはアメリア付きの侍女で、20歳になる。
元は男爵令嬢なのだが、家の経済状況の悪化に伴い、伯爵家へとやって来た。
アメリアの侍女であることに誇りを持ち、『お嬢様、命!』を公言している彼女は、結婚する気がないらしい。
アメリアが結婚して、この家を離れる際は、絶対に付いていくと言ってきかない。
アメリアにとっても家族のような存在だ。
マーサに着替えを手伝ってもらい、すでに家族が待っているであろう食堂に向かって歩き出したアメリアだったのだが。
アメリアは着替えの時からずっと、劇の題材のことで頭が一杯であった。
根が真面目なアメリアは、自分から劇を提案したことに責任を感じ、明日までに何か素敵な演目を考えなければと、そちらに気が散っていたのである。
「お嬢様、足元をご覧にならないと危ないですよ!」
背後から、何度か注意を促すマーサの声が聞こえてはいたが、住み慣れた家、使い慣れた階段に、少々油断していたのだろう。
階段をもうすぐ下りきるというところで、足を踏み外した。
とっさに落下の衝撃に備え、目を瞑り、身体を強張らせたが、マーサの悲鳴を最後に、アメリアの視界は暗くなったのだった。
◆◆◆
懐かしい感覚がする。
膝下の辺りを水が流れていく。
冷たくて気持ちがいい。
そういえば、水に浸かるってこんな感覚だった。
久しく感じていなかった気がする。
見渡せば、新緑の木々と小川のせせらぎ、賑やかな声。
ああ、そうだった。
私は今、大学のサークルのメンバーと一緒に合宿に来ていたんだった。
家族連れで訪れたのか、6、7歳位の少女が近くではしゃいでいる。
大学に入学して早2ヶ月。
受験から解放された私は、充実した日々を楽しんでいる。
受験中は我慢していたゲームをし、小説を読み、天文のサークルへ入った。
今回の天文サークルの合宿は、川辺でバーベキューを楽しみ、夜は近くの天文台で星の観測をする予定だ。
「理亜、そんなとこでボーッとしてると、いくら浅くても危ないよ!」
仲良しの美樹が、川辺で水を汲みながら私に声をかけてくる。
そうだ、いくら深さは大したことなくても、川を甘く見てはいけない。
美樹の方へと振り向きかけたその時、さっきまで私のそばではしゃぎ声を上げていた少女が、急に姿を消していることに気付いた。
慌てて見回すと、少し離れた場所で流されていく黒い頭が目に飛び込む。
助けなくちゃと、思わず少女へと足を踏み出した途端、私は全身を水に覆われた。
急に深くなっていたのだろう。
「理亜ーーー!!」
美樹の悲痛な叫び声の中、水に身体を運ばれ流される私は、もがいてもがいて・・・
意識が途絶えた。
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