マイヒヤリハット

@yatuura

第1話 遊園地

 この話はノンフィクションではあるが、記憶に齟齬や勘違い等で事実誤認しているかも知れない点は留意して頂きたい。




 これは、私が小学生になったばかりの時の出来事である。


 兵庫県にある某遊園地に、地域の子供会で訪れたのだ。

 私にとっては、初めての遊園地体験であった。


 父が警察官をしていた事も有り、休日に出かける事の少ない家庭であったからだ。

 遠出するといえば、盆正月に車で1時間強と少し離れた町に住む祖父の家に泊まる事であった。

 そんな家庭であったので、『旅行』に行く事も無い。

 遊びに行くにしても、日帰りで無理なく行き来できる範囲に絞られていたのだ。

 当然、その範囲内に遊園地は無かった。


 ちなみに『旅行』を強請れば、私が2歳の時に天橋立で撮った写真を引っ張り出して、「行ったことあるでしょ」と返されるのが我が家の定番であった。

 私には2つ上の姉もおり、子供2人を抱えての旅行は大変だったのだろう。

 それ以降、家族で『旅行』したのは、中学生の時にキャンプを1回と高校の時に新喜劇を見に行っただけである。


 話を戻すと、初めての遊園地に私は浮かれていたのである。

 いや、当時の私は日曜朝の戦隊モノが楽しみで、それが見られない事に不貞腐れていたのである。

 なぜなら、遊園地と聞いても行ったことが無いので、上手くイメージが湧かなかったのだ。

 『楽しい所』だと大人に吹き込まれて、次第にワクワクが募っていったことを覚えている。

 


 入場ゲートで、フリーパスを手首に巻き、姉と姉の友人2人に付いて行ったのだ。

 この姉の友人だが、1人は好きであったが1人は苦手としていた。

 なので、盛り上がる姉たちとは、少し距離を取っていたのだ。


 そうしながらも、大きな遊具を目にした時には、どのアトラクションに乗ろうか迷ったものだ。

 しかし話を聞いて、楽しみにしていたジェットコースターは、終日点検整備中で早くも計画が狂ったのだ。

 そうこうしている内に、姉たちが乗ったのは、『エンタープライズ』という回転系のアトラクションであった。

 遅れて付いて行った私も、慌ててそのアトラクションに乗ったのである。

 ……だが、私はそれ以降の記憶が一つのことを除いてほとんど覚えていないのである。



 『エンタープライズ』は、籠型の二人乗りの座席だ。

 籠の内部は、座席の前方に手摺が付いた仕様で、両側の側面は遮るものが何もなく、外が良く見えていた。

 その籠が円形に20個付いていて、恰も横に倒した車輪の様な形をしている。

 車輪が起動すると回転を始め、徐々に速度が増して行き、それに伴い傾斜が角度を増していくのだ。

 最終的には、直角垂直90度に達する。

 観覧車が高速回転している所を想像すると、イメージし易いだろう。



 

 慌てて付いて行った私は、もぎりのお爺さんにフリーパスの腕輪を見せて中に入った。

 中には係員もおらす、特に案内もされなかったので、空いてる籠を探して、少し時間を食ってしまった。

 漸く空いてる籠を見つけて乗ることが出来た。

 ところが乗って、すぐさまアトラクションが動き始めたのである。

 内部には腰を固定するベルトが設置してあり、これが安全装置なのは見て分かった。

 残念ながら、当時の私には構造が良く分からなかったのだ。

 最初に見た時に思い付いたのが、車のシートベルトであった。

 しかし、引っ張っても伸びる事は無く、つけ外しする金具も見当たらなかったのだ。

 どちらかというと、ベルトは鞄の紐を調整するような形であった。

 ベルトを調整して潜り、座ってからまた調整するものだったのであろう。

 だが、ベルトは座席にぴったりくっついていて、ベルトに潜り込む隙間はありはしなかった。

 動き出したアトラクションは、その調整時間を私に与えてはくれなかった。

 というよりも、徐々に傾きだしたアトラクションを前にすれば、ベルトに構っている暇はなかったのだ。

 出来る事といえば、前方の手摺は精一杯掴み、足を突っ張って体を固定するだけであった。


 

 話は変わるが、実家は山を切り開いた土地にある住宅街にある。

 その住宅街の一番上に公民館があり、その裏には5~6m程の山があった。

 角度は70~80度と急ではあるが、中腹がちょっとした段になっていて手足を上手く使えば子供でも上り下りできるのだ。

 この山は、この辺りの子供なら、一度は登ったことがあるだろう。

 山からは遠くが良く見えて、当時の私のお気に入りの場所だ。

 幼い頃は私は高い所が好きであった。



 話を元に戻すが、徐々に傾斜が付いたアトラクションからは、横を向けば地面が見えるのである。

 それは当然で、傾斜が付くにつれて、側面が下になるのだ。

 最高到達点は20mぐらいだろうか。

 その高さから地面が見えている状況に、恐怖を覚えない者はいないだろう。

 それがこのアトラクションの醍醐味であるのだから。 


 しかしそれ以上に恐ろしかったのが、真上に来た時の一瞬の浮遊感であった。

 遠心力や重力やら、まあ難しい事は置いておくが、安全装置を付けていない私にとって、その浮遊感は力が若干抜けるのだ。

 気を取り直して、力んでいた体に鞭打つ様に、さらに力を加えて耐えたのである。 


 ……いったいどれほどの時間乗っていたのか知れないが、私にはとてつもなく長い時間に感じられた。 

 地上に降りて、地に足を付けた時、私は体中が強張っていた。

 体のあらゆる所が軋み、ゆっくり歩くだけで精一杯であったのだ。

 その時の私は、無事降りられた安心感と力の入らない体に気力が持たず、休息以外には考えることが出来なかった。

 一度ベンチに腰を据えると、以降動くことが出来なかったのである。

 こうして帰りの時間まで、アトラクションにも乗れず、ベンチに座って過ごしたのであった。

 当時、何を考えていたのか覚えてはいない。

 気付けば、帰りのバスの中であったのだから。


 そんな状態であるのだから、当時のまだ小学生の私は、係員に苦情を言う事も無かったのだろう。

 そもそも、係員に案内もされず、安全装置も確かめない絶叫アトラクションがあって良いのだろうか……。

 いや、良いはずが無いのである。

 

 この事が切っ掛けで、高い所が好きだった私は高所恐怖症になってしまった。

 中学生になるまでは高い所が苦手であったのだ。

 ただ、遊園地は嫌いにはならなかった。

 というよりも、それ以後暫くは訪れる縁が無かったのだ。 




 次に遊園地に行ったのは中学時代である。

 修学旅行の事前訓練なる行事で、日帰りで大阪に行ったのだ。

 これは午前中は学年全員でエキスポランドに寄り、午後からは班毎で観光スポットをまわるという、集団行動の実施訓練であった。

 今は無きエキスポランドでは、『オロチ』と『風神雷神』で意見が割れ、『オロチ』に乗ったのを覚えている。

  

 さて、兵庫県にある某遊園地は今や倒産し、跡地には別の事業者が入り、リニューアルされている。


 某遊園地は、業績が陰る事故を起こしていたのだ。

 当時幼かった私は、ニュースに興味も無かったので知らなかった。

 これを知ったのは後年になってからで、TVCMで名称が変わっていた事に違和感を覚えたのが切っ掛けであった。

 私の出来事があった後だと思うが、別のアトラクションで死亡事故を引き起こしていたのだ。

 実際はどうなのか知らないが、もし私の時の様な対応であれば、杜撰な管理体制と呼べるだろう。

 そうであるならば、この事故はなくもない事だと腑に落ちてしまった。

 なぜなら、私が死んでいても不思議ではないのだから。

 

 ところで、リニューアルされた遊園地も今年事故を起こしたみたいだ。

 事業者が変わったので、体制は違うのだろう。

 だが、こういう事故を見ると、必ずしも安全が保障されているものではないのだと、身に染みて思う。

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