僕はこの為に地球へ来た
さいとう みさき
それは忘れ去られたひと時
人類が
赤道上にはドーナッツの輪の様な宇宙ステーションが有り、あちこちに此処へ上ってくるための軌道エレベーターが有る。
ほとんどの人類が宇宙空間にコロニーを作りそこで生活をしている現代。
環境保全とか言ってなかなか行けない地球。
しかしそんな地球にやっとビザが取れて彼と一緒に新婚旅行に行ける事となった。
「あの島国がご先祖様がいた場所らしいんだ」
彼はそう言って眼下の大陸横にある小さな島国を指さす。
せっかくの地球なのだからもう少し有名な所を見たいと思った。
ぱんっ!
手と手と合わせてタブレットを起動させる。
すると手と手の間の空間に画面が現れる。
音声入力で欲しい画像を表示させる。
「ハワイ、西海岸、地中海」
「君は本当に海が好きだね?」
「だってあれだけの大量な水が有るのよ? ステキだと思うのだけど?」
「はははは、でもこれから行く日本は海に囲まれているんだ。きっと君も気に入ると思うよ。でも海水は塩分が有るから普通の水とは違うんだよ?」
「そんなの分かってるって!」
彼とは幼馴染だった。
なんだかんだあったけど、やっと一緒になれた。
彼はコロニー事業会社の仕事をしているからなかなか行けない地球行きのチケットが取れたのは良いけど、日本と言う島国は少し残念。
私はタブレットの画面をスクロールしながら奇麗な海岸沿いの風景画像を見る。
「地球かぁ…… どんな所なのかなぁ。楽しみね?」
「うん、やっと行けるんだもの、僕も楽しみだよ」
二人そう言って出国審査を受けてからいよいよ地球行きの軌道エレベータに乗り込む。
ふわふわと浮いている感覚からいよいよコロニーとは違う本物の重力を感じられる。
私たちはそんな話をしながら軌道エレベータに腰を落ち着かせる。
「到着は夜になるらしい、時差ボケに気をつけないとね」
「とは言え、楽しみで目が冴えちゃうわよ。あ、動き出した!」
こうして私たちの新婚旅行が始まったのだった。
* * * * *
「か、体が重い…… ダルいよぉ~」
「確かに、重力ってこんなにきついんだね。でもさ、ここが地球なんだ!」
彼はそう言って到着した地球のターミナルで大きく息を吸いこむ。
「ここから日本までリニアだからもう少しの我慢だよ」
そう言って重く感じる身体と荷物を引っ張ってリニアモーターカーのステーションへ行く。
と、外に出るとそこはコロニーと違って真っ暗だった。
「天井が真っ暗……」
「天井じゃないよ、空だよ。それに僕らがいる
空調が聞いていて温度も湿度も一定のコロニーと違ってここはやたらと蒸し暑い。
まるでバスルームにいるみたい。
そしてなんかいろんな匂いがする。
それは生臭いような、青臭いような、時折機械の油の匂いみたいのもしてくる。
「なんか思っていたより変なところね、地球って……」
「これが本来なんだろうね。僕たちのコロニーは全てが安定した環境になるように設計されているからね。うわっ! なに? む、虫か!?」
彼は顔の前で飛んでいる虫を必死になって追い払っている。
コロニーにも虫はいるけど、生態系の安定の為殺しちゃいけない。
だから彼も必死になってそれを追い払おうとする。
「そう言えば、ワクチン接種しないと地球ってやばいウィルスとかいっぱいなんでしょ? 大丈夫かな??」
「僕たちはナノマシーン入りの抗体ワクチン接種済みだから確認されているウィルスは全部大丈夫なはずだよ?」
やっと虫を払い除けた彼はそう言いながらリニアステーションへと向かう。
私も同じくそちらに向かうけど、思いの外遠い。
「エレキカーとか無いの?」
「この距離は地球では歩くもんなんだって。コロニーと違って地面はその下がずっと土だからね。コロニーの内壁みたいに電気が走っていない所もあるからエレキカーが使えない場所が多いらしい。非接触外部電源で無くバッテリーのエレキカーばかりらしいね」
「なんか思っていたより不便ね、地球って」
そんな私の不満はこの後もっと大きくなるのだった。
◇ ◇ ◇
「もういやぁ! 身体は重いし、虫は多いし、生臭いし、移動は自力だし、電源が近くにないし、バッテリーばかりで不便っ!!」
とうとうたまりかねて私は文句を言う。
しかし頭では分かっている。
それが本来の姿だと言う事も。
「確かに舐めていたよ。ここまでインフラが行き届いていないなんてね。本当にご先祖様にはこんな過酷な環境で生活していただなんて頭が下がるよ」
彼は乾いた笑いをするけど、数世紀前はほとんどの人類が此処、地球でそう言った生活をしていたんだ。
分かってはいるけど不便だし、なんか汚いし、食事も合成化合食品じゃない物ってあんまりおいしくないし。
水だって驚いた。
水に味が有るなんて思いもよらなかった。
なんでもミネラル成分とか言うのが有って本来無機質な水にそれらがほんのわずかだけど味をつけている。
そしてそれはこの日本と言う島国では場所によって味に違いが有る。
「とは言え、流石に自力で登山する羽目になるとは思わなかったよ。環境保全だか何だか知らないけどエスカレーターくらい欲しかったね」
「あなたが選んだんじゃないの~」
文句を言いながらも二人してそれほど高くはないと言われている山を登っている。
そこは彼のご先祖様が住んでいたと言われている場所。
確か、キタカントウとか言う場所で周りに山がいっぱいある場所。
「着いたよ!」
「やっと着いたぁ! はぁ、疲れたぁ。学校で持久走のランニングマシーンを走ってたの思い出したわよ」
ははははっと彼は笑う。
健康の為に週三回はジムに通っているけど、コロニーじゃここまで過酷な運動はしない。
彼は背負っていた荷物を設置して自動でテントとかを展開させる。
椅子やテーブルも出して水分補給に地元で売っていた水を飲む。
「これって本当に面白いね、水に味が有るなんて!」
「本当の水ってそう言うモノらしいね。と、ほら見てごらん! 凄いぞ!!」
山の上のキャンプ地で私たちは眼下に広がるカントウヘイヤと言うモノを見る。
それはコロニーの中で見る風景とは違っていてなんだか転げ落ちそうな気分にさえなって来る。
「うわー、凄い!」
「向こうを見て見なよ、太陽が山陰に入って行くよ。『陽が沈む』ってやつだよ!!」
紅に染まった天井に太陽が山陰に移動する。
コロニーで見る太陽よりずっと小さい。
でもなんだか……
「奇麗…… 太陽の色があんなに変わるなんて……」
天井の色が青からもっと濃い藍色に変わり始めそこへ挿し込むかのような赤い太陽光が広がる。
それはコロニーの内壁であり、地面である何処を照らしているか分からない光とは全く別物。
「太陽の光がこんなにはっきりするなんて、なんかすごいね……」
「うん、頑張って山を登って来た甲斐が有ったかも。あ、写真撮らなきゃ!!」
私は太陽がどんどん山陰に隠れていくのを二人でぼぉ~ぅっと見ていて危うく写真を撮るのを忘れそうになる。
慌てて写真を撮るけど、その画面で見る物と自分で見る物が違いに困惑する。
「このカメラ、安いからダメなのかな?」
「多分違うと思うよ。僕たちが自分の目で見ているからそう見えるんだ……」
そう言って彼は電気ポットで温めたホットココアを渡してくれる。
私の大好きな合成加工ココア。
「あ、あれ?」
一口飲んで驚く。
「これって、ココア?」
「うん、下の街で仕入れた本物のね」
雑味もひどく、ざらざらとした食感が有り、そして甘さもやたらとしつこいくらい。
「でも、なんだか今はそれがおいしい……」
暗くなってきてだんだん寒くなって来た。
ウェア―の自動温調機能を稼働させてもむき出しの顔とか手は寒い。
それが渡されたココアに温められ気持ちいい。
「太陽、山陰に隠れちゃったね……」
「うん。さて、そろそろかな?」
彼は腕時計を見てから私を引き寄せる。
一瞬ドキッとするけど、上を見るように言われおずおずと天井を見る。
そこには真っ暗な天井が有った。
吸い込まれるような暗い暗い天井。
宇宙にいる時とは違い地球の重力に引っ張られ見るそれは怖くは無かった。
「本来僕らはこうやって宇宙を見ていたんだね。コロニーから見る宇宙と違って真っ暗。でも、何だか落ち着くね……」
「あの小さく輝いているのは恒星? なんか
「空気が有るかららしいね。さて、そろそろだよ! 僕はこの為に地球へ来たんだよ!」
彼がそう言ってすぐだった。
ぱぁっ!
ひゅんひゅんひゅんっ!!
天井が、いや、真っ黒な空がぱぁっと明るくなり、まるでシャワーの様に光る無数の光の弾が降り注ぐ!!
「うわぁっ! 何あれっ! 奇麗っ!!」
空一面を降り注ぐ光の玉。
尻尾を引きさーっと降り注ぐ。
「流星群って言うらしいんだよ。これって地球にゴミとか隕石が落ちてくるのが大気圏で燃えているらしいんだけど、凄いよね!」
「本当、凄い……」
彼と首が痛くなるほど空を見上げている。
「本当は人はこう言ったものを見ていたんだ。僕たちは宇宙に上がってそこで生活しているけど、これが本来の姿なんだね」
「なんか不便な所だけど、こういったものが見れるなら地球もいいかもね……」
それは本来あたりまえの事。
でも宇宙に出てそこで生活している私たちには奇跡のようなひと時。
私たちはその流星群をずっと見続けるのだった。
僕はこの為に地球へ来た さいとう みさき @saitoumisaki
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