赤いきつねと緑のたぬき

天川琥珀

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 母さんは難しい料理を作らなかった。作れないのか、はたまた作らないのかは知らないが、母さんは働きながら家事をしていたから何も言わないことにしていた。

 ただ決まって家の台所には炊いたまま保温されたお米とインスタント麺のがあった。

 それらは現代社会にごく一般に流通で溢れているもので、日本の一般家庭に置かれているものだと思う。

 そんな日本の片隅にある、普通の家庭で生まれた僕は受験期に至った。高校の受験だ。県の有名高校に僕は進路を定めた。

そこには僕が中学校で一番仲の良い友達の雄斗ゆうとも試験を受けに行くようだった。

雄斗は最初そのことに触れた。

『どっちが受かっても恨みっこなしだぞ』

それはまるで取捨選択のトレードオフのようだった。だが雄斗が言っているようになる可能性は大いに有る。高水準な高校なのは間違いないからだ。

二人して受かるかは分からないけど、二人のどちらかが不合格になって、滑り止めでバラバラになるのは嫌だった。僕はなんとか二人で合格したいと考えていた。


だからいつもの何倍もの量で勉強を始めた。

深夜の夜三時。自室にてルーズリーフに過去問に出題された式を書く。

「こんなんじゃ、足りない」

...。

...。

ダメだ。コレじゃ一緒どころか受かるかすら怪しいぞ。

過去問の答案とルーズリーフを交互に睨みつけていた時だった。

ぐぎゅる。

...腹、減ってきたな。あーダメダメ。公式の使い所に集中したいのに...。

そんな時だった。

「通〜!」


母さんの聞き慣れた声が廊下で聞こえた。で、母さんはドアをゆったりとノックしている。

廊下があまりにも寒かったせいか返事も聞かないで突然入ってきた母さんの手には、二つのおにぎりが盛られた皿が置かれていた。


「通。おにぎり作ってきたよ」

お母さんはにこやかな表情を浮かべながら部屋に入ってきた。

「お腹空いてたから助かる。けど」

 僕はよくご飯を食べる人間で夜食もかなり多めに食べる人だ。ただ今日だけは勉強に集中したい。今後、絶食したほうがいいかもしれない。

「ねえ。通」

「なに?」

「受かるわよ」

「...」

今一番言われたい言葉を聞いた気がした。

「だってあなた毎日勉強してるじゃない。だからご飯をしっかり食べて寝て。それを続ければ必ず合格するよ」

そう言って母さんは、部屋の扉を優しく閉めた。

おにぎりはしょっぱい味がした。

「...足りないは我儘かな」

その後、母さんが眠った後にこっそりと赤いきつねを啜った。

母さんはそれから毎日、おにぎりを僕の机に置いてくれるようになった。

そして、毎日台所の備品をチェックしてくれてるのか、赤いきつねと緑のたぬきは台所の棚にいつも常備してあった。

「頑張らないとな」

粉末のスープを半開きの蓋の下に滑り込ませる。電気ケトルのお湯を発泡スチロールの器に注ぎ込む。蓋をして五分。その間は教科書を流して読む。


そんな日を反復して、試験当日を越えた。

母さんのおかげで僕は無事に受験に合格することができた。




そして、その日は親友の雄斗と僕の家でお互いの経過報告のために会合を開いた時だった。

「二人で無事合格できて良かったじゃんね!」

「うん」

くぎゅ〜。

「あっやべ。腹減ってきた」

「通も?...実は俺も少しお腹減ってたじゃんね...」

参ったように、雄斗は笑った。

「はは...僕は料理作らないからさ。即席で作れるのがカップ麺しかないんだよね。...どっちにする?」

「悪いな...通。んじゃ、緑のたぬきがいいなあ」


雄斗は二人でお昼を食べてる最中に語った。


「実はさ。俺が受験に合格できたのって、この一杯のおかげなんだ」


「ええ?」

緑のたぬきの蕎麦をかき混ぜながら雄斗は言った。


「父さんがさ。最初は俺がAKMT高校(有名高)に受験しに行くって言ったら『お前じゃ無理だ』って否定してきてさ」

「父さんが?」


 僕は雄斗の父さんのことをよく知らないが、あまり良く喋らない人間ということは雄斗から聞いていた。

「うん。それで俺が毎日勉強始めたら、いつの間にか電気ケトルを家に置いて、緑のたぬきを買い占めてくれてさ。『夜食は好きにしろ』って、父さん仕事が忙しくてあんまり時間ないから」

 彼は優しく笑った。俺はどこかで見たような光景を雄斗に聞いて少し、笑顔になった。

「それで、あの高校に合格して始めて笑ってくれたんだ。最初は何も言わない無愛想なだけと思ってた父さんが」

「まあ、今も対して何も喋らないけどな!」


 僕はどうやら雄斗の父さんの話を聞いて神妙な顔付きをしてたらしく、雄斗は少し困ったような顔をしていた。

「なあ、通。早く赤いきつね食べるじゃんね。

 スープ冷めちゃうんじゃね!?」

「あっああ。そうだね」

「しばらくは食うのやめないかな?たぬき!」

「はは、雄斗のかき揚げ貰い、な!」

「通が油揚げくれるなら考えてやってもいいじゃんね!」

 そうやって僕らは大人になっていた。

...僕らが成長していく過程には、幸せとが何処かにあった。


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赤いきつねと緑のたぬき 天川琥珀 @icayaki

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